4章:ルールを決める戦い
第24話 ワシントンD.C
東部のアメリカ人は、なぜかリムジンが大好きだ。
少し社会的地位を得たり金持ちになると、郊外に広大な庭付きの10寝室ベッドルーム地下室に飲みきれない本数のワインセラー、車止め(ロータリー)つきのどデカい屋敷を購入し、リムジンの運転手を雇いたがる。
そのリムジンときたら、また呆れるほどに車体が長い。車3台分のリムジンなどもあったりする。
東部の気取った選ばれし者達セレブリティは、その高慢ちきな鼻の高さと同じぐらいに、とびきり長い車体のリムジンに乗らないと満足できないらしい。
電気自動車エレクトリック・ビークルの時代になっても精神的な石頭はまるで変わらないんだから。
救いがたいわね。
エミリーは、その馬鹿長いリムジンの中でボンヤリと移動する窓の景色を眺めながら、とても周囲の人には聞かせられないような感慨に耽っていた。
やがて、彼女を載せた長いリムジンが大きく白い建物の前で停車すると、姿勢の良い警備達シークレット・サービス達が車のドアを開けて、彼女をエスコートする構えを見せる。
突然、暴力的なまでの多数の光芒が彼女の視界を襲う。
犯人は、数十人を超える記者たちの群れである。
記者達マスコミは、なぜか光学素子が発達し、いくらでも後から輝度を修正できるカメラの時代になっても頑なにフラッシュを炊く。
「ミス・エミリー、コメントをお願いします!」
大きな声をあげるのは、行儀プロトコルを弁えないゴシップ系のネットニュースだろう。
専門誌の政治記者はもちろん、個人でも政治系の専門ブロガーであれば、もう少し警備員達シークレット・サービス達との付き合い方を心得ている。
そうした無礼な記者たちを押しのけつつ、警備員が「ミス・エミリー、そのドレスお似合いです。とてもお美しいですよ」とウインクしてきたので、彼女は「ありがとう」と微笑んで見せる。
そりゃそうよ!今日の戦闘服は資金がかかってますもの!と、エミリーは心中でこっそり付け加えることを忘れない。
なにしろ、昨夜はリハーサルを終えた後にホテルへ専門のエステティシャンが呼ばれて全身を磨き上げられ、今朝は今朝で派遣されてきたスタイリストにオートクチュールの服を着せられ、ネイリストとヘアスタイリストとメイクアップアーティストに2時間かけて指先から頭の天辺から髪と顔までを整形されたのだから。
ここ数ヶ月、人前に出る機会が増えた彼女にとっても、とびきりの準備だった。
その結果が、今の装いである。
東部の選ばれし保守的な人達が好むようあくまでフォーマルに、ただし色は目の覚める青のスーツに合わせ、首元と耳には髪色と合わせたゴールドのアクセサリ、青のタイトスカート、足元は思い切り背の高いヒール。
背は平均的な男よりも高く、鍛えた肩幅も広く、肩まで伸ばした金髪の彼女がそうした豪華な装いになると、知性ある青い瞳の目つきこそ少しきつい印象を与えものの、それ以上に力強いアメリカを象徴する完璧な女性像ができあがっていた。
彼女が姿勢良く大股でヒールの踵を鳴らして歩みだすと、警備員や記者を含む周囲の男達は小走りになりながらついていく形になる。
彼女が歩むと、人々は道を開ける。
彼女が進むと、人々が後ろからついてくる。
それは単純に警備上のプロトコルと記者達の撮影上の都合が合わさった偶然の結果であったが、その様子を外から見る人々は女王に付き従う兵士たちを連想した。
◇ ◇ ◇ ◇
大会議場へ先に来ていた弁護士ロビイストのグローバーが、彼女の姿を見て口笛を吹く仕草をした。
「美しいね!君が美しいことは知っていたけれど、今日はとびきりだよ!」
「お世辞はいいから。それより準備はいい?今日は勝つわよ!」
彼女が注意すると、弁護士ロビイストは大きく頷いてみせた。
「こっちには宇宙の女王様がついてるからね!金しか目にない年寄り共には目にもの見せてやるさ!」
エミリーが室内に入ると、席には多くの支持者が詰めかけており、壇上には3名の上院議員がまるで裁判官のように陣取っている。
彼らにとっても、これからのショーは自らの政治権力を賭けた闘争の一部なのであろう。
上院議員たちが発言する前に機先を制し、エミリーがゆっくりと立ち上がった。
それだけで聴衆の視線が集中する。
「最初に、私は宣誓します。私は神に誓って真実のみを述べることを誓います。学問に従事するものとして事実と確信することだけを述べると誓います。アメリカ国民として良心に従って発言することを誓います」
文言から息継ぎのタイミング、声の響きまで何度もリハーサルした通りに彼女がよく響く声で宣誓すると、場ショーの主役がいったい誰であるのか、否応なく思い知らせる効果があった。
「よ、よろしい。ここは法廷ではないですから宣誓の必要はありませんが、あなたの協力的な態度については記録にとどめます」
何とか態勢を立て直したらしい議員達が、改めて宣言した。
「それでは、これから2015年宇宙法の一部改訂、商用衛星利用に伴う破片処理に関する公聴会を始めます」
ここまでくるのに随分と時間をかけさせてくれたわね。だから、絶対に勝つわよ。
エミリーは薄く微笑むと、真紅の口紅に特大にグロスが盛られた唇の奥で研ぎ澄まされた犬歯を密かに閃かせた。
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