第2話

「理事長! いい加減俺を退学にさせてください!」

 翌日。先日の一件でついに我慢の限界に達した颯人は、ガーディアンズ学院理事長であるイリス・フィンリーに直談判しにきていた。

「また絡まれたのか」

「もうすぐ二年生だっていうのに、何度目か数えるのも嫌になるレベルですよ!?」

「まあでも、もう慣れただろう?」

「慣れるわけないですよ! 昨日だってあの子の助けがなきゃどうなってたか分からないですし……」

「あの子?」

 颯人が何気なく言葉にしたことにイリスが反応する。

「昨日、絡まれて危なかったところを助けてもらったんですよ。名前までは聞けなかったですけど、赤髪が印象的な子でしたね」

「赤髪の子ねぇ……」

 イリスはなにか含みがあるような笑みを浮かべる。

「そんなことより俺の退学を」

「それはできない。君のお父様との約束だからな」

「またそれですか……。けど、もう父はいないんですよ」

「実の親のことをそんなふうに言うんじゃない。君のお父様だって、もっといえば君の一族は召喚術師として尽力してきたんだ。君にもできることがきっとあるはずだ」

「あるんですかねぇ。そんなの」

 自虐的に笑う颯人。それもそのはずだ。これまでこれといった実績を残せていない。模擬戦に至っては全戦全敗。そもそも自分の守護獣となる幻獣すら召喚できていないのだから当然といえば当然の結果である。

「まあそういうわけだ。退学にはできないが、なにかあれば手を貸すから頑張ってみろ」


「頑張れって、言われてもねぇ……」

 理事長室から出たあと、颯人は当てもなく学院内をうろついていた。というのも、現在ガーディアンズ学院は新学期前の休暇中で講義をやっていない。それに加えて全寮制なので、なにかやろうにも限りがあるのだ。

「自分の守護獣のひとりでもいれば、訓練のひとつもできるんだけどなぁ」

 生徒の大半は、この二年生前の休暇を利用して二年生から始まる実技演習に備え、一年生の間に自分の守護獣として契約した幻獣とチームワークを取る練習をするのが習わしとなっている。守護獣との連携不足はそのまま相手につけ入る隙を与えてしまうことになる。そのため、この春休みの期間は休みのように見えて、実は一番大事な時期なのだ。

「この貴重な期間を丸々無駄にしてんだよなぁ……」

 そんな大事な休暇に自分はなにやっているのだと、自嘲的気味にぼやく。全く以て無意味。これならば、バイトでもしたほうがまだ学ぶことが多そうだ。

 自分の不出来さを恨みつつ近くのベンチに座り、だらりとする。見上げると空には煌々と輝く太陽がある。自分の役目がはっきりと分かったうえでその役目に全うしている。それを見ていると、よりいっそう自分が駄目な奴に思えてきて、反射的に目を逸らした。

「あれ? 颯人くん」

 天空を見上げて不貞腐れていると、女の子の声がした。首だけそちらの方向に曲げると、そこには深海のような青さの髪をなびかせながら、首を傾げているシエラ・オリービアの姿があった。

「そんなところで浮かない顔して、どうしたの?」

「自分の運のなさに打ちひしがれていたところだよ……」

「ああ……。また、絡まれたんだね……」

 まるで疫病神にでも取り憑かれたような不景気な顔をしている颯人を見て、事情を察したシエラは苦笑いで取り繕う。

「召喚の調子はどう?」

 話しかけつつ、シエラはさりげなく颯人の隣に座る。

「これがびっくりするぐらいダメで。なにも出てきやしない。二年生から実技演習が始まるってのに、これじゃマズイよなぁ……」

「そうだよね……。守護獣がいないってことは実技演習には参加できないし、それじゃ単位も貰えないし……」

 卒業に所定単位数が必要になるので、単位が貰えないことは卒業できるか否かにかかわってくる問題だ。以前、始業式で理事長が『よっぽどなことでもない限り卒業できるから、そう気を張らずに頑張ってくれ』と言っていたが、そのよっぽどなことになりそうで笑い話にもならない。理事長はなにも言ってこないが。

「いいよなぁ、シエラは。一発で召喚したんだろ?」

「そ、そんなことはないよ。召喚したって言っても、下級の妖精だし。それに一発なのも、きっとたまたまだよ」

 仰々しいほどの身振り手振りでシエラは反応する。

 妖精属に分類される幻獣の中でも〈ウンディーネ〉はもっともポピュラーでかつ召喚しやすいタイプの幻獣だ。そのため、新米召喚術師の中には、このフェアリーを第一目標としている者も多い。

「失敗もあるけど、トライアンドエラーだよ、颯人くん。私も手伝えることはなんでもするからさ」

「シエラだけだよ。そんなふうにして接してくれるのは」

「えっ、わ、私だけ……?」

 シエラは少し困惑したような顔をする。

「そうそう。ここの連中ときたら、顔を合わせりゃ、やれ決闘だの戦えだの、どんだけ脳筋なんだよ。こっちの気も知らないでさぁ」

 そう言ってシエラを見ると、少し頬を赤くして、なにやらぶつぶつと呟いている。

「ところでさ、シエラ」

「……え? よ、呼んだ?」

「シエラって、実技演習のペアってもう決めてるのか?」

「ま、まだだけど……」

「ならさ、俺と組まない?」

 ポッとさっきより明らかにシエラの頬が赤くなる。

「……わわわわ、わ、私で、い、い、いいの……?」

「おう。他の奴らは俺みたいな落ちこぼれなんて眼中にないみたいだし、それにシエラなら信用できるしな」

「わ、私が?」

「ここの連中ってなんか打算的なんだよ。上に行くためになりふり構ってないっていうか。そういう奴らって信用できないんだ。まあそれ自体は否定しないけどさ。んで、シエラはそうじゃないだろ」

「ど、どうしてそう思うの?」

「そりゃこんな仲良くしたってなんの得にもならない俺に接してくれるんだぜ。利益目的ならそんなことしないだろうし」

「で、でも私、そんなに強くないし……」

「大丈夫だって。少なくとも俺よりは強いから。そんなわけで、どう? ダメかな?」

「……そ、そこまで言うなら。よ、よろしくお願いします……」

 消え入りそうな声でシエラは答える。

「ほんとか!? 助かるわぁ」

 颯人はバッと立ち上がり、大きく背伸びをする。

「おっしゃ。ペアの問題は解決したし、あとは守護獣――ってそれが一番の課題だよな……」

 立ち上がった勢いも空しく、颯人は再び座り込んでしまう。守護獣なしでは自分はおろかシエラにも迷惑をかけてしまいかねない。その問題を解決しないことにはどうにも前に進めないのだ。

「まだ春休みは一ヶ月あるし、その間になんとかしないとなぁ」

「だね。ペアとして私も頑張るから」

「悪いな、シエラ。迷惑ばっかかけて」

「ううん、そんなことないよ! パートナーの手助けをするのはペアの仕事だし。……そ、それに、颯人くんと一緒なら……全然大丈夫だし……」

「ん、悪い。最後のほう周りがうるさくて聞こえなかったんだけど、なんか言ったか?」

「――ううん! なんでもない! ……え、周り?」

 そう思ってシエラが周りを見てみると、どこかから来たかは知らないが、大勢の生徒がグラウンドのほうに向かって走っている。その際に皆なにか言っている。

「今日って、なんかイベントあったか?」

 颯人が尋ねると、シエラはかぶりを振る。

「そんな話は聞いてないけど……」

 そうふたりが不思議がっていると、ドゴンッ! とグラウンドのほうから凄まじい爆音が響いてきた。その直後に歓声のような声も聞こえてくる。

「グラウンドでなにかやってるのかな?」

「行ってみようぜ。シエラ」

「うん」

 グラウンドに到着するとすでに多くの生徒が集まってきており、大会のときのような熱狂ぶりだった。

「この俺に決闘を挑むとはいい度胸をしてんじゃねえか。転校生さんよ」

「この学院の上位が、どれほどのものか知りたくてね。それに先日のあなたたちの行動は目に余った。次の被害者が出る前に、その無駄に大きい自尊心という名の牙をへし折ってやろうと思っただけよ」

「言ってくれるじゃねえか」

 グラウンドの中心には見覚えのあるふたりの生徒の姿があった。ひとりはつい先日、颯人を襲ったレクター・リダウト。もうひとりは颯人を助けてくれた少女だった。

「誰だろうあの子? すごく綺麗……」

「あ、あいつ……」

「え、は、颯人くん。あの子と、知り合いなの……?」

 颯人の言葉を聞いたシエラが不安そうな声で問うてくる。

「知り合いっていうか、先日絡まれたときに助けてくれた子だよ」

「そ、そうなんだ。……よかった」

「なにが良かったんだ?」

「こ、こっちの話。それより、あのふたりなにしてるんだろう」

 ごまかすようにしてシエラは対峙するふたりに意識を向ける。どう見ても穏やかではなさそうな雰囲気だが、大方どちらかが喧嘩を吹っかけたのだろう。

「そういや転校生。名前を聞いてなかったな」

「ティナ。ベレスフォード。それが私の名前よ」

 謎の転校生の名前が判明した途端、一斉にギャラリーがどよめく。

「な、なんだ?」

 ポカンとしている颯人を余所に隣にいるシエラもとんでもないくらい驚いている。出会った時にはなにも感じなかったが、シエラの反応を見るにかなりの人物のようだ。

「シエラ、知ってるのか?」

「知ってるもなにも、すごい有名どころだよ! ベレスフォード家は召喚術師連合を牽引するエリートを何人も輩出しているお家柄で、中でも現総理事長を務めるジーニアス・ベレスフォードは歴代最高峰の実力者と謳われるほどの超重鎮だよ」

 流暢に説明をするシエラは少しばかり興奮した様子でその先を続ける。

「その中でも娘であるティナ・ベレスフォードは、神童と呼ばれるほどの実力を持ってて、そのうえベレスフォード家次期当主候補に最年少にして辿り着いた超エリートなの。従える守護獣は強者揃いのベレスフォード家でも誰ひとりとして手なずけることができなかったフレクリザード。さらには、あの容姿も相まってまさに才色兼備を具現化したような存在……っていうのがマスコミの受け売りらしいんだけど、とにかくすごい人物なの」

「色々すごすぎて逆に実感が湧かないな……」

 感心を通り越して、颯人は少しドン引きしてしまっている。

 颯人とシエラがそんなやりとりをしている間、両者が散らす火花は激しくなって、ふたりの帯びる雰囲気は一触即発といった感じだ。もうまもなく決闘が開始されることだろう。

「――来い、デュラハン」

「――お願い、フレクリザード」

 両者の右手の甲にある盟約印が淡い光を帯び、地面に騎士と竜を象ったふたつの召喚陣が現れる。辺りを眩い光が包んでいく。

――ガチャリと、無骨な音とともに漆黒の騎士は大剣を構える。

――紅蓮の炎を身にまとう赤竜はその巨大な両翼を羽ばたかせ、強烈な風を巻き起こす。

「相変わらず馬鹿でけぇ守護獣だな。そんなんで俺のデュラハンについて来れるのかぁ」

「あなたの守護獣こそ、そんな重装備で私のフレクリザードの炎を躱しきれるのかしら」

 互いに一歩も譲らず、挑発し合っている。

「うわぁ……。すげえバチバチしてる」

「私、一瞬火花が見えたよ……」

 召喚術師とその従える守護獣は精神でリンクしている。召喚術師の精神状態が悪ければ守護獣の動きも悪くなり、逆にいえば召喚術師の精神状態がこのうえなく良ければ、その守護獣は実力を越える力を発揮することができる。両者の実力が拮抗していればしているほど、ほんの些細な精神状態の差で明暗を分けることもあるのだ。

「私の決闘を受諾したあなたに対する最大の敬意として、空は飛ばないで戦ってあげるわ」

「ああ?」

 その提案にレクターは露骨に不機嫌そうな声を出す。

『聞いたか! 空を捨てるってよ!』

『強者の余裕ってヤツだろ』

『でも、さすがに舐めすぎじゃないか?』

 ざわざわとざわめきが波のように伝播していく。

「どういうつもりなんだろ?」

「きっと挑発してるんだよ。あいつ、とびきりの自信家だからな。あんなこと言われれば、頭にこないわけがない」

 竜属にとって最大の特徴は空を自由に翔けることができるところだ。地上相手に三次元的な攻撃を展開できるのは強みといってよい。それをティナは捨てると言っているのだ。それは、その強みを捨ててなお勝てるといっていることにほかならない。

 それがレクターにとって――このうえない屈辱だった。

「転校生だから少々手加減をしてやろうと思っていたが、やめだやめだ。――全力でぶっ潰す」

「望むところよ」

 かつてないほどの凄みを利かせるレクターにティナはまるで動じない。そのティナもまた畏怖の念すら抱かせるオーラを放っている。ベクトルは違えど、ふたりの放つオーラによって、並の大会以上の緊張感が辺りを包んでいく。

「デュラハン! 傷だらけにしてやれ!」

「フレクリザード。消えない程度に軽くいなしてやりなさい」

 埒外な化け物同士の戦いが始まった。

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