第20話

「――そして、この女性が今朝死体で見つかった五人目だ」

 イリスが差し出したタブレット端末には女性の顔写真が表示されている。二十代後半といった印象で、召喚術とは全く無関係の一般人だ。

「……そ、そんな」

「こ、こんなのって……」

「……」

 三者三様の反応をみせるが、その根底にある感情はひとつだ。

「ほ、本当に幻獣に襲われたんですか……?」

 縋るような視線でシエラが問いかける。困惑。驚き。様々な感情が交ざり合った視線だ。イリスが返す言葉に一縷の望みを託すが、なにも語らずただ一度だけ首を横に振ったことで、その望みは無惨にも打ち砕かれた。

 重たい沈黙が続いた。

 先日に起きたショッピングモールでの幻獣の出現。あれがただの一度だけであれば、偶然もしくはなにか原因があって起きた偶発的な事故として納得することができた。

 だが、二回目が起きてしまった。それはつまり、あの出来事が偶発的なものではなく、何者が明確な意志を持って事を起こしているという証明になってしまったのだ。

「理事長の仰りたいことは分かりました。ですが、なぜそれを私たちに?」

 そんな沈黙を破ったのはティナだった。

「やっぱり気になるよな。つまるところ、この話の肝要なところはそこになるんだが……」

 イリスは言い淀むように逡巡し、しばらくのあと口を開いた。

「早い話が、今回の一連の事件でお前たちが疑われているんだ」

 颯人にシエラ、ティナでさえもイリスの言葉に瞠目した。

「俺たちが疑われているって、どういうことですか」

 怒気の入り混じった声で颯人が訊く。

「まずはショッピングモールでの事件。解決したのはお前たちだが、それについて懐疑的な奴が召喚術師連合に何名かいるんだ」

「懐疑的?」

「ああ。学生の身で野良の幻獣を退けたなんて、大手柄だからな。自作自演……なんていうゲスな勘ぐりが好きなんだろうな」

「……下らない」

 珍しく感情的な声を出したのはティナだ。

「百歩譲ってショッピングモールの件は疑われても仕方ないにしても、今朝の女性も含めて連日の襲撃事件については、俺たちは無関係ですよね?」

「普通に考えればそうなんだが、まあ上の連中は頭の固いお役所みたい連中だからな。誰かのせいにして自分たちの不手際にしたくないんだろう」

 結界を召喚術師連合が設置した以上、問題が発生した場合にはその責任の矛先は当然彼らにいくだろう。

「そういうことだから、ここ最近のお前たちの行動を知りたい。特に守護獣については詳しく」

「理事長もわ、私たちを疑ってるんですか……?」

 シエラはおどおどとした様子で問う。

「自分の学校の生徒を疑う馬鹿がいるか。私としてはお前たちを信じているが、上の連中はそうもいかん。これは自らの潔白を証明する意味でもあるんだ。疑われていい気がしないのは分かるが協力してくれないか?」

 疑っているのではなく、信じているからこそ行動について教えてほしいという言い分には納得せざる得なかった。イリスの言うとおり、結局のところ、身の潔白を証明するには自身の行動を伝えるほかなかった。

「……ここ最近はずっと学内にいました。フレクリザードも一緒です」

 ティナが最初に話し出す。それにシエラが続く。

「私もベレスフォードさんと同じです。あの事件以外で学外には出てません。ウンディーネはずっと側にいました」

 分かってはいたことだが、イリスはそれらに丁寧にうなずいて話を聞いていた。

「俺もふたりと同じです。ここ最近はずっと学内で雪花と訓練してました。雪花にも不審な行動は――」

 颯人もふたりに続いて話そうとしたところで言葉が止まる。

「ん、どうした? なにか気になることでもあるのか?」

 逡巡したのは一瞬だったと思うが、その時間は妙に長く感じた。

「……いえ、なんでもないです」

「そうか。特に不審な点がないならいい。あとは私のほうから報告しておく。手間をかけたな。戻ってもらって構わない」

 そう言われて三人は緊張の糸が切れたのか、大きな息が漏れた。

「まさか、この歳で人殺しを疑われるとは思いませんでしたよ」

「それだけお前たちの功績が大きかったってわけだ。それと言い忘れていたが、これで疑いが完璧に晴れたわけじゃないぞ」

 安心した矢先、その言葉で三人はギョッとする。

「まだなにかあるんですか……?」

「正確にはこれからの疑いはまだ残っているということだ」

「と言いますと?」

「そう難しく考える必要はない。要はこれからの行動に注意しろってことだ」

「疑われるような行動はするな、と」

 ティナの言葉にイリスは大きくうなずいてみせた。

「ま、こんなことはよーく分かってるとは思うがな」

 杞憂だったと言わんばかりに高笑いする。仮に容疑が晴れたとしても、元々疑われていた身である以上、無関係な人よりも怪しい目で見られるのは当然のことだ。そこでまた不審に思われそうな行動を起こせば、振り出しに戻ってしまう。

「そういうわけだ。各々、これからの行動には十分注意するように。以上だ」

 イリスが締めの言葉を述べると、お開きといった具合に三人は理事長室を出ていく。

「秋月」

 不意にイリスが颯人を呼び止める。

「なんですか? 理事長」

「なにか悩み事があるなら、ひとりで考え込むんじゃないぞ。もっと周りを頼れ」

 颯人は一瞬視線を落とすと曖昧な笑みを浮かべて、

「大丈夫ですよ。ちょっと疲れてるだけです」

 颯人の反応にイリスはしばし沈黙すると、小さく「そうか」と言って、今度こそお開きとなった。

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