第26話

「それじゃベレスフォードさんは、雪花があの人――源一郎の守護獣だったと睨んでるわけなのか?」

「確証はないけど、対峙したときの様子やショッピングモールの件を加味しても、相当の強さを持ち合わせているのは間違いないわ。だって、守護獣がいなかったあなたでさえ私に勝つことができたんですから」

 まだ根に持っているのかと思わずツッコミを入れそうになる颯人だが、それをすると話が脱線しかねないので心の中に留めておくだけにした。

「いずれにしても、詳しいことは本人に直接聞くしかないから、まずはあの子を早く見つけることが先決ね。一連の事件の犯人に間違われても大変だし」

「確かにそうだな。さっそく探しに――」

 そこでふたりは気づいた。表が妙に騒がしい。

「なにかあったのかしら?」

「行ってみよう。妙な胸騒ぎがする」

 胸の奥を突くような不穏感を抱きつつ、颯人とティナは表に出た。

「だから、まだそうと決まったわけでは……」

「可能性がある以上、我々としては動かないわけにはいかないのです。分かってください、理事長」

 学院の正門前で理事長であるイリスが何者かと揉めていた。イリスの隣にはシエラの姿もある。

 揉めている相手は三人組で、またその後ろにもまるで有事に備えるかのように何名かの大人が控えていた。その大人なたち全員に共通しているのは青を基調とした正装――すなわち召喚術師連合の者たちだ。その彼らが直々に出向いてきているということは重大な情報を掴んでのことだろう。

 出てくる颯人とティナに真っ先に目を向けたのは召喚術師たちだった。その視線は睨みつけるように攻撃的でさえある。あまり良い気分ではない。

 その視線にはあえて気づかないふりをして、颯人はイリスに状況把握もかねて話しかけた。

「なにかあったんですか? 理事長」

「……はぁ」

 まるで年貢の納め時とでもいうように大きなため息をつくと、イリスは一度だけ颯人を一瞥した。

「本人が出てきてしまった以上、もう拒み続けることもできんな。ここは直接、本人から話を聞いてはっきりさせたほうがいい」

「……どういうことですか?」

 自分の知らないうちに渦中の存在になっていることへ驚きを隠せないでいる颯人にイリスは召喚術師たちを指差しながら言った。

「詳しいことは彼らから聞いてくれ。秋月に関わることである以上、私には手伝いはできても解決はできん」

 いつもとは違うイリスの低い声に颯人は事態の深刻さを自覚する。自分に関わりのあることと言われたら、身構えずにはいられない。意を決して、颯人は何名もいる召喚術師の中から代表してイリスと話していた人物に尋ねた。

「あの、俺が秋月颯人なんですけど、俺に関わることというのは……」

「そうか。君が颯人くんか」

 颯人の問いかけの応じたのは、さきほどまでイリスと話していた人物だ。おそらく彼がこの召喚術師たちの代表なのだろう。

「悪いがこちらからの自己紹介は省かせてもらう。それほど事態は切迫している。聞きたいことはひとつだ」

 淡々と、そして端的に告げる。感情を極力排除したその声には機械を連想させる。

「この幻獣について知っているか?」

 颯人の眼前に携帯端末が差し出される。顔を近づけて見てみると、確かに一匹の幻獣の姿が映っていた。

「……そんな――」

「やはり知っているんだな」

 知っているどころの話ではない。ついこの間まで一緒にいて、それどころかともに戦った仲なのだ。手ぶれで画面に映る画像は少し不鮮明ではあるが、それでも見間違えるわけがない。画面に映っていたのは紛れもなく――雪花そのものだった。

「これは巡回中の召喚術師から送られてきた画像だ。映っている幻獣の身体にある名前を元に調べを進めた結果、君に辿り着いたというわけだ。我々はこの幻獣を連続襲撃事件の犯人として追っている」

 その言葉に颯人は大きく目を見開き、シエラやティナも驚いたような表情を浮かべた。

「雪花が……犯人……?」

 混乱する颯人のつぶやきに答えるように召喚術師は話を続ける。

「この幻獣が走り去った場所に我々の仲間の死体があった。幻獣は現在逃走中だ。ついては君にも話を聞きたい。我々と一緒に来てもらう」

 示し合わせたようなタイミングで、後ろの控えていた数名が颯人に詰め寄ってくる。ここまま連行するつもりなのだろう。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 傍らでやりとりの一部始終を見ていたシエラが、ついに我慢できなくなったというように口を挟んできた。

「いくらなんでも、それは横暴すぎです。それにまだ雪……その幻獣が犯人と決まったわけじゃ」

「さきほど理事長にも説明したとおり、可能性がある以上、動かないわけにはいかない。それにその幻獣や主であるこの少年が全く無関係という証拠もないだろう?」

「それは……」

 シエラは反論できる言葉が出てこなかった。現実を考えれば、それが最善の策であることは誰だって分かる。犯人ではないと颯人や雪花に肩入れしてしまうのは、友達というバイアスがかかっているからにすぎない。それを取っ払ってしまえば、彼らもまた容疑者のひとりなのだ。

「心配しなくてもあくまで話を聞くだけだ。ひどいことをするつもりはない。連れていくぞ」

 正論によってその場にいる全員を黙らせると、召喚術師たちは颯人を連れて去っていた。

 今にでも泣き出しそうなシエラ。厳しいを顔するイリス。そして、なにか思案顔のティナ。

 三人はそれぞれの思いを抱いたまま、その光景を見送った。

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