第36話 ファーストクラス・エコノミークラス
衛星から衛星を飛ばすためにどうするか。
小林の説明はゆっくりとしていて、自分の思考の道筋を確認するかのようにも聞こえる。
「衛星がどうやって子衛星を切り離すか、って調べてみたんだけど、火薬式ってのがメインみたいなんだよね。勿論、そんな大きなものじゃなくて、バシュッとなるぐらいのちょっとしたものなんだけど」
小林が華奢な両手の指をパッと花火のように小さく広げてみせる。
「火薬式って、戦闘機の風防とかが、アニメみたいに煙がでて分離するやつか。宇宙空間で燃焼できるのか・・・ああ、酸化剤を混ぜておけばいいのか」
固体ロケットの原理だ。
志乃田の理解の早さに小林が嬉しそうに付け加える。
「そうそう。火薬に酸素が混じってれば宇宙空間でも燃焼するよ。それに、設計屋からすると化学反応の確実性は捨てがたいよね。火をつければ必ず燃えるから失敗しない」
「とはいえ、乱暴な方式だな。衛星なんてのは精密機器だから、もう少し静かに切り離すもんだと思ってたが」
「そうだね。だから安い打ち上げ衛星じゃなくて、高級路線?のアメリカとか日本は、機械式の爪で掴んで離す方式に切り替えてるみたい」
「衛星打ち上げにも
宇宙空間で機械を動かすのは難しい。可動部分が打ち上げ時の強烈な振動でズレることもあれば、真空では金属の平面同士がピタリと張り付いてしまう現象なども起こりやすく、動作不良の原因にこと欠かない。
一方で、静かに分離できるという利点は精密機器の塊である衛星にとって良いことには違いない。
価格競争の起きている打ち上げビジネスの中で、いかに
その一つの回答が、打ち上げ品質、という概念である。
とはいえ、さしあたり高級路線は
「いいじゃない。
「まあな。キューブサットに
「うん。キューブサットって安いけど、軌道変更の⊿Vには限界があるじゃない?」
「だからこその、推進機構をつけたキューブサット構想だろう?」
「そうなんだけどね。この
大きな衛星を飛ばすには大きな力がいる。逆に小さな衛星ならば力は少なくて済む。
そして、対象がもの凄く小さな切手衛星であれば、もの凄く大きな⊿Vを与えられるのではないか、という構想らしい。
理屈はわかる。
「いや、しかし切手衛星用の推進機なんて作れないだろ・・・」
「そう!だからいろんな文献で調べてみたんだ」
そう言って小林がドサドサとゴミ山から掘り出してきたのは、往年のSF小説群だった。
「文献・・・」
「うん!特にね、小型衛星で他の恒星系を探査するのにレーザーで打ち出すってのがあってね、光速の何分の一とかになるみたい」
小林に勧められるまま”文献”の該当箇所をチェックしてみる。
その”文献”では衛星に大きな速度を与えるために、軌道上に浮かべた巨大なレーザー砲で光帆をつけた衛星を打ち出し、連続的に長時間押し出すような方式をとる、とある。
完全にSFの世界である。もともとSF小説なわけだが。
「・・・無理すぎる」
「だよね!だからレーザー方式は諦めたんだ。
問題は金だけじゃないだろう、という言葉をかろうじて志乃田は飲み込んだ。
技術、法律、条約・・・素人の志乃田が想像するだけでも両手の指では足りない実現の壁がある。
SF《サイエンスフィクション》は構想の壮大さで生きていけばいいが、自分達のような貧乏所帯は小さく確実な方式を開発する必要がある。
「そこで・・・これです!切手衛星を飛ばそうアイディア第2弾!」
「どっから出してきたんだ、それ」
小林が、スチャッ、と音がしそうな動作で取り出したのは、古ぼけた小さなデンデン太鼓だった。
宇宙ゴミ掃除をビジネスにする話 ダイスケ @boukenshaparty1
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