第8話 スリー・ストライク・アウト

金融屋と大学院生達が高級ホテルの食事を楽しんでいる頃。


同じカルフォルニアの空の下、そこから数百キロ離れた場所では、また別の男達が真剣な顔で話し込んでいた。


「どうもこの眼鏡(グラス)という奴は気に入らんな。相手の表情が良く見えん」


頭髪こそ薄くなっているものの精力的な印象と強烈なカリスマをたたえた男は、専用の広大な会議室でVR会議を終えるとぼやきつつ眼鏡を置いた。


「それで、あの男をどうみた?ヒューバート」


マークスは会議室に同席していた社の技術部長に声をかけた。


VR会議の利点の一つは、相手方に悟られない形で参加者を増やすことができることだ。


情報戦で優位に立つことは経営戦略にとって必須の要素だと信じるマークスは、好んでこの方法を使っていたし、独断専行の傾向があり、無茶な案件を一人で決めてしまいかねない経営者へのブレーキとして、同社の役員達の間でもそうした形での参加は歓迎されてもいた。


もう役員であるのに作業着とジーンズを好んで着続けている技術部長は、頭をかきながら自分の意見を述べた。


「そうだね。私もいきなり信用する気にはなれないかな。ウォール街の人間には何度か痛い目を見ていることでもあるし」


起業家、技術屋にとって短期利益ばかりを言い立てる投資家や株主、いわゆる金融街の人間は力強い後援者でもあるが、同時に短気で移り気な観衆でもある。

少しでも打ち上げスケジュールが遅延したり、まして打ち上げ失敗などしようものなら広報のメールボックスと社長の電話ーーー救いがたい文化だが金融街の人間は電話が大好きだーーーは、パニックに陥った連中の声で埋め尽くされることになる。


「それに、あの男はもっともらしいことを言っていましたが、ろくにデブリ除去の技術も知らんでしょう。保証しますよ」


「それにしては、ずいぶんと自信があるようだったが」


ヒューバートは返事の代わりに手元の情報端末を少し操作し、壁面に情報を映してみせた。


「ああ・・・やっぱりあった。会社(うち)でもデブリの除去の研究については、NASAの研究に乗っかる形で助成を出したことがあります。5年前ですかね。結構、本格的にやったはずです。ええと、詳細は・・・」


「詳細はいい。結論は」


相変わらず短気なマークスに、ヒューバートは苦笑した。


「技術は未成熟。費用も莫大になると予測される。予算不足のため実現性なし」


「ひどいな。三振(スリー・ストライクス)か」


「そう見えました。当時は」


含みのあるヒューバートの答えに、マークスは先を続けるように促した。


「5年前と今では状況が違います。まずデブリ除去費用の8割を占めるのは、衛星の打ち上げ費用です。ですが、この費用は5年で大きく下がりました。主として会社(うち)の成果ですが」


ヒューバートはマークスの企業の技術部長である。

マークスの物理法則まで踏み込んだ革新的なビジョンを技術的に実現するべく、最先端の宇宙開発企業の最前線を切り拓いてきた人間である。

その言葉には静かだが、確かな自信を伺わせた。


「ですから、打ち上げ費用は下がるでしょう。そうですね。廃棄前のロケットを使えば、さらに下がるでしょう」


「あれか・・・」


マークスの会社では、一段目ロケットに再使用できる自動帰還型のロケットを採用している。


この画期的なロケットは、発射場から打ち上げられると、二段目ロケットに切り離されたあと普通は使い捨てられる一段目のロケットが自動操縦で発射場ーーー正確には近くの専用着陸場ーーーまでエンジンを吹かして戻ってくるのである。

こうすることでロケットの最も高価な部品であるロケットエンジンを再度使用することができ、打ち上げ費用の劇的なコストダウンを果たしたのだ。

今では組み立て工程から丹念にデータを撮ることで部品やエンジンの寿命を予測することができるようになっており、再使用の信頼性も大きく向上している。


ヒューバートのいう廃棄前ロケットの使用とは、複数回の打ち上げをこなし、社内規定では商用衛星を打ち上げるにはリスクが高すぎる、ということで廃棄されるロケットを使用する、というアイディアである。


「社内規定では失敗確率が7%を上回った場合は廃棄することにしています。実際、失敗すると会社(うち)のブランドに響きますし、投資家連中が大騒ぎをします。それに顧客の衛星を失うリスクがありますからね。ゴミ掃除の衛星を社内で飛ばす分には、失敗したところでそれほど問題にはならんでしょう」


「本体(ロケット)はいいとしても、デブリ除去衛星が失われるのは痛いだろう。そこはどうするつもりだ?」


「一点ものにするから痛いんです。デブリ除去はデカいものだけにしぼっても何千、小さいものとなれば何千万とあるゴミ掃除です。衛星だって、それに応じてかなりの数が必要になるはずです。だから安く作ればいいんですよ。たしか、そういうのが得意な連中がいたじゃないですか」


「あそこか・・・」


マークスは顧客企業の一つを思い出した。

2020年台に膨大に増えた3Dプリンタ製造業の企業群の一つで、衛星を同時に14個、1週間で製造するというパフォーマンスを行って有名になった企業だ。


通常の衛星は数年がかりで企画し製造されるものであり、単純な仕組みの衛星であったとはいえマークスも目を見張った記憶がある。


あの金融屋が叩いた大口の半分でも金を集めることができるのなら、軌道上のデブリ掃除は大規模で継続的なビジネスになる。当然、デブリを除去する衛星はこれまでの1つ2つという単位でなく、数百、数千という単位で必要になるに違いない。


おまけにデブリ除去衛星の用途は同じなので、基本的には同じ衛星を作り続ければ済む。

すると、さらに単価が下げられる。


機能が同じで衛星の単価を十分に下げることができれば、ロケット打ち上げ失敗のリスクは最小化できる。

会社に転がっている別の廃棄ロケットで、続けて打ち上げればいいのである。


「なるほど・・・安価に打ち上げられるだけのインフラは揃っているはずだな。ビジネスとして費用(コスト)面では検討するだけの条件あるわけか」


「そうですね。問題は売上の方です。そちらさえあの男が何とかすれば、いけるかもしれません」


意外な結論で終えた検討に、ヒューバートとマークスは何となく化かされた気分になって互いに顔を見合わせた。

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