第14話 テクノロジー・ファースト

志乃田が黙り込むと、小林が話し出す。

これも二人の高校時代から続く議論のスタイルだ。


「でもさ、そんなに問題になってるんだったら、どっかの政府機関とかが研究ぐらいはしてるでしょ?」


小林の指摘に、志乃田が頷く


「一応いくつか研究事例は見つけてある。ただ前提情報無しで聞いてみたいんだが、小林ならどうする?」


研究であれば先行事例を元に計画を立てるべきだが、まずは先入観のない状態で発想を拡散させてみる。


「うーん・・・そうだねえ。大きいデブリはちょっとモノを見ないとわかんないから、10cm以下の小さいデブリを何とかしたいかな。数から言えば、そっちの方が問題になってると思うし」


まずは対象の絞り込み。大型バスサイズのデブリともなると、どういう物体なのか俄に想像は難しい。

除去するにしても、個別の計画やアプローチが必要になるだろう。


小林は「うーん??」と、時々小首をかしげながら紙ナプキンに何やら立方体を書き出した。

あれは地上から軌道までのモデル空間だろう。小林の想像力の中でデブリが飛び交っているだろうことは、見ていればわかる。

もっとも、その次の紙ナプキンに始めた落書きとなると装置かなにかの概念図らしい、としか付き合いの長い志乃田にも解読ができない。


数分間で紙ナプキンを10枚ほど立て続けに消費し、そろそろ深夜バイトのウェイトレスさんの視線が痛くなってきた頃、小林が顔を上げた。

その口から出てきたのは、意外な解決方法だった。


「えっとね、コストを無視していいなら赤道あたりの地面におっきいレーダーとレーザーを据え付けるかな」


「衛星は使わないのか」


「たぶん、使わない。打ち上げた後の補給とかメンテが難しいから」


故障を防ぎたいなら単純なアプローチを採用せよ。工学ものづくりの鉄則だ。


宇宙空間では、ただ一箇所の配線ミス、一行のプログラムのバグで数十億円をかけた衛星の全てが失われる。

宇宙開発の歴史には、その種の事故と悲哀が満ちている。それは打ち上げ費用が劇的に低減しつつある現代でも、完全になくすことができない種類の事故でもある。


人間の手の届く所にあれば修理できる故障なのに。

宇宙開発関係者で、そう歯噛みしなかった人はいないだろう。


志乃田は小林のアプローチの正しさを認めざるを得なかった。


「コンテストの前提が最初から吹っ飛ぶな・・・まあ、いいか。それで?」

と志乃田が先を続けるよう促す。


「強力なレーダーでデブリを補足して、大出力のレーザーをバンバン撃つ」


「それだと大気の減衰もあるし軌道上のデブリとの距離が大きくなるだろう?」


小林の回答に、志乃田は眉を顰めるが、小林は涼しい顔で先を続ける。


「大気の減衰は痛いけど、そこは出力増で補えるよ。地上なら電力も豊富だしね。単体のレーザーで出力が足りなければ、数を増やせばいい。それにデブリとの距離はレーザーを使う以上、あまり問題にならないよ。もともとデブリまでの距離は数百キロから数千キロオーダーで開いてるんだから、誤差だと思えばいいし」


「相手は相対速度が秒速数キロもあるんだぞ?命中するのか?」


「命中率は軌道上でも地上でも一緒だよ。座標が固定されてなくて反動の計算が必要な分、軌道上からの方が難しいかも。レーザーも別に一発で命中しなくてもいいんだから。外れたら誤差を修正して、次に軌道上あたまのうえに来たときに当てればいい。少し大きめのデブリも理屈は一緒。一発でダメなら、何発でも撃てばいい。ミサイルを撃ち落とすのと違って時間と機会は何回でもあるからAIで学習もできるしね」


「問題は?」


「わかんない。兵器かなにかの条約に引っかかるんじゃないかな?あとは、デブリを蒸発させられなくて飛び散ったり、変な軌道になって対処が難しくなるかも。まあでも、そうなったらなったで再補足して、何度でも撃てばいいと思うんだ」


志乃田は小林の描くデブリ対策の設備を具体的に想像してみた。


赤道の密林を背景に屹立する銀色に輝く数個の大型のパラボラアンテナと、数十のレーザー砲台。

上空をデブリが通過しようとすると施設にオレンジ色の警報が鳴り響き、レーダーとレーザーが完璧に連携して動いて一斉に空の一点を指向する。

すると南国の夜空の虚空へ砲台群が強力なレーザーをチカチカと点滅しつつ撃ち放し始め、周囲には空気が電離した後の焦げ臭い匂いが漂う・・・。


だめだ。完全な軍事施設だ。


「・・・お前、人畜無害な顔つらしてる癖に、発想が脳筋アメリカ人だな」


えへへ。と、小林が悪戯の見つかった子供のような笑顔を見せた。


こいつは昔からそうだった、と志乃田はこめかみを押さえた。


学部時代に小林が「杉の木の雄雌って画像でわかる?」と聞いてきたので、AIで画像診断をかけて学習させたプログラムを小林に渡したことがある。


AIでの学習プログラム自体は巷ちまたに有り触れているし、画像診断はAIの得意中の得意な領域だ。

元となる画像は衛星画像や空撮写真を政府機関や学会などから幾らでも流用できるわけで、ちょいちょいと作業して軽い気持ちで渡したのがいけなかった。


ちょうど小林がドローンに凝りだした頃だったので空撮で杉の木のマッピングでもするのだろう、と放っておいたら、どうやったのか生物学部で試験中の杉の木用の強力な薬剤を持ち出して、ドローンでピンポイントに多摩中の山林の杉の雄木に撒こうとしたのだ。


しかも無許可で。


「多摩の山奥に行くから車だしてー」などとノンビリ電話してきた小林をぶん殴り、慌てて薬剤をコッソリ戻して全てを闇に葬ったのだが、あれは本当に冷や汗モノだった。


本人は「これで花粉症がなくせると思った」らしい。

技術の前で法律や常識が目に入らない人格タイプにも程がある。


小林こいつは手綱を握っていないと、いつかとんでもないことをやらかすのではないか、と志乃田は思うのだ。

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