5章:若者はアイディアだけで走り続ける

第32話 1つでダメなら

日本の中心近くの大学の研究棟の、そのまた研究室の片隅で、10億円の報奨金を目指して、志乃田と小林は部品リストを片手に衛星のコンセプトの詰め作業を行っていた。


研究室の一角は、プリントアウトした紙や紙で試作した衛星、3Dプリンタで出力した部品の残骸などで、さながら千葉港の盗難車両の違法輸出業者が跋扈するスクラップ廃棄場の様相を呈してきている。


もっとも、小林はその外見と言動から研究室ではマスコット的な位置づけとして文句を言う学生は皆無なので、いきおい非難の矛先は部外者の志乃田へと向いてくる。


仕方なく志乃田がゴミ捨て作業をする。小林が作業をしながらゴミを作りだす。また捨てる。作る。

そうした無限のサイクルを続ける間にも2人の議論は続けられる。


「・・・やっぱり軌道変更はしたいよなあ」


「光学センサーを大量に積むことで軌道上のデブリの精密観測を行い間接的にデブリ掃除に寄与する」というコンセプトは良いとしても、それだけでは他の研究室、企業などに真似られたら終わりである。


「いいアイディアだったね」で予選を突破しても、本選で他チームに賞金をかっ攫われては意味がない。


志乃田の目的はデブリ掃除ではない。10億円の賞金と、その先の自由な研究環境である。

だから無限ゴミ捨て作業にも耐えている。


「うーん。やっぱり無理だよね。キューブサットにこれ以上の推進剤を積むと、光学センサー系が犠牲になるよ」


3DCADで衛星の設計を幾晩も続けていた小林も、さすがに匙を投げた。

キューブサットはそもそものサイズが小さい。


いかに小林が芸術的な設計案を練って部品を移動させたとしても、そもそもの空間スペースが足りないのはどうしようもない。

資金かねがある研究室チームなら外付けで専用の推進機を取り付けるのだろうが、そうした予算の余裕は大学院生達しのだたちにはない。


どうやって詰め込むべきか。仮想空間上の60×60×60cmの立方体を睨みつけている志乃田が、グリグリと意味もなく衛星全体左右に動かしていると、画面を覗き込んでいた小林が「それ!」と叫んで志乃田からマウスを奪い取った。


「こうやってさ・・・」と衛星データをコピーすると、元の衛星に連結する。

「それで、こっちは光学系。こっちは推進剤詰めて・・・」と、2つのそれぞれのキューブサット衛星にギッシリと関連機器を詰め込んでいく。


「連結か!」


「そうそう。別にキューブサット同士を繋げたらダメ、とは規定ルールにないしね。これなら光学センサーも充分に積む余裕があるでしょ?」


コロンブスの卵ではある。1つで足りなければ1つ足して2つにする。

ワンオフの衛星設計の文化に慣れている人間からは出てこない発想だ。


「これなら、かなりの軌道変更ができるな」


「そうだね。必要ならもう1つくらい推進剤に特化した筐体キューブを足してもいいしね」


このアイディアは打ち上げロケットに実質的にプラス1段することに等しい効果がある。

宇宙放射線への耐久性に不安のあるキューブサットの用途として高高度に打ち上げられることはないだろうが、デブリのように様々な軌道を持つ物体を追従するのであれば、光学センサーを軌道上に打ち上げてから再配置できる、という自由度は非常にプラスになるはずだ。


何よりも、キューブサットを単機能化して組み合わせることで高度な機能を実現する、というブロック遊び的なユニットアプローチは技術の拡張性と将来性を含めて高評価を受けるに違いない。


「・・・さすがだな」


「ふふっ」


志乃田は、あらためて悪友こばやしの才能を見直すことになった。


◇ ◇ ◇ ◇


翌日、志乃田が気分良く小林の研究室を訪れると、小林は昨日と同じPC前にちんまりと膝を抱えて座っていた。


「なんだ小林、帰らなかったのか」


「んー・・・」


思いつきに夢中になると、いつも小林はこうなる。

たぶん、昨夜は衛星のアイディアが進んだのでそのまま徹夜で作業を続けたのだろう。

隣に飲むゼリーを置いてやると、小林は画面を見たまま手を伸ばし黙ってちゅるちゅると吸った。


「これ」


「ん?」


礼のつもりか、小林が小さなカードを差し出してきた。


「なんだこれ。基盤か?」


小林から渡されたのは、クレジットカードより少し小さ目で緑色の回路基盤らしきものだった。

この緑の基盤の上に抵抗やらICチップやらをハンダでとめて回路を作る。

多少の電子工作をしたことがあれば、誰でも目にしたことがある、ごくありふれた基盤だ。


「実はねえ、もう1つ思いついことがあるんだ」


3DCADから目を離さないまま、小林が少しかすれた声でのんびりとした口調で言った。

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