第16話 悪党の囁き

理想論と現実論。2つの対立軸は宇宙開発の世界では理学と工学の対立として表れる。

志乃田と小林のコンビでは、志乃田が理学系、小林が工学系といえる立ち位置となるべきなのだけれど、実際は小林の暴走具合と相まって、志乃田はブレーキ役に回るという捻れ現象が起きていたりもする。


「とりあえず部品類に目を通しながらでいいから聞いてほしいんだが」


情報端末の部品リストから目を離さない小林に志乃田は返事を期待せずに話しかける。


「現行の軌道上のデブリ除去の方法は、大きく分けると押し出す、キャッチする、キャッチして押し出す、の3種類に分けられるみたいだ。

押し出すの方式の代表は、さっきも検討したレーザーだな。かなり小さいデブリが対象だ。レーザーの出力が限られてる、という事情もあるだろう。

キャッチする方式は、ややサイズの大きいデブリが対象で方法としては、ロボットアーム、ネット、磁石、接着剤なんかが検討されてる。

キャッチして押し出す方式は、小さいデブリが対象だな。軌道上に気体や砂を撒いたり、ゼリー状の物質を撒く、なんてことも検討されてるらしい。わりと迷惑な方法だな」


案の定、部品リストを舐めるように見つめる小林からは「ふうん」という生返事。


「だが、まあ、どの方法も決定打にはなっていない。後の2つの方式で苦労しているのは、高速で移動するデブリをどうやってキャッチするか、だな。グラウンドをデタラメに走り回るスポーツカーに飛び移って止めるようなものだ。頑張って走ってどうにか1台に飛び移れたとしても、どうやって止めるか、という課題がある。それで止めたとしても次の1台に飛び移るには、また頑張って走って追いつかないといけない。経済性が悪すぎるんだ」


「僕なら、そもそも銃で撃つよ。走らない」


小林が部品リストから目を離さずに小声で否定した。


良い工学者は、基本的に怠け者である。

難しいことはそもそもやらせないのが最良の解答である、という原則に忠実だ。


「いろいろ考えてみたけど、小さいデブリはレーザーで押し出すのが一番良い方式だと思う。できればで言うなら、軌道上の高いところから地球に向かって押し出すのが効率がいいけど、できる改良はそれくらいかな。あとは本当にデブリの発見と軌道計算にかかってくると思う。他の方式は思いつかないかな」


「ふうむ」


小林が思いつかないというのなら、おそらくは難しいのだろう。

少なくとも、志乃田にそれ以外の回答を出すだけのアイディアはなかった。


「もし僕がこのリストの部品を好きに使っていいと言われたら、デブリを発見して観測し続けるための衛星を軌道上に大量に打ち上げるかな。デブリを押し出すための最大の問題は射撃精度だから。デブリの観測精度を上げるための衛星はいくらあっても困らないし」


デブリ軌道観測のアシスト衛星群を打ち上げる、という発想アイディアか。

志乃田は小林のアイディアを頷きながら頷きながら咀嚼する。


今はデブリ観測は地上の観測所で1日1回の頻度で更新されている。

それを軌道上からリアルタイムに近い形で観測できれば、軌道の精度は飛躍的に向上するだろう。


何も馬鹿正直にコンテストの課題通りの答えを帰さなくてもいいのだ。

大事なのは結果であり、要はデブリ除去のための有効な提言と技術を証明さえすればいい。


小さな衛星に何もかもやらせるよりも、単機能に絞り込むというアプローチは筋が良いように思える。


「デブリ観測に画像解析と軌道計算なら、俺の専門つよみも生きるな」


「でしょう?」


小林はやおら部品リストから目を話すと、志乃田の目を見つめて囁いてきた。


「それに、志乃田、自前の観測機を上げたがってたじゃない?それでさ、デブリ観測のついでに他の方向も観測できるようにしちゃえば・・・」


「光学センサーを複合化しちまえば、こっちのものか」


なぜかこちらも小声で応じてしまう。


軌道上を高速で飛び交うデブリ検出のために高精度の光学センサーを積み込む必要はある。

だが、その観測の過程で思いがけず別のものを観測してしまっても仕方ない。

それが元々、志乃田が観測したがっていた深宇宙方面であっても、それは偶然なのである。


「おまけに、たくさん衛星カメラあれば精度もあがるでしょ?」


小林の悪魔のような囁きに、志乃田は「お前、悪党だな」と答えつつも自然と口角の端がつりあがるのを止められずにいた。


良い工学者は怠け者であると同時に欲張りでもある。

これだから、小林こいつの友人はやめられないのだ。

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