第7話 バーガー・バーガー
金満証券会社の花形部署でしこたま稼いでいる人間に奢られる高級ホテルの高級ランチ。
万年金欠大学院生である2人からすれば夢のような食事であるはずだったが、エミリーには不満だった。
「なにこれ?」
「なにって、ご用命のバーガーだがね」
「ごれが!?このちっこくてジェンガみたいのが?」
エミリーのフォークが指す先には、白くてデカい皿の中央に、ケバブのようにバンズから何やら、いろいろと串刺しにされた「バーガーらしき料理」がちんまりと鎮座している。
「この傾き、まるでエッフェル塔ね」
「こうやって慎重に串を抜きながらナイフとフォークで切り分けるのさ。上から、崩れないようにね」
「ますますジェンガね」
「1皿60ドルのジェンガさ。味については保証するよ」
「フリーランチなんだから0ドル0セントよ。あたしは、どっちかっていうと食堂(ダイナー)の両手で抱えるバーガーの方が好きなんだけど」
「誘ったのはこちらだ。いくらでもお代わりしてくれたまえ」
ジェイムスが肩を竦めるのを横目に、エミリーはウェイターを呼ぶと「バーガーもどき」を続けて3皿注文した。
「コーラもないのね」
「ペリエでどうかね」
いくら挑発してもジェイムスは一向に堪えた様子を見せない。
このあたりは流石に海千山千の金融屋ということだろう。
エミリーは観念してナプキンで口を拭うと、先に話を切り出すことにした。
「それで?あたし達に聞きたいことって何なの?」
「おや。ようやく本題に入れるかな」
ジェイムスはニンマリと笑みを浮かべた。
「知っての通り、マークス社長はこちらの提案に興味を示した。デブリ掃除のために債権で金を集めるという手法は有望だ、と認められたことになる」
「そうみたいね。それが?」
「私は金融の専門家であって、衛星やデブリの専門家じゃない。社内で検討する際には専門家でチームを組むことになるだろうが、そもそもの前提知識がないと専門家に声もかけられないのでね。まずは検討チームを組むためのアドバイザーになってもらいたいのだよ。エミリーだけでなく、マイクにもだがね」
「報酬は?」
「当面はアドバイザーとして会社(ゴールドマン)の規定分の給与を支払おう。それと専門家チームが組まれるようになったら、アシスタントとして専門家達と一緒に働けるように取り計らう。将来的にアカデミックの道に進むとしても、著名な学者たちとのコネクションは無駄にはならないはずだ」
「エミリー、すごいじゃないか!?」
「ちょっとマイクは黙ってて。少し話がうますぎるわね。言ってはなんだけど、あたしもマイクも、そのへんにいくらでもいる凡庸な大学院生に過ぎないわ。マイクは身内だからわかるとしても、なんであたしを雇うわけ?」
「もっともな疑問だね。正直なところを言って構わないかい?」
「どうぞ。あたしは正直なのが好きよ。怒らないとは言っていないけど」
エミリーは両腕を拡げる動作(ジェスチャー)をした。
本来はオープンな心情を表すための動作なのだが、彼女がそれをすると、肉食獣が爪を広げて襲いかかるポーズに見える、と不評な動作だ。
「まあね。率直に言わせてもらうなら、君は見栄えがする。今後のプロジェクトのアイコンになりうる人物だ。だから手元に引き止めておきたい」
「エージェントみたいなことを言うのね。契約書をもってらっしゃい」
「実際、そうしたいならそうしても構わないよ」
「本気なの?ジョークじゃなくて?」
エミリーは、その大きな瞳を瞬かせた。
「そう言っているじゃないか。確かに君はショービジネス界によくいるお人形(バービー)さんじゃない。むしろマーベル・コミックの住人だよ。そしてマーベル・コミックスは世界中で売れている」
ぶっ、と隣の席でマイクが吹き出したので、テーブルの下の向こう脛を思い切り蹴ってやる。
ハイヒールの踵には鉄が入っている。かなりの手応えがあった。
悶絶するマイクは方って置いて、眉をひそめつつ腕組みをしてエミリーは考える。
ジェイムス(このおとこ)の見てくれは気に入らない。背は低いしフットボールもやっていない。
だが、あのカリスマ起業家であるマークスと渡り合っていたのは事実だし、口先一つで数億ドルの商談を捻り出してみせたのも事実だ。
今後数年のキャリアを、この男に賭けて良いものか。
しばらく見つめてみたが、男の笑顔の奥にある意思は見えてこない。
ため息をつくと、エミリーは学者の卵らしく方針を切り替えることにした。
「まあいいわ。とりあえず、あなたの質問に答えましょうか。あなたが何がわかっていないかを知らないと、自分が役に立てるかどうかわからないし」
決断できないのは情報が不足しているから。
もう少し話を聞けば、納得のいく決断ができるかもしれない。
60ドルバーガーもどき4皿分ぐらいは、話をしてもいいだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます