宇宙ゴミ掃除をビジネスにする話
ダイスケ
1章:それはアメリカではじまった
第1話 こうしてロケットの打ち上げは失敗する
宇宙はいつから汚くなったのか。
今や地球軌道はゴミだらけだ。
ゴミの名はデブリ。
ロケットを打ち上げる。デブリが出る。
2段階ロケットを打ち上げる。切り離しのデブリが出る。
衛星が機能を停止する。デブリになる。
宇宙にゴミ箱はない。警察もいない。
ひたすらにゴミが貯まっていく。
そうして今では地球の周りはゴミだらけ。
地球を汚した奴らは責任もとらず、のうのうと地上で生きている。
◇ ◇ ◇ ◇
「衛星からの信号が途絶えたって!?嘘でしょう!!」
信じられない、と叫びつつもエミリーの頭の冷静な部分はその原因にある種の予感があった。
「デブリだよ。たぶん。事故予測AIはそう言っている」
衛星監視をモニターしていたマイクが半ば自棄になって答えた。
やはり、そうか。
不幸中の幸いであったのは彼女たちの衛星が、軌道ロケットから切り離される前の事故であったこと。
目標軌道に到達することはできないが、最小限の軌道遷移能力はある。
つまり、自力で地球に落っことすことができる。
それしても悔しい。
工学部で1年、大学院で2年を費やした小型衛星を、こんな形で失うなんて。
エミリーは形の良い唇を噛んだ。
「それで、なんとかならないの?」
彼女の問いかけに、マイクは無言で首を左右に振った。
衛星は5分後に大気に突入し、彼女の執筆予定の論文と共に燃え尽きた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「研究室からの予算はもう出ないし、時間だってない。まったく、誰がゴミを捨てたのよ!」
数日経っても、エミリーの怒りはおさまらない。
肩まである金髪を振り乱し、ソバカスの浮き出た顔を紅潮させて当たり散らす。
均整の取れた、というには少しばかり筋肉のつきすぎた180センチを越す体格で荒れ狂う様子は竜巻(トルネード)エミリーとアダ名そのものであり、研究室の一同は首を竦めて嵐が過ぎ去るのを待っていた。
ところが、彼女の様子に怯むこと無く声をかける者もいる。
「犯人ならわかるよ。ロシアが衛星を打ち上げたときのゴミだ。正確にはソ連かな」
マイクが手元の情報端末を操作してみせる。
「わかるの!?」
エミリーは驚愕し、勢い良くマイクの手元を覗き込んだ。
女性に慣れていないマイクは、その距離感に狼狽しつつも自分の専門領域のことであるから、と気を取り直しきかれていないことまで説明を始める。
「東西冷戦期の一時期を除いて、今では全ての衛星がどこのものか判明してる。それに主要なデブリがどこのものかもね。宇宙空間にあるものは、ごく単純な物理法則に従って動き続けているんだ。あるデブリがいつ発生したものなのか、軌道上の時計を巻き戻せばいい。こんな風にね」
マイクが情報端末を操作して幾つかの数字を動かすと、軌道上のデブリが普段とは逆の方向に動き始める。
「このソフトには各国の宇宙関連局、宇宙ビジネスなんかの打ち上げ情報を元に、アマチュア観測家の取得データを集めることで、全ての軌道が入力されてる。今の時代、どこの軍隊も隠し事なんてできないよ。なにしろ、上を見上げれば飛んでるんだから」
「なるほどねえ。マイク、あんたって大したものね」
「そりゃそうだ。なにしろ軌道計算屋だからね」
マイクは気弱そうな顔とは裏腹に、強い自負を込めて頷いた。
軌道計算は職人的な特殊技能を要求するためか、職人気質の人間が多い。
マイクも、その例にもれないようだった。
「まあ正確には確率は97%というところだけど。なにしろ、ここまで古いとデブリ同士で軌道が影響している可能性もある。ほとんど無視してもいいようなものだけど」
「それで十分よ。あーあ。それじゃあ、ぶつけられ損かあ。ソ連はなくなったし、ロシアまでプチャーチンをぶん殴りに行くわけにはいかないしね」
ソ連の資産を国家としてロシアが受け継いでいる以上、ソ連の衛星が原因で引き起こされた事故ならば、原則的にはロシアに賠償する責任がある、はずだ。
「そもそも、自分で出したゴミぐらい自分で片付けなさいよ!それが大人ってもんでしょ!」
「ま、まあね」
マイクはお世辞にも綺麗とは言えない大学寮の自室の惨状を思い出し、消極的な賛成の態度を表明するに留めた。
「そういえば、エミリーはこの先どうするんだい?衛星の事故で論文を出すのは難しくなっただろ?大学に残るのは難しくなったんじゃないか」
キャリアのことを言われるとエミリーの猛り狂った心も、水をかけられた犬のようにしょぼくれてしまう。
「そうなのよね...どう考えても、もう一度飛ばすだけの研究予算はないものね」
普段の聡明で活発な様子を見ているだけに、マイクはエミリーを何とか力づけてやりたくなった。
精一杯の勇気を出して、彼女を誘う。
「そ、それでさ。僕の兄貴が宇宙ベンチャーに移るって言ってるんだ。よかったら話を聞いてみないか?」
「あんたの兄貴?なんかゴールドマンとかにいるって言ってなかった?」
エミリーは眉を八の字に寄せた。
ゴールドマン・サックス。言わずと知れた1%の大金持ちによる1%の大金持ちのための金満証券会社だ。
金融工学を駆使し、貧乏人から金を巻き上げる強欲の巣窟。
まだ工学部の大学院生であるエミリーの認識は、その程度のものだった。
率直に言って、あまり良い印象は持っていない。
だが、その金満強欲会社の人間が宇宙ベンチャーに移るという。
もしかすると、ロケット打ち上げのスポンサーになってくれる奇特な鴨(エンジェル)かもしれない。
「いいわ。とりあえず会ってみることにしましょ!」
どうせしばらく自分にできることはない。
相手が何を言ってくるにせよ、何もしないでいるのは性に合わない。
そんなエミリーの様子を、マイクは眩しそうに見つめた。
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