第3話

 開幕と同士にレクターがデュラハンに指示した攻撃は相手の懐に潜り込むという実に単純ものだった。実力者相手にいっけん悪手にも見える攻撃だが、巨体を有する者にとって懐に潜り込まれることはその巨体が災いして対応しづらい。加えて、フレクリザードはティナが自身に課した縛りで飛ぶことができない。十二分に有効打になり得る攻撃だ。

 対して、ティナは様子見をしているのか、フレクリザードに特に指示は出していない。

「なにを考えてんのか知らねえが、来ないなら存分に攻撃してやるぜ!」

 ここぞ言わんばかりにデュラハンは一気に走り寄り、大剣の射程内にフレクリザードを捉える。そして、その大剣を振り下ろそうとして――。

「――離れろ! デュラハン!」

 突如として攻撃を中止させ距離を置かせようとするレクター。観戦する生徒に疑問符を抱かせるその行動の意味はすぐに明らかとなった。

「よく見切ったわね」

 ティナの言葉とほぼ同時にフレクリザードの周囲を囲むようにして噴き上がる紅蓮の炎。その噴き出た位置は先ほどまでデュラハンがいた場所だった。もし、離れなければ今頃炎に包まれていただろう。

「小賢しい真似してくれるじゃねえか」

「相手を誘導するのも戦術のうちよ」

 悠然たる態度でいるティナに対してレクターの顔に焦りの色が滲んでいた。今回はなんとか対応ができたが、あれはあくまで他に意識を向けるものがなかったからだ。発動直前まで分からないレベルのあのシロモノを、そこかしこに仕掛けられていたとしら――。その全てに反応するのは難しい。

 機動力ではこちらに分があるだろうが、それを利用した撹乱はいたずらに仕掛けるチャンスを与えてしまいかねない。

 ならば――。

「デュラハン。地雷のことは気にしなくていい。可能な限り斬り続けろ」

「短期決戦に持ち込もうという算段ね。フレクリザード、炎弾で妨害して」

 フレクリザードから次々と放たれる炎弾がデュラハンを襲う。地面を焼き抉る炎弾は一発でも当たれば致命傷になりかねないが、それを華麗に避けていく。

「見た目に違(たが)うスピードね」

「当然だ。こいつの弱点は機動力のなさだからな。だから、そこを徹底的にカバーできるよう付与魔術を学んできた。――付与魔術(エンチャント)、加速(アクセル)!」

 デュラハンのスピードがさらに加速する。重装備とは思えない圧倒的なスピード。炎弾もその数を増やし弾幕と化すものの、その圧倒的な機動力を駆使して網の目を潜るように全弾回避していく。

「今度こそ!」

 再びフレクリザードをその大剣の射程内に捉える。しかも、今度は背後へと回り込んだ。この位置では炎弾を当てることはできない。仮に振り向いて当てようとしたとしても、その前にデュラハンの大剣が鱗を斬り裂くだろう。

「これで終わり――」

「――追憶の残炎」

 刹那、一筋の炎の線がデュラハンを吹き飛ばす。振り下ろし最中のガラ空きの胴体にモロに受けてしまい、何度も地面をバウンドしてようやく止まった。

「ど、どっからだ!?」

 放たれた炎弾は全て回避したはずだ。だからこそ、至近距離まで近づくことができた。

 デュラハンを視界に捉えつつ、原因を探る。あるのは、グラウンドを焼き抉った無数の炎弾の残り火ぐらいしか――。

「……ま、まさか」

 チロチロと弱々しい残り火がいくつかで集まって、再び煌々と光を放つ燃え盛る炎となった。

「その炎弾はどこまでも追いかけるわよ」

 ティナの言葉は嘘ではないだろう。現にデュラハンは役目を終えたはずの残り火によって吹き飛ばれた。

「さあレクターさん。この状況、切り抜けるつもりかしら?」

 余裕綽々といった表情で笑うティナ。レクターがどう足掻くか楽しんでいるのだろう。

「や、やるじゃねえか……」

 虚勢を張るレクターだが、戦局は圧倒的にティナの優勢で動いている。遠くに逃げれば炎弾の嵐。近づいて接近戦に持ち込もうとすれば追尾する残り火が襲ってくる。遠距離攻撃手段を持っていないデュラハンにとって厳しい状況だった。まさに八方塞がりだ。

「……くっそおお! こうなりゃヤケだ!」

 もうこんな化け物に戦術は通用しない。全て対応されるのは目に見えていた。ならば、戦術もなにもない真っ向勝負。力に任せた特攻に全てを賭けた。

「考えるのを止めて力任せの特攻……。ありきたりね、つまらないわ」

 ティナは期待はずれと言わんばかりのため息を吐いた。そして、フレクリザードに最後の指示を出す。

「フレクリザード。薙ぎ払いなさい」

 戦術をかなぐり捨て、決死の特攻を仕掛けてくるデュラハンを尻尾で軽く薙ぎ払う。それでも、その巨体から繰り出される薙ぎ払いは強力で何度も地面をバウンドする。そして、フレクリザードはデュラハンを足で踏みつけ王手をかけた。

「ここまま降参し、もう二度とあんな下賎な真似をしないと約束できるなら幻核(ファントム・コア)を破壊するのは勘弁してあげるわ」

「……こ、降参だ」

 幻核は幻獣にとって人間でいうところの心臓に相当する。この幻核を破壊されると、どれだけ強い幻獣も形を保てなくなり消えてなくなってしまう。

 抵抗すらできないデュラハンの幻核を破壊するのは造作もないだろう。怒りをあらわにするレクターだが状況は決していた。どれだけ足掻いたとしてもここからの逆転は不可能。苦虫を噛み潰したような顔で敗北を宣言する。

「ふぅ……。お疲れ様、フレクリザード」

 戦闘中とは打って変わって、やはり守護獣と接するティナの顔はとても穏やかだった。

「すまねえ、デュラハン……。ゆっくり休んでくれ」

 レクターもデュラハンの元に駆け寄り、労いの言葉をかける。

 鮮やかな青い燐光とともにデュラハンはその姿を消していく。

 一瞬の沈黙が流れる。その静寂を破るようにして、

『すげぇよ……。あの転校生』

『本当にレクターを倒しちまった』

『こりゃすごいことになるぞ』

 ずっと戦局を見守っていた生徒たちのざわめきが噴火のように溢れ始める。決闘を見終わり、興奮冷めやらぬといった様子で友達と話ながら去っていく生徒もちらほら見受けられた。

「すごいね、べレスフォードさん」

「ああ……。まるで次元が違う」

 凛とした顔つきで立つティナ。その傍らには姫を守る騎士のように寄り添うフレクリザード。ティナも颯人も名家の生まれであり、その背負う重さは同じのはずだ。

――それなのに。

「……行こう。シエラ」

「あ、ちょっと、颯人くん」

 シエラの呼びかけを無視してこの場を去ろうとする颯人。

 片やはるか彼方の頂のごとく手の届かない存在の少女、片やそれを地を這う羽虫のごとく見上げることしかできない少年。

 その圧倒的な乖離に胸が締めつけられる。目を背けていけないことは分かっている。分かっているうえで目を背けてしまう自分の弱さも分かっていた。全部分かっているのに、それでも――。

「……颯人?」

 颯人が去ろうとしている最中、ティナが驚いたような顔して振り返る。それにつられて生徒たちも颯人に視線を向けた。

「そこのあなた」

 雑踏の中から颯人を発見し声をかける。ティナの声に反応して颯人も振り返る。

 数秒ふたりの目が合う。

「やっと見つけた……」

 そして、刹那の間のあと。

「秋月颯人。あなたに――決闘を申し込む!」

 声高らかにティナが宣言した。

「……はぁ?」

 ティナのなんの脈絡もない宣言に颯人は素っ頓狂な声を上げてしまった。隣で聞いていたシエラも少し驚いたような顔をしている。

「こんなところにいたのね、伝説の末裔さん」

 ティナが近づいてくる。そのティナの邪魔にならないようにと、生徒たちは左右に寄って道を作った。

「颯人って、秋月家の颯人でしょ」

「そ、そうだけど……」

 答えながら颯人は一歩後退する。ティナの目を見て分かった。レクターのときと違って明らかに目がギラギラしているのだ。

「私と決闘しなさい」

 ティナが申し出る。

「いや、ちょっと待ってよ。いきなり決闘って……。それにさっきレクターと決闘したばかりじゃないか」

「連続で決闘してはいけない、なんて規則はないでしょう?」

「それはそうだけど……」

「なら、問題はないわ。決闘を受諾しなさい」

 さあさあと言わんばかりにティナが迫ってくる。以前襲ってきたレクターとはまた別の迫力を感じてしまうほどだ。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 颯人とティナの間にシエラが割って入る。

「あなたは?」

「颯人くんのと、友達のシエラ・オリービアです」

「友達……。そう」

 なにかを察したような顔をして、ティナは颯人から離れる。

「本人の意思に反した決闘は無効のはずです」

「あなたの友達を守ろうとする姿勢は評価したいところだけど、これは私と彼の問題よ。第三者が口を出さないで」

 シエラの反論に対しても全く動じることなく、ティナは食い下がった。

「俺もシエラと同意見だ。ベレスフォードさんと決闘するつもりはないよ」

 シエラの援護に乗っかる形でエドワードは決闘を拒否した。元々守護獣すら召喚できていない時点で勝負にならないことは分かりきっている。ならば、無用な争いは避けるのが最適な判断だろう。

「そう。それは残念ね。せっかくあの英雄の血を引く末裔と決闘ができると思ったのに」

 ティナは残念そうにため息を吐く。それを見て諦めたのだと判断した颯人は、

「分かってくれたのなら助かるよ。行こう、シエラ」

「え、あ、うん」

 そう言って颯人はシエラと一緒に行こうとして――。

「……それとも。あの伝説自体、間違いだったとか」

 ピタリと、颯人の足が止まった。

「本当はすごくもなんともなくて、ただの作り話だった――。それなら、その末裔が決闘から降りる――いえ、逃げるのも納得がいくわね」

「気にしなくていいよ、颯人くん。あれだって、挑発だよ」

 背後から聞こえてくる言葉の一部始終を聞いていたシエラが挑発に乗らないようにと颯人を落ち着かせようとする。相手を挑発して勝負の場に引きずり出すなんてことはよくある話だ。

「分かってる。分かってるけど――」

 振り返るしかなった。颯人の中で譲れないものが熱を帯びる。

「ベレスフォードさん。俺のことをどう蔑もうが構わないけど、一族の――あの人のことを馬鹿にするのは許せない」

 ティナはニヤリと笑って、

「あなたが決闘に応じるなら、今の発言を撤回するわ」

「分かった。やるよ、決闘」

「そうこなくっちゃ」

 そう言ってティナはグラウンドに戻る。

「は、颯人くん……」

 ティナに続いてグラウンドに行こうとする颯人にシエラは心配そうに声をかける。

「ありがとう、シエラ。……俺はきっと一族の中で一番の落ちこぼれだ。伝説なんて呼ばれたあの人とはほど遠い。勝算だってない。けど、逃げるわけにはいかないんだ。勝ち負けなんて関係ない。やれるだけのことはやってくるよ」

 颯人は優しくシエラに微笑みかけ、グラウンドへ向かって歩いていった。

 颯人とティナが対峙する。

『なあ颯人って誰だっけ?』

『聞いたことない』

『あの落ちこぼれだろ』

 対レクター戦のときとは打って変わって、生徒たちの反応はかなり鈍い。盛り上がりは一切なく、誰もがティナの勝利を確信しているようだった。

「ひどい言われようね、あなた」

「自分でもそう思ってるよ。――ノーマン」

 地面に召喚陣が現れ、そこから颯人の仮幻獣であるノーマンが出現する。

「模擬幻獣……。噂は本当だったようね」

「ああ、本当だよ」

「それにしては、あなた妙に強気ね。私とあなたと守護獣では天と地ほどの差があるのよ」

 ティナのフレクリザードはデュラハンに圧倒的なまでの戦力さで圧勝している。対してノーマンはそもそも戦闘に使うこと自体間違っているといえるほど、実戦には向いていない。普通に考えれば勝てるはずがない。

「勝算なんてないけど、俺にも譲れないものがある。そのために戦うんだ」

「なるほどね。なら、私にも譲れない――いえ勝たなければいけない理由があるの。あなたの守護獣がその程度でも、一切手加減するつもりはないからそのつもりで」

「分かってる。それとベレスフォードさん、ひとつ約束してほしいことがあるんだけど」

「なにかしら?」

「もし俺が勝てたら、もう二度と一族のことを悪く言わないと約束してほしい」

「そのくらいなら、もちろん約束するわ」

 刹那の間のあと、ふたりの決闘が始まった。

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