第19話

「最近、雪花ちゃんの行動が変?」

 麗らかな陽気の中、学園にある庭園内のベンチに颯人とシエラの姿はあった。

 颯人から相談を持ちかけられたシエラは思案顔で問い返した。

「まあ変だっていっても、まだ契約してから一週間ぐらいしか経ってないから全部を理解したわけじゃないけどさ。だから、変というかはちょっと気になるって感じなんだけど」

 雪花と契約してすぐ翌日に起きた事件から一週間程度。あの一件があってからか、雪花との距離は縮まってきている実感があった。それは颯人にとって嬉しいことであったが、ただ同時に理解が進むにつれて気になるところが出てきていた。

「この前、ふと目が覚めたとき部屋の窓が開いてたんだ。それで何気なく部屋を見てみたら、雪花がいなくてさ。朝にはいつもどおりいるし、散歩でもしてるのかなって今は思ってるけど……。それがちょっと気がかりなんだよな」

 それは確かに少し妙だとシエラも思う。なにか特別な用事でもあったのだろうか。とはいえ、人間と幻獣は根本的に異なる。人間でもふと思い立ってなにかすることはあるのだから、幻獣ならなおさらその行動原理は我々の想像するところのさらに外側にあってもおかしくない。

「それは確かにちょっと気になるところではあるけど、でも今のところそれ以外におかしなところはないんだよね?」

「うん、まあ」

「なら、別段気にすることでもないんじゃない? もし、なにか困ったことがあれば話してくれるだろうし」

(困ったことがあれば話してくれる……ねぇ)

 胸中でそう思い、遠い目をしながら颯人は雪花の持っていたペンダントのことを思い出していた。ショッピングモールで訊こうとしたことは結局今で訊けないままでいる。雪花から自主的に話してくれるのが一番好ましいのは確かなのだが、最近ただ受け身のままでいるのもどうなのだろうかと思い始めている自分がいるのだ。

「それが一番いいんだけどね。ただ、ずっと待っているだけってのもな……」

 煮え切らない颯人の態度を不思議に思うシエラだが、すぐにハッと気づく。彼は雪花のその一連の行動を理解したいのではなく、それも含めて雪花の行動原理そのものを理解して、そのうえでなにかできるならしてあげたいと思っているのだと。それはきっと、ついこの間まで守護獣がいなかった彼だからこそ、より強く思うことなのだろう。

「逸る颯人くんの気持ちも分かるけど、強引にいって拗れても大変だし……」

「そうだよな……」

 ベンチに降り注ぐ春の日差しをその身に受けながらふたりは頭を捻る。が、これといった名案は浮かんでこない。

「色々こっちで考えてみるよ」

 結局ひとつも名案を思いつかなかった颯人は曖昧な笑みだけをシエラに返す。シエラは申し訳なさそうに顔をうつむかせている。

「ごめんね。せっかく相談しにきてくれたのに力になれなくて……」

「いや、こっちこそ急に押しかけてごめん。これは俺と雪花の問題だし、シエラは全然気にしなくていいから。じゃ俺はそろそろ行くよ」

 そう言って颯人は立ち上がる。

 すると――。

「おー、いたいた」

 妙に間延びした声を引き連れて、イリスがこちらに駆け寄ってきた。

「理事長。どうしてここに?」

「ちょうど、お前たちふたりを捜していてな。これからちょっと時間あるか?」

「私は大丈夫です」

「秋月、お前はどうだ?」

「俺も大丈夫ですよ」

「そうか。手短に済ませるつもりだ。手間をかけてすまんな」

 イリスはそう言うと、ふたりを理事長室まで連れていった。


「遅かったですね、理事長」

 理事長室にはすでにティナがおり、きちんとした居住まいでふたりを待っていた。

「ふたりを捜すのに少々手間取った」

 イリスのあとから続いてふたりが入ってくる。

 その折。

「理事長は敷地内の位置関係とか把握してるんじゃないですか?」

 イリスに促され、ティナの向かいにあるソファーに座ると颯人がそんなことを訊いてきた。

「どうしてそんなことを訊く?」

「学院を統括する理事長なら、建物の位置関係くらい把握してると思ったんです。というより、把握していてほしいんですけど」

 颯人の質問にイリスは頭を掻きながら、

「実はな、今でも完璧には把握できてないんだ」

 アッハッハ、とイリスはごまかすように笑う。

「そんな適当でいいんですか……」

「困ったときは放送でも流せば問題ない」

「そういう問題じゃないと思うんですけど。……あれ。でもそれなら、なんで放送で呼ばなかったんですか?」

 不意に思い当たった疑問をイリスに投げかける。把握していないのなら、さきほどの言葉どおり放送をかければいい。そうすれば、タイムロスもなかったはずだ。

「その理由は……察してくれるとありがたいんだがな」

 一瞬、イリスの顔から笑顔が消えた。颯人とシエラは首を傾げているが、そのふたりに正解を示すようにティナがおもむろに口を開く。そのときのティナの顔はどこか重苦しさがあるように思えた。

「つまり公にはできない用件――ということですね?」

「察しがいい奴がいると、話が早くて助かる」

 いつもなら戯けたような口調で喋るイリスだが、そのときばかりは真剣そのものだった。

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