第15話

「外見だけは頑丈なようね」

 さきほどからフレクリザードの炎をものともしない幻獣――マンイーターにティナは言い放つ。気丈に振る舞ってはいるものの、そこに余裕はなく、マンイーターの放つ気配の中に混じるわずかな違和感に警戒を強めていた。

(この気配、どこかで……)

 警戒しながらも違和感の正体を探る――が、思考に意識を割いたわずかな隙を狙ってマンイーターが動き出し、全意識を目の前の幻獣に向ける。その一瞬の隙が命取りに繋がる。

「飛んで!」

 フレクリザードに指示を出し逃げさせる。

 事実としてティナは苦戦を強いられていた。屋外と違って空間には限度があり、あまり自由には飛び回れない。屋外に移したとしても、それでは逃げるチャンスを与えかねない。加えて、ティナは建物を配慮してフレクリザードに威力を抑えるようにも指示しており、それが起因してあと一歩のところで決め手に欠ける状況を招いていた。

 それに対して、相手取っているマンイーターは周りの被害などお構いなしに暴れ回っている。このままいたずらにマナを消費していたら、いずれはこちら側が戦えなくなり、そうなれば向こうの思うがままだ。

(いったいどうすれば……)

 無意識のうちに考え込んでしまい、一瞬だけ周りへの注意が消える。

 その瞬間――。

 マンイーターがティナに飛びかかる。すぐに気がついて反応するが、とっさのことに転けてしまう。

 主の危機にフレクリザードは炎弾を放とうとすると同時に躊躇った。主まで巻き込みかねないと分かっているからだ。

 幻獣の鋭利な爪はすぐそこまで迫っていた。

 悲劇的な最期を悟りつつも、それでも抗おうとする。そんなティナをあざ笑うように首元へ狙いを定めて――。

 キィィィン。

 甲高い金属音が静寂を引き裂いた。ティナの首元を貫かんとする鋭利な爪はその直前で止まっていた。――いや、すぐに阻止されていたのだと把握する。

「あ、あなた、どうして……」

「早く行って!」

 突如として間に割って入った少女――雪花が叫ぶ。マンイーターの渾身の一撃を二本の小太刀で受け止めていた。雪花のその裂帛した声に一刻の猶予もないのだと悟り退避する。

「ベレスフォードさん!」

 退避してすぐに聞き覚えのある声――秋月颯人が駆け寄ってくる。

「無事で良かったよ」

 颯人は一安心というようにホッと息を吐く。

「あなたもいたのね」

「そりゃ雪花の主だからね。それより、ここは邪魔になる。少し離れよう」

 雪花はティナを危険から逃すために攻撃を防ぎ、退避するように急かした。それはティナも察していた。それでも自身の守護獣が戦っているのに自分だけが安全圏に逃げるのは気が咎めるのか、できるだけ近くにいようとしているのだ。

 しかし、それでは雪花の邪魔になってしまう。上階での戦闘で他に気を遣っていながら勝てるほど甘い相手ではないことを颯人は知っている。颯人の目からそれらを感じ取り、少しの間とはいえ一戦を交えたこともあって、ティナは不本意ながらも従うことにした。

「いったいなにがあったの? あの幻獣の術師の姿も見えないし」

 当然といえる質問をぶつけてくる。

 戦闘の真っ最中であるマンイーターが何某かの守護獣であるならば、その近くには主である召喚術師がいなければおかしい。相手とて戦況の把握は必要のはずだ。しかし、どれだけ辺りを見まわしてもそれらしき人物は見当たらなかった。

「俺にもよく分からない。突然、現れて人を襲ってたんだ」

 かぶりを振りながら、そのときの光景が脳裏を過ぎり青ざめる。

「分からないことだらけってわけね。でも、勝算はあるんでしょう?」

 不意にティナが訊いてくる。

「勝算……というか雪花ならやってくれるって信じてるだけだけど……」

「あなたらしいわね」

「そうかもね」

 颯人は軽く笑って返す。

「協力しましょう」

 思いがけない提案に颯人は目を丸くする。一度とはいえ、一戦を交えた間柄だ。なによりプライドが高そうな印象のあったティナが自ら協力を提案し、ましてその協力相手が自身を負かした人間なのだから、驚きもひとしおだ。

「なに、鳩が豆鉄砲食らったような顔をしているの」

「いやだって、まさか自分を、その、降した相手に協力を仰ぐなんて意外だったから……」

 ティナは少しムッとしたように、

「まあ、私だってあの小娘の力を借りるのは癪だけど、でも状況の判断を違うほど腐ってはいないわ。つまらないことを気にして大局を見失うなっていたら、一流の召喚術師なんかにはなれないの」

 そう力説するティナはどこかムキになっているようにもみえた。とはいえ、向こうから申し出てくれるというのなら願ったり叶ったりだ。

「そういうことなら、こちらからも頼むよ」

「同盟結成ね。で、さっそくだけど気づいたことをひとつ」

 そう言ってティナはひとつ指を立てる。

「あの幻獣が私を殺そうとして直前まで来たとき、口の隙間からわずかに青いものが見えた」

「それってまさか……」

 幻獣の中にある青いものと聞いて、召喚術師ならピンとくるものはひとつしかない。

「幻核ね」

 幻核は幻獣の生命の源といえるものだ。自身の命が脅かされる窮地の状況であっても、冷静に相手を分析するティナの豪胆さには舌を巻くばかりだ。

「となると、外からの攻撃はダメでも、そこを叩けば」

「あるいは……ね」

 完全に肯定しきれないのはリターン以上にリスクが大きすぎるからだ。幻核が幻獣の生命線である以上、警戒してそう易々とさらけ出してくれるわけがない。遠距離からでは着弾するまでのラグで容易に避けられてしまうだろう。必然的に至近距離からの攻撃になるわけだが、幻核を狙うということは即ちマンイーターの口の中に腕を突っ込むことを意味する。当然、破壊するよりも先に噛みちぎられれば致命傷だ。達成するにはより迅速にかつ的確な動きが要求される。

 そんな芸当ができるのは――。

「雪花……」

 自然と今も必死の攻防を繰り広げている雪花に向いていた。

「失敗すれば、あの小娘も無事では済まないでしょうね」

 無理強いをしないのはティナもまた雪花ひとりに大役を任せるのを憚っているからだろう。颯人の状況を大切にしているフレクリザードに置き換えて考えれば、容易に想像ができることだ。

「無理強いはしないわ。リスクのほうがはるかに大きいから。その場合、それこそどっちが先に倒れるかの耐久レースになるでしょうね。ただそれだと……」

 言わんとすることは分かっていた。

 颯人は先の戦闘で消耗し、ティナも今はまだ余裕を見せているが、それもいつまで保つかは未知数だ。加えて、あとどれだけ向こうに余力が残っているか分からない。通常は召喚術師の様子を見て判断するのだが、その術師が見つからない状況では把握のしようがない。常にこちらの余力に注意しながら、戦闘することが強いられる。しかし、そうなれば今以上にジリ貧となるのは火を見るより明らかだった。

 ふたりがこうして話している間にも、絶え間なく繰り広げられている激しい戦いの音が聞こえてくる。今こうして悩んでいる間にも雪花にはダメージが蓄積しているのだ。決断に一刻の猶予も残されていなかった。

「――その案、やるよ」

 ほんの一瞬、ティナが目を見張る。

「本気?」

「本気も本気。これ以外にこの窮地を脱する方法はないよ」

「失敗すれば、あの子も無事では済まない――それでもやるわけね?」

「もちろん」

 覚悟を決めた目だった。

 それ以上はなにも言うまいと、ティナは静かに一息吐いた。

「なんでそんなことを聞いたんだ?」

 提案してきた割にはしつこいようにも思えた問いかけに颯は首を傾げる。

「本気かどうか確かめたかったのよ。少しでも迷いがあれば、連携にミスが生まれるかもしれないし。ひとつの油断も許されない作戦だからね」

「迷いなんてないよ。俺はただ自分の相棒を信じるだけだ」

「……嫌なことを思い出させないでよ。あなた、私との決闘でも似たようなことを言っていたわね」

「そういえばそうだっけ」

 ティナは少し顔をしかめて、颯人は苦笑する。少し笑いが生まれたのは吹っ切れたからだろうか。どうであれ、重苦しいものを抱え込むよりも心はずっと身軽だった。

「それで具体的な作戦だけど、いい案がある」

 ティナに耳打ちする。

「ベタだけど、まあシンプルでいいわね。他の作戦を考える暇もないし」

「じゃあ決定だ」

 互いが互いの守護獣に作戦を伝え、ふたりと二匹の反攻戦は始まった。

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