第12話 宇宙ゴミ掃除コンテスト
「SPACE DEBRIS CLEANING CHALLENGE」(宇宙ゴミ掃除コンテスト)
志乃田の端末に届いたメールは、英語の素っ気ない件名で、それが研究室のMLから転送されてきたものでなければ即座に削除してしまっていただろう。
「宇宙ゴミか・・・」
志乃田の専門とする宇宙観測でも軌道上の宇宙ゴミは問題になりつつあった。
光学的に観測が遮られることはないのだが、低軌道の観測衛星は物理的に破損する危険リスクが高まっており、それは例えば太陽電池が穴だらけになって観測装置の電力が不足したり、大型の破片を回避するために軌道変更の燃料を消費することで観測装置の稼働寿命が減る、といった形で、じわじわと観測機の短寿命化による年度研究予算の圧迫という形で「早く政府が手を打たないものか」と学会では議論、というか愚痴を耳にする機会が増えていた。
「まあ、そもそも予算かねが回ってこない下っ端の俺たちには・・・って、10億円!!??」
志乃田が突然に大声を上げると、隣を歩いていた小林が「なになに?」と顔を寄せるように端末を覗き込んでくる。
「あ、英語だ。パス。なんて書いてあるか読んで」
志乃田には、これだけ工学的センスがある小林が、たかが英語に躓く理由が理解できないでいる。
難関と言われる入試は突破している以上、単なる食わず嫌いなのだろうが。
「まあ待て。とりあえず片付けよう。それから説明してやる」
◇ ◇ ◇ ◇
1時間後、どうにか小林の研究室に改造ミニ四駆とドローンのダンボールを押し込み、2人は大学近くのファミリーレストランに身を落ち着けて向かい合っていた。
周囲には文系なのか、合コン帰りの大学生達が何をするでもなく、若さに任せて盛り上がっている。
「ねえ、なんで研究室じゃダメなの?」
騒音に顔を顰めて訊ねる小林に、志乃田は真剣な顔で「情報漏れを防ぐためだ」と言う。
「情報漏れ?何の?」
「もちろん、この10億円を俺達がいただく作戦のためだ」
「うーん??」
小林が小首を傾げる。
「まあ聞け。このコンテンスト、アメリカさんもかなり本気みたいだ。メールの末尾を見ろ。スポンサーにもNASAだけでなく、巨大通信会社やロケット打ち上げ会社の大手、それに金融会社も出資してる」
「まあ、よくある話じゃないの?金額は大きいけど」
「まあな。問題はアメリカ国外の団体は企業が一社もないことだ」
「珍しいね」
小林の相槌に、志乃田が強い口調でまくし立てるように説明する。
「そう。珍しい。宇宙開発には資金かねがかかる。だから宇宙開発は一貫して国際協調、という皆で金を出し合う方式になってきた。損は皆でかぶろう、ということだ。それが、ここに来て単独開催。それも世界一資金かねに煩い金融会社が出資する、と言い出してるんだ。これは、たぶんアメリカさんが本気になってる証拠だと思う」
「へー。意外。志乃田、詳しいね」
「観測機器の資金調達の歴史と同じだからな。詳しくもなるさ」
もし世の中の研究を「儲かる研究」と「儲からない研究」に分けるとしたら宇宙観測は明らかに後者の領域の研究になる。その世界の常識で生きてきた志乃田の常識が、どうしても文面に違和感を訴えてくるのだ。
「こいつは、チャンスだ。どうしてもモノにしたい」
「いいけど、どうやって?たぶん、みんな狙ってくるよ?」
研究予算かねがないのは志乃田の研究室だけの話ではない。
極端なことを言えば、日本中の研究室に予算がない。
あるいは、予算が潤沢な世界中の研究室や企業がライバルになるだろう。
そうした強力な競争相手ライバルたちに、ただの大学院生に過ぎない志乃田がどうやって立ち向かうのか。
「資金はとりあえず問題にならないんだ。まず、最初はCADの設計だけでコンテストをすることになってる」
コンテストの要項によれば、軌道上のデブリを取り除く衛星についてCADを提出することになっている。
シミュレーション上でのテストをパスすれば、実機制作のための予算が出る、それをパスすれば真空試験が受けられて、という何段階かのコンテストになっているらしい。
「大事なのはコンセプトだ。それを支える工学的センス!俺とお前が組めば、必ず突破できる!」
志乃田の熱意に、なんとなく小林は頷いてしまう。
(まあ、暇だからいいか)
なにより、この目つきになった志乃田と一緒に動いて退屈したことがない。
「それで?どんな衛星やつを作りたいの?」
小林の問いに、志乃田はおもむろにペンを取り出した、まではいいが書くものがない。
しばらく鞄をゴソゴソと所在なげに漁ってから、諦めて紙ナプキンを広げて書き出した。
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