第31話 メディアと言葉

メディアへの露出とブランディング&コミュニケーション計画プランを固めるのと並行して、エミリーへのメディア・トレーニングが始まった。


自撮セルフィーりの訓練?」と半ば馬鹿にしていたエミリーだったが、訓練内容はメディア対応を中心に座学から姿勢、立ち方、喋り方のイントネーション、カメラや相手と話す時の視線等、全てについて徹底的に直されるようになると、軽口を叩く余裕はなくなった。


「エミリー、困ったときに腕を組まない!それと睨むのも禁止!」


目つきが悪い、体格が威圧的などと訓練を始めた当初は散々な言われようではあったが、エミリーは訓練が嫌ではない自分を発見して意外に感じた。


訓練内容が実践的で、エミリーが事前に偏見イメージを持っていた「エスタブリッシュメントと同質のお上品さを身につけるトレーニング」ではなかったこと、が理由としては大きかったのかもしれない。


ジャスミンは訓練の間、しきりにエミリーに語りかけた。


「あなたが身につけるべきなのは、そうした見せかけのお上品さじゃないのよ。そんなものは、野蛮人と見られない程度に身につければいいの」


「あなたは目つきこそ険しいけど、十分に美しく若い女性なのだから、あとは服装と化粧で何とでもなるし、そこはあたしの領域」


「あなたが身につけるべきなのは、短時間でメッセージとを伝えるコメント力とプレゼンテーション技能スキル!」


そうした言葉に象徴されるように、エミリーはニュース番組のセットを模したセットでインタビューを受ける訓練や、大勢の記者を模したスタッフの人混みに揉まれながらメディア応対をする訓練、路上で一般人に情報端末で撮影された際の対応の訓練、など多岐にわたる実践的なメディア対応の訓練を受けながら、それらの訓練でも「短時間で自分の意志を的確に伝える!」という訓練の方針は一貫していた。


「情報過多の現代は、昔の鉤十字ハーケンクロイツの時代みたいに人々が何時間も話を聞くためだけにラジオにかじりついてくれたりしないの!あなたに与えられる時間は人々が情報端末の広告に目をやる時間だけ。

最大で15秒。できれば最初の3秒で主張を伝えないとダメ!」


「すごく無理を言っているの、わかってる?」


連日の訓練にさすがに疲労を隠せないエミリーが不平を漏らすのに、ジャスミンは取り合わない。


「無理じゃないわよ。いい?まず、あなたは歯並びが綺麗で若くて美しい知的な女性。それだけで人の耳目を集めるに足りるの」


「ありがとう?」


「それに素晴らしい体格をしてるわ」


「・・・褒め言葉、と受け取っていいのかしら?」


「ええ、もちろんよ!つまりね、あなたは存在そのものが野心に満ちて力強く将来のあるアメリカ人の象徴なの!あなたが口を開かずとも見た人には最初の一秒でわかる。それが、他の誰にもないあなたの強みなのよ」


「あたしぐらいの若い娘なら、合衆国にはいくらでもいるでしょ?」


「ええ。星の数ほど。だから、あたし達があなたを磨き上げて、北極星にしてみせるわ。皆があなたを目指し、指針にするようになるの。まずは、動いたり口を開いても、人々が画面から離れていかないようにね。さあ、続けるわよ!」


手を叩いて自信たっぷりに断言する彼女ジャスミンに、しばらくはのせられてやるのも良いか、とエミリーはモチベーションを新たに訓練に戻るのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


メディア・トレーニングとは別に、どのような言葉ワーディングでメッセージを伝えるのか、についても議論が重ねられた。


概念コンセプトは言葉から始まる。


この場で議論された言葉が、CNN、PBS等のニュース番組やワシントンポストなどの新聞、さらにはSNSの翻訳を通じて世界中に何度も広く伝えられることになるメッセージの中心となる。


短く、力強く、実際のところ宇宙で何が起きているのかを一言で説明できて、大衆に訴求する魔法の言葉を求めて何度も議論がなされた。


プロジェクト・オマハビーチ、という言葉は当然のように候補にあがった。

しかし、広告の専門家であるコナーズに言わせれば、あまりに戦闘的過ぎるという


「そういう戦争を想起させる言葉で喜ぶのはマッチョのアメリカ人だけです」と指摘を受けて珍しくジェエイムスが小さくなっていた。


「すでにケスラー・シンドロームという言葉があるじゃないですか」


エミリーは指摘する。デブリがデブリを産み、軌道上が制御不能な数のデブリに満たされる状態が生起されることを「ケスラーシンドローム」という。


ある種のシミュレーション結果に過ぎないが、近年のロケット打ち上げ技術の革新と低コスト化によって爆発的に増大した低軌道衛星需要と打ち上げ回数増大に伴い、理論シミュレーションは現実になりつつある。


ところが「ケスラー・シンドローム」について広告の専門家のコナーズからは否定的な意見があがった。


「専門的に過ぎる言葉です。調査結果によれば、アメリカ国民の殆どがケスラー・シンドロームという言葉を聞いたことがありません。また、個人の名前のついた現象はアメリカ以外の国に広がりにくい、という調査結果もあります。シンドロームというのは病気を連想させます。地球軌道の状況を病気に例えるのは悪くありませんが、逆に言えばある種の急進的な環境問題として矮小化される可能性もあります」


このあたりの大衆を相手にした広告的な領域になると、金融業界で限られたエリートだけを相手にしてきたジェイムスや、ついこのあいだまで一介の大学院生に過ぎなかったエミリーにはお手上げだった。


「やっぱり、専門のことは専門家に頼んで正解だったねえ」


「・・・そうね」


こうして様々な個性と専門性を持った人間たちがチームを組み、エミリーという北極星をメディアにお披露目する準備が整っていく。

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