第22話 強みもあれば弱みもある

戸惑いを見せる者もいれば、ハッキリと不快な顔を見せる者もいる。


何しろ、ここにいる技術者達は若くともインド全土から集められたエリートの中のエリートなのである。

全員がインド宇宙開発が世界一になる日を目指して日夜の努力を重ねている。


インドの国策であるロケット産業を、今にも倒れて死んでしまいそうな”サバイバル”と評するとは何事か。


強い自負は憤りとなって強い視線が三揃男(Mr.スリーピース)に向けられる。


そうした視線を受け流して三揃男(ジョーイ)は先を続ける。


「まず、現在のインドの宇宙開発の地位について確認しましょう。世界一だと思われる方」


2人ほど勢いよく手が上がったが、感情的な反発からだったようで続く者は出なかった。


「では、2番目だと思われる方」


これには、4人ほど手が上がる。


「3番目」


残りの者達の殆どの手が上がった。シャルマもアーシャも、そこで手を上げた。

トップはアメリカ。次が中国。インドは3番目。それがシャルマを含む一般的な技術者達の認識である。


ところが三揃男(ジョーイ)は手が一斉に上がったのを見渡して、


「よくわかりました。今の皆さんの認識ではインドの宇宙開発のサバイバルは失敗します」


などと断言したものだから、勉強会は最初から大荒れ模様となった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


1人の若手技術者が暴言とも取れる言葉に耐えかねたように憤然と立ち上がる。


「あなたに質問したい。なぜインドの宇宙開発技術が3位ではないというのか。その根拠を聞きたい」


大きなジェスチャーで訴える若い技術者に対し三揃男は「いいでしょう」と鷹揚に頷くと、先程と同じように装置を操作して一覧表を壁に映し出した。


「これは外国の調査機関が世界各国の宇宙開発の状況を評価したものです。それによれば、我が国はアメリカ、EU、ロシア、中国、日本に続く6位となっています」


「6位・・・」


あまりの低評価に反論したくなったシャルマだったが、海外の評価機関による評価という事実に興味を惹かれ、まず評価の中身に目を凝らすことにした。


評価は4つの項目の総合評価である。


1.宇宙輸送分野:打上発射場やロケットの性能等

2.宇宙利用分野:通信衛星やGPSの総合的運用等

3.宇宙科学分野:宇宙研究・観測衛星への貢献等

4.有人宇宙活動分野:有人宇宙探査の技術及び実績等


そうして評価の項目を示されて説明されてみると、拳を振り上げんばかりに勢いのあった技術者達も黙り込んでしまう。


宇宙輸送分野でこそ大推力ロケットGSLVシリーズの成功により存在感を増しているものの、宇宙利用分野ではアメリカやEUに大きく遅れを取り、科学分野はこれから力を入れていくところ。

そして、有人宇宙活動分野に至っては、有人宇宙船の打ち上げはインド全体の悲願であって、まさに今、努力している最中なのであり、実績はない。


強い部分もあれば弱い部分もあり、手付かずの領域もある。

それが率直なインドの宇宙開発能力の評価であって、それが理解できてしまうだけに、正面から反論することは頭の良いインドの技術者たちには難しかった。


「まず、我々は先頭の国々に大きく遅れをとっており、更なる努力が必要だという認識を持たねばなりません」


そして、賢く努力する方法が必要であり、それが”生存戦略”なのである、と三揃男は、言葉を締め括った。


シャルマにとって盤石に見えていたインドの宇宙開発。それが如何に危うい地位でしかないのか。


”生存戦略”という言葉には、それまでシャルマが抱いていた世界観を不安にし、揺るがすような響きがあった。


「その生存戦略とは何でしょうか?政府の文書は我々も読んでいますが、今のような見方を聞くのは初めてです」


他の若い技術者の質問にシャルマは内心で大きく頷いて賛同した。


政府のスローガンには「中国に追いつけ。アメリカを追い越せ《キャッチアップチャイナ・オーバーアメリカ》」とある。


政府の調査をひっくり返せば三揃男と似たような報告書が埋もれているのもかもしれないが、そんな文書を読む時間があれば研究や実験に励むのが技術者という人種である。


そして日頃の研究を通じ自分達の技術は世界のトップに伍していると信じ、手応えもあった。

政府からの後押しもある。資金は潤沢で、全土から優秀な人材が集まってきている。

ところが、それだけでは先行する諸外国に追いつくことも、勝つこともできないという。


”戦略”と言ってもいったい、何をしろというのか。そうした教育も訓練も受けていない。


率直なところ、勉強会に集まった若手技術者たちは反発すると同時に戸惑ってもいたのである。

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