第10話

 窓から見える空を我が物で竜が飛んでいた。それは一度両翼を羽ばたかせるだけで突風を引き起こす。幻獣の中でも天使属(エンジェル)や悪魔属(デーモン)に並ぶ強大無比な力を持つ竜属はかつて何度も人類に攻撃を仕掛けたことがあった。

 だが、それも過去のこと。

 上空を飛翔する竜に都市を行き交う人々は一瞥をするこそすれ、取り立てて騒ぐようなことはしない。それすら日常の一コマであると、このクリプトに住む人類は認識していた。今日(こんにち)、クリプトに住む人類の安全は保証されていた。

「それを可能にしたのが、都市を球体状に覆う結界なんだ」

 自分が成した功績のように説明する颯人の口調は少し得意げだ。

 昨日の件はあの手この手で説明し、なんとか疑いを晴らすことができた。雪花の機嫌を回復させるのにはかなり手こずったが、そのおかげで今は一緒に外に出ている。

 ガーディアンズ学院を出て数十分。颯人と雪花はクリプト全体に網の目のようにして延びているモノレールに乗っていた。広大なクリプトを案内するには徒歩では骨が折れる。バスもあるにはあるが、速さで比べたときには圧倒的にモノレールのほうが速い。移動に時間がかかればそれだけ案内できる施設も減ってしまうので、颯人はモノレールを選択したのだ。

「薄らと見えると思うけど、あれが結界」

 クリプトを球体状の膜のように覆う結界。目を凝らしてやって見えるか見えないかぐらい薄いものだが、その効果は確かなものだった。

 並の幻獣の攻撃は受けていないのも同然。竜属を始めとする高位種の攻撃にも何度も耐えて破られたことのない実績のある結界だ。その詳しい原理はクリプトを管理する上層部の中でもごく一部の人間しか知り得ず、一般には知らされていない。それでもクリプトに住む人間にとってはなくてはならない存在なのだ。

「この前言っていたルールっていうのが、いかなる理由があろうとも幻獣が人を襲うことは禁止されているんだ。それが守護獣だった場合、契約者の召喚術師も拘束されて、それ相応の厳しい罰が下る」

「幻獣対策は万全ってわけね」

 視線のはるか先にある結界を見ながら雪花は言う。

「でも、外からの対策は万全でも内側で門を開かれたら終わりじゃない?」

 召喚術師と未契約の幻獣なら、自ら門を開いてこちらの世界に現れることができるはすだ。どれだけ外からの攻撃に対して堅牢でも、内側に現れ暴れられたひとたまりもない。

「この結界の内側では召喚術師以外には門を開けないようになってるんだよ。それもどういう原理かは分かってないけどね」

「信用していいの? それ」

「でも、実際結界の内部で幻獣によって門が開いたことは一度もないから、信用していいんじゃないかな」

 モノレールはどんどん都市中心へ向かって進んでいく。それに連れて、外の景色にも超高層ビルが増えてくる。ガーディアンズ学院の周囲にはビルがないので、その景色はいつ見ても新鮮だった。

 しばらくして、モノレールはクリプトの中心に近い所までやってきた。この辺りからは中央区になる。中心に近いだけあって、超高層ビルが乱立し、行き交う人々も多く、非常に賑わい活気に溢れている。

「どこか行きたい所とかある?」

 モノレールから降りた颯人は行き先について雪花に訊いた。今日の主役は雪花だ。もし、どこか行きたい所があればその意見を優先しようと考えていた。

「行きたい所もなにも、まだなにも知らないんだから、あるわけないでしょ」

「あ、そっか」

 言われて苦笑する。確かにそうだ。どうやら気持ちが先走りすぎていたようだ。

「しっかりしてよ。アンタはアタシの主なんだから」

「ははっ。守護獣に言われたら世話ないね」

 少々自虐的に笑う。小言を言う雪花だが、自分の主が抜けているのだから、それも無理はない。これから雪花の主として相応しくなるようにと、気持ちを引き締め直す。昨夜の一件でも、雪花はまだ自分に言えないことがあるように思えた。それを話してくれるようになるためにも、今日はとても大切な意味を持つ日になるだろう。

「それじゃ、俺が適当にめぼしいものを案内しようと思うけど、それでいい?」

「好きにして。まあ、幻獣のアタシの気を引くものなんてないだろうし、アンタに任せるわ」

「それはそれでちょっとやりづらいなぁ」

 始めからなんにも興味がないと言われると、案内する側としては困ってしまう。いったいどんなものになら興味を示してくれるだろうか。

 今のところ、雪花について分かっていることといえば、子供扱いされるとキレることぐらいだ。それだけの情報量ではどこを案内するべきか決めかねるわけだが、颯人の中にはひとつ考えがあった。

(バレたら殺されそうだけど、とりあえず子供が好きそうな所に連れていってみるか)

 雪花が興味のあるものが分からない以上、これしか手がなかった。考えというよりは当てずっぽうに近いかもしれない。いずれにしても、いつまでも決めかねていたら日が暮れてしまう。

「んじゃまあ、行きますか」

 こくりと雪花が頷いて、ふたりは歩き出した。

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