第12話
颯人にとって予想外の出来事が起こった。いや、この場合はむしろ起こって良かったというべきか。
超大型ショッピングモールに入っているファミレスの店内に颯人と雪花の姿はあった。
あのあとも道中でさんざん悩んだ挙げ句、結局はどこに行くかは決められず、とりあえず子供が好きそうな場所ということでショッピングモールに行き先を決めた。それからは適当にぶらついて色々を見て回り、空腹を感じた颯人は近くにあったファミレスへと入った。そこで予想外のことは起きた。
「チョコレートパフェ、もうひとつ追加して!」
テーブルの上にはアイスやケーキ、パフェなど、およそこの店にはある全てのデザートを網羅していてもおかしくない量の皿が無造作に置かれていた。そのどれもが既に食べ終わったもので今も増え続けている。
「チョコレートパフェ、お待たせしました」
ウェイトレスが追加注文したチョコレートパフェを運んでくる。
もちろん、これらは颯人が頼んだものではない。その元凶たる存在は向かいに満面の笑みを浮かべながら、たった今運んできたアイスを頬張る少女――雪花だった。
「あの、ちょっと……」
さすがに危機感――主に財布――を覚えた颯人が声をかけるが、当の雪花には馬耳東風で全く聞いていない。今は目の前のデザートを食すことに全力を注いでいるようだ。こうなってくると、ほんの気まぐれで奢るなんて言ったことが悔やまれる。まさかこんなに注文するなんて思ってもみなかった。
「ちょっと食い過ぎじゃないの?」
さきほどから一度も休憩を入れずに食べ続けているが、いっこうに苦しそうな気配を感じさせない。人なら大食いでもない限りそろそろ限界が訪れそうな量なのだが、幻獣の腹は底なしなのだろうか。そもそも幻獣に食事は必要なのだろうか。どんどん疑問が湧いてくる。
「ここのチョコレートパフェは絶品ね」
もう思い残すことはないと言わんばかりに顔をほころばせる。
「俺の話、なにも聞いてなかったよね?」
「食べるのに夢中で、アンタのことを忘れてた」
小さくため息を吐く。まさか、話どころか存在すら忘れられていたとは。気を取り直して雪花に問いかける。
「さすがにもう満足したよね」
「まだって言ったらどうするのよ」
「怒る」
「奢るって言ったのに……」
まるでおもちゃを取られた子供のように雪花はふてくされる。もはや、本当の子供にしか見えない。
「言ったけど、言ったけどいくらなんでもこれは頼みすぎだって!」
テーブルを軽く叩く。テーブルの上に置かれた空の皿がカチャカチャと音を立てる。颯人としては多くても三つくらいで済むと考えていたが、雪花はその考えの遥かにうえをいっていたのだ。
「分かった。分かったから、涙目にならないでよ」
主に懐へのダメージで涙目になっている颯人の必死の形相に負けて席を立つ。
「ありがとうございましたー」
店員の声が後ろから聞こえてくる。
「はぁ……。今月は厳しいなぁ」
会計を済まして、すっかり秋が訪れたように寂しくなってしまった財布を見てがっくりと肩を落とす。しまいには雪まで降ってきそうだ。
「ねぇ、大丈夫?」
颯人の態度からさすがにマズイと思った雪花が颯人の顔を覗き込む。
「いや、大丈夫。うん……大丈夫」
心配そうにのぞき込む雪花に颯人は曖昧な笑みを返す。
実際はあまり大丈夫ではないが、奢ると言ったのは紛れもない自分の言葉だ。これも未来への投資だと思えば安いものだ。今日は雪花との親睦を深めるのが目的だ。今日くらいは奮発してもバチは当たらないだろう。
そう思って颯人が歩いていると、隣にいた雪花がいないことに気づく。どこに行ったのだろうと振り返ると、ある店の前で立ち止まっていた。かなり興味津々のようで食らいつくように魅入っている。
そんな姿を見て、気を引くものなんてないと言っていたことを思い出し苦笑する。
「なんだ、やっぱり好きなものあったんだ」
背後からの声に肩をビクっとさせて、
「べ、別に好きじゃないけど……」
いつも通りのすげない態度を取るが、瞳はしっかりとその店を見つめている。雪花がそこまで興味を示すこの店はいったいなんの店かと覗いてみると、その店はアクセサリーなどの小物を扱っているアクセサリーショップだった。
「結構あるな」
外から覗いただけでもかなりの種類がある。
「見るだけ見てみる?」
そう雪花に問いかける。
「え、いいのっ!? ……いやでも」
さきほどのことを気にしているのか、返ってきたのは、はっきりと物を言う雪花には珍しい煮えきらない態度だった。雪花なりの配慮なのだろう。実際、先のことで懐事情はあまり芳しいほうではない。とはいえ、あれだけ食い入るように興味を持たれては無視するというのも良心が痛むのだ。ならば、ここは雪花の主としてあるべき姿を見せるのが正しい選択だろう。
「さっきのこと気にしてるんだったら、大丈夫だよ。あんまり高い物は無理だけど、ちょっとくらいなら平気だから」
その言葉に後押しされて、小さくうなずくと雪花は店内へと入っていく。
店の中には値段の安い簡素な作りのものから、そういったものには明るくない颯人でも一目で高価と分かるものまで幅広い種類のアクセサリーが取り揃えられていた。高価なものが並ぶ一角を進む雪花を若干顔を引きつらせながらついていく。大丈夫とは言ったものの、もし高いものを選ばれたらどうしようかと、戦々恐々な思いだ。
少し歩いて雪花が歩みを止めた。少しビクビクしながら雪花の視線が向いているコーナーを見てみると、子供が喜びそうなおもちゃのペンダントが並べられていた。値段もおもちゃなのであまり高くない。今の懐事情にはかなり優しい。これくらいの値段のほうが助かるが、その一方で少し気になることがあった。
「この辺にあるのでいいの?」
その問いに答えることはなかったが、その中にあるひとつを手に取り、口角を上げて回顧するような姿が答えを表していた。
あれだけ子供扱いするなと頑なに主張し続けていたのに、おもちゃのペンダントを手に取ったことに颯人は疑問を抱いた。それと同時に昨夜のことが思い出された。確かあのとき落としたものもペンダントだったはすだ。
「じゃあこれ、レジに持ってくね」
「……うん。ありがと」
レジで精算を済ませ、雪花のものとなったペンダントを手渡す。受け取った雪花はそれをとても大事そうに扱っている。顔にはさきほどと同様、懐かしむように笑っているが、その瞳の奥にほんの一瞬寂しげなソレを覗かせたことを颯人は見逃さなかった。
昨夜、ペンダントを落としたときのあの反応。明らかに普通ではないなにかがある。いきなり核となる部分に踏み込むのは憚られ避けてきたが、今が良い機会かもしれない。
「あのさ、雪花」
「……なに?」
意を決して雪花に尋ねた――その時だった。異変が起きたのは。
ショッピングモール全体が激しく揺れる。同時に全身を走る身に覚えのある感覚。
――幻獣が出現したときのあの感覚だ。
「きゃあああああああああっ!?」
店の外から聞こえてくる女性の悲鳴を皮切りにざわめきが増していく。
「颯人!」
「分かってる!」
ただならぬ気配を感じてふたりは店の外に飛び出す。
逃げ惑う人。
恐怖のあまり泣き出す人。
そして――すでに息絶えた人。
決して起きないことが、起きるはずのない都市で起きていた。
幻獣が――人を貪っていた。
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