第15話 フリーランチ

志乃田が過去の苦労を思い起こして軽く溜息をつくと、小林が慌てたように


「でも、難しいよね、レーザー」と肩をすくめた。


志乃田は額に皺をよせつつも「いや、発想は間違ってない」と頭を左右に振って言葉を続けた。


「JAXAが同じような発想でレーザーを使ったデブリ対策の実験を結構前から続けてる。ISSにレーザー発振器を積んで小型のデブリを狙撃して押し出す方式だ。違いはレーザーの出力と、デブリの発見を光学方式で行うことぐらいだ」


「ああ、宇宙なら見通しがいいものね」


「そうだ。宇宙なら大気の減衰がないから光学方式も選択肢になる。ISSに技術者がいれば修理もできる」


ほんの僅かな情報と小一時間の独力の検討で、小林は宇宙開発の専門家集団が到達した結論と基本的には同じ水準の発想を出してきた。

だというのに、小林は「まあ、そうなるよね」と軽く頷いただけで、JAXA案の課題を指摘してきた。


「でもさ、レーザーの出力が弱いと長時間デブリに当て続けないとダメだよね。かなり照準が難しいんじゃないの?」


「・・・まさに、そこが問題になっている、らしい」


おそらくは宇宙の軍事的利用を禁じた条約の縛りのため、兵器と見なせるだけの出力を持つレーザーを国際協力が建前の宇宙ステーションに運び込めないとか、そうした政治的な妥協の産物としてなのだろう。


JAXA案のレーザーは出力が高くない。

結果的に、数十キロ以上離れた秒速数キロですれ違う小型デブリにレーザーを当て続ける、という曲芸を要求されることになっており、実験の成果ははかばかしくないらしい。


JAXAの曲芸案に比べれば、小林の案は照準を当て続ける必要がないだけ技術的に実現が容易く、発想のとんでもなさを横に置けば、むしろ堅実なアプローチであると言える。


とは言え、政治的、経済的には実現が難しい。


そもそも低軌道から中軌道の上空数千キロを秒速数キロで飛行する10cmサイズの物体を撃ち落とせるレーザー砲台等という代物を民間企業が開発、所有できる可能性はゼロに等しい。


「まあ、情報なしの検討はこのぐらいにして実際の要項を見ながら検討するか。その方が良さそうだ」


ある程度の前提条件しばりがなければ小林の発想はどこへ飛んで行くかわからない。

しかも、その飛んでいく方向に技術的には一定の合理性があるのが始末に負えない。


「そうだね、頭の体操としては良かったけど」


その上、小林ほんにんにはまるで自覚がないと来ているのだ。


◇ ◇ ◇


情報端末に届いたコンテストのメールの要項を改めて詳細に検討する。

英語のメールを日本語にして読み上げるのは、志乃田の役目だ。


「SPACE DEBRIS CLEANING CHALLENG、通称SDCCは、勝ち抜いた上位参加者に軌道上の実地試験を用意している。シミュレーションだけでなく、最終的に軌道上でデブリを取り除いてみせろ、ってことだな」


「そんなの作る予算おかねないよ?」


貧乏大学院生に衛星の制作の代金など出せるはずがない、と小林が指摘する。


「まあ待て。SDCCが太っ腹なのは、最終試験のための筐体と部品は、コンテスト側が無料で用意してくれる、ってことだ。勿論、規定外の部品なら自腹で用意しなけりゃならないが」


「はー、すっごい金持ちだねえ!それで部品のリストは!!」


小林の目がキラリと光った、ように志乃田はには見える。


「コンテストのサイトからCADと専用のアドオンがダウンロードできて、そこに用意された部品で作れ、ということらしい。それと追加の部品についてもコンテスト側に要望はできるそうだ」


「すごい!」


ファミレスのソファーから飛び上がるのでは、とテンションのあがった小林に志乃田が冷静に指摘する。


「英語でメールを出せば」


「すごくない・・・」


途端に小林が雨に打たれた子犬のようにしょぼくれる。

それには構わず、志乃田は要項を読み上げる。


「続けるぞ。提供される衛星の筐体は2種類。60cm☓60cm☓60cm、もしくは20cm☓20cm☓20cm。小さいな」


「他には?」


「姿勢制御用のリアクション・ホイール、太陽電池セル、バッテリー、推進スラスタ、搭載コンピューター、MPU、DCコンバーター・・・いや、リストを送る。英語でも読めるだろ?」


「部品なら大丈夫・・・へえ!すごいね、このリスト!光学素子にレーザー発振器、炭素繊維シート、小型モーターまである!」


宇宙で使用する部品は、おしなべて高額になる傾向にある。

真空、日向と日陰の極端な温度差、打上げ時の強い振動、強力な宇宙線などの、宇宙空間という極限環境下で確実に動作するかどうか、過酷な試験を経る必要があるため、ごく普通のネジに数百倍の価格がつくこともある。

それを無償で提供する、というのだから小林の工学ものづくりの魂が燃え上がらないはずがない。


「これだけの条件なら、ハードウェアでは殆ど差がつかない。発想あたまと運用つかいかたで勝負ができる」


「これなら、僕達にも勝ち目があるかもね」


志乃田と小林を、互いに目を合わせて頷いた。

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