第31話
吹き飛ばされた雪花の身体は壁へと思いきり叩きつけられる。
「カハァッ……!?」
「威勢よく突っ込んできた割には大したことないな」
力が戻ってきたのか、人間の依り代を捨てて、シヴァはかつて対峙したときと同様の姿をしていた。
雪花を吹き飛ばしたのはシヴァではなかった。雪花と戦闘を繰り広げているのはシヴァではなく、その支配下にある幻獣たちだ。当の本人は遠くから雪花がいいように弄ばれている姿を見て嘲笑っている。
「――くっそッ!」
衝撃を物ともせず、すぐさま攻撃へと転じる。狙いはシヴァただひとり。だが、支配下にある幻獣たちが行く手を阻む。
「邪魔――するなッ!?」
でたらめに小太刀を振るい、襲いかかってくる幻獣を斬り捨てる。一撃一撃が手心抜きの本気の一撃である。力の温存という考えはすでにない。
「何度やっても無駄だというのに……」
愚か者を見るような目で何度も諦めずに立ち向かってくる雪花を見つめ、嘆く。実際、愚かなのかもしれない。無意味なことなのかもしれない。それでも雪花は歩みを止めない。
「愚かしい。実に愚かだ」
「さっきからゴチャゴチャとうっさいのよ……。愚かだろうがなんだろうが、アタシは諦めるわけにはいかないのよ……!」
壁にもたれかかりながら立ち上がる。しかし、その目から闘志は消えていない。
「相変わらず、口だけは達者だな」
「まあね」
はぁ、とシヴァは嘆息する。
「全く……呆れるほどの忠義心だな。だが、今の主は別の人間だ。あの人間にお前がそこまでの忠義を尽くす価値はあるのか?」
そう問われ、ボロボロの身体で愚問と言わんばかりに笑う。
「価値とか意味とか、そんな下らないことに縛られているアンタには一生理解できないわよ」
「そうか。なら、一生理解できなくてもいい」
憎々しげな表情の中に笑みを含ませながら、幻獣に命令を下す。
「お前たちもそろそろ我慢の限界だろう。存分に吸収するといい。存在した痕跡すら残らないまでにな」
幻獣が一斉に雪花へ襲いかかる。
(もうマナは限界……。戦う力は残ってない。それでもアタシは――)
もう戦える力は残っていない。それでも――。
「最期まで主への忠義を尽くす、か」
とうに覚悟はできている。悔いはない。
(でも……最後にもう一度だけ声が聞きたいと思うのは、きっとわがままだよね――)
無数の幻獣が眼前まで迫る。
最期に名残惜しそうに主の名を呼ぶ。
――颯人。
「――雪花ぁあああああああああああああ!」
ドゴン! という轟音とともに壁が吹き飛ぶ。壁を破壊した爆風に近くにいた幻獣も巻き込まれ地を転がる。
煙の中から出てきたのは勇猛な竜のシルエット――フレクリザードと、それに乗るティナ、シエラ、そして颯人。
「遅くなった」
いの一番にフレクリザードから降りると、雪花へと駆け寄る。
「ど、どうしてアンタが……」
「自分の守護獣がピンチだってのに駆けつけない主がいるもんか」
驚く雪花に颯人はニッと笑う。
「馬鹿な……奴らをけしかけたはずなのに……」
今までにない落胆した声でシヴァはつぶやく。
「あんなの私たちには敵じゃないわ」
声をしたほうに視線を向ける。
「竜属に妖精属……。こんな人間の犬に成り下がった幻獣に負けるとは……。だが、まだオレは負けたわけじゃない。ここにはまだ無数の幻獣がいる」
改めてシヴァは残りの幻獣たちに命令を下す。ここにいる連中全員を殺せと、言外に込められた感情はとてつもない殺意だ。
「どれだけいるんだよ」
雪花が手間取った理由が今なら分かる。次々とまるで行く手を塞ぐように立ちはだかる幻獣を相手にしていては堂々巡りだ。これを雪花はひとりでどうにかしようとしていたと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
だが、今からは違う。頼れる仲間だっている。今ならきっと――勝てる。
「颯人くんっ! 周りの幻獣は私たちが引き受けるから!」
「あなたは早く敵の大将を倒しなさい」
「みんな……」
みんなが繋いでくれたバトンを受け取り、走り出す番だ。このチャンスを無駄にするわけにはいかない。
「まだ戦える? 雪花」
「戦えなくたって、ここで諦めるつもりはないわよ」
雪花の口調は力強かった。自分も雪花も目標は同じ。もう違えることはないだろう。
「シヴァッ! もうアンタの思いどおりにはさせない。アンタはアタシとここにいるみんな――仲間が倒す!」
小太刀の剣先を向けて宣言する。さきほどまでの死を覚悟した姿ではなく、活力に満ちている。
「……クックック。アッハッハ……」
不意に不気味な笑い声が木霊する。それはほかの誰でもないシヴァのものだ。
「まさかあの状態からここまで逆転されるとはな。正直、驚いたよ。……それならば、こちらも相応のもてなしをしないとな」
シヴァが一度手を振ると、スイッチを切るかのように牙をむいていた幻獣たちは煙のごとく消え去った。
「なにをするつもりなんだ……」
誰もがシヴァの一挙手一投足を注視する中で、ゆっくりと動き出す。
「実をいうとな、今までのは前座なんだ。お楽しみはこれからだ」
そう言うと、ゆっくりと、しかしその顔に歪んだ笑みを湛えながら言い放った。
「出番だ――源一郎」
ドン! 着地の衝撃で地を抉る。破片が飛ぶ。現れた者は誰もが知っている人物であり、そして颯人と雪花にとっては特別な存在である人物。
目の前には大柄の男――秋月源一郎が立っていた。
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