第23話 ファーストチョイス・ファーストチャンネル・ファーストプライス

数時間後、勉強会が終わったシャルマはアーシャと肩を並べて会議室を後にしていた。


「戦略か・・・考えたこともなかった」


「そうね。ああいう人達がインドの宇宙戦略を決めているのね」


三揃男の説くインド宇宙戦略の描いた未来像はインドの置かれた厳しい状況をどのように打ち破るか。

そこで示された戦略という希望は、若い技術者たちを惹きつけるのに十分な納得感があった。


アーシャも、その熱に浮かれる1人である。

彼女が配属された部署が管理マネジメントに近いためか、しきりに頷いていた。


そうしたアーシャを眩しく思いつつも、シャルマは多少の疑問を感じないでもなかった。

言葉にはできないが、ものづくりをしている人間の勘、とでもいうのだろうか。


シャルマは、先程の勉強会の内容を思い起こしていた。


◇ ◇ ◇ ◇


「インド宇宙開発の生存戦略は、低コスト戦略による宇宙輸送ビジネスの寡占にあります」


三揃男ジョーイは、若手技術者達を前に、戦略をそう説明した。


とはいえ、低コストと言われてもピンとこない、というのがシャルマの実感であった。

なにしろ宇宙用の部品は高い。


シャルマが手がけている衛星分離機構の試作品も、CADで書いて3Dプリンタで出力して終わりではなく、物理シミュレーションにかけ、さらに真空暴露試験、振動試験、高熱・低音試験など宇宙部品として必要な耐久テストを経た上で十全に作動するかの試験中である。


そんな部品が数十万点も集まって動作しているのがロケットという機械である。

下手にコストを削り小さなバルブ一つが作動しなかっただけで、数十億円が失われ危険がある。


ロケットは自動車とは違う。作動中に故障したからと行って修理工場に持ち込むわけにはいかないのだ。


技術者達の疑いの視線を受けながらジョーイは戦略の説明を続けた。


「具体的には、AIを用いた低コストオペレーション、3Dプリンタとシミュレーションをによる低コストプロダクション、新興国及び学術市場の低価格衛星市場での競争力、の3つの柱からなります。


特に3番目の市場戦略として、低軌道への小型衛星の同時多数投入技術の確立が、インドの宇宙輸送ビジネスの成否を決めるのです」


そこで三揃男ジョーイは、大きな三角形の図を壁に映して見せた。


「この三角形が宇宙開発市場です。上部の付加価値の高い人間の輸送部門はアメリカ、ロシアの独占部門です。私達の入る余地はありません。私達は三角形の下部、いわゆる宇宙開発市場におけるBOPボトム・オブ・ピラミッド市場を狙います。


この三角形の基底部分は年々拡大している、という特徴があります。

なぜなら、宇宙輸送の単価が年々低下し、市場参入する国家や企業が増え続けているからです。


経済発展が一定のレベルに達すれば、どこの国も自国の衛星所有を検討します。その最初の選択肢ファースト・チョイスを獲得します。


最初の経験というのは大きいものです。その国が次の衛星を打ち上げたい、という時の最初の相談相手ファースト・チャンネルには我が国を選ぶようになるでしょう。


最初の選択肢ファースト・チョイス、最初の相談相手ファースト・チャンネルを抑える。


そのための低価格ファースト・プライス小型衛星打ち上げ、それを実現する産業技術を開発する必要があります。


インド宇宙開発の未来は、この拡大するアジア、アフリカ小型衛星市場でどれだけの市場シェアを獲得できるか、そのための技術を開発できるかにかかっています」


市場については何となくしかわからなくとも、技術の話に落ちてくればシャルマにも理解できた。


彼がインターンの課題として与えられた衛星分離機構は、想定する衛星サイズや重量が小型衛星のものである。

その意味で、たしかに目前の技術と戦略はつながっているのだ。


ところが、ようやくプレゼン内容に理解できる部分があったと安堵し始めたシャルマを仰天させることを三揃男ジョーイは言い出すのだ。


「現在、PSLVシリーズの後継機として開発中の機体では、200機の同時低軌道投入、価格は1100万ドルを目標としています。GSLVシリーズの後継機では、500機同時、価格2000万ドルが目標です」


200機の同時投入!


シャルマは、これがインターン先の勉強会で話された戦略のプレゼンなかったら鼻で笑い飛ばしただろう。


そもそも200機もの衛星をどのようにフェアリング内に詰め込むのか。

詰め込んだ上で、打上げ時の加速と振動からどのように互いの衛星が干渉しないよう守るのか。

そうしてキッチリ箱詰めされた衛星を、どのように人の手を介さず荷解きするのか。

荷解きした上で、特定の軌道にどのように送り込むのか。


言うは易し、である。

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