第29話 情報のエコ・システム
コナーズは「プレ・レポート」と題された一連のリポートを会議室に映して説明を始めた。
しきりに眼鏡をいじっているのは、ただの癖か、それとも何か入力を調整しているのだろうか。
内容よりも、端末の仕組みに視線が行きそうになるのをこらえて、エミリーはロビイストの話す内容に耳を傾ける。
「以上のように、ご依頼の件についてですが、弊社の調査部で事前調査をしたところ充分に依頼達成の可能性がある、という結論が出ています。68.4%ですから、ほぼ7割ですね」
「事前調査をされたということは、確率が低ければ契約に至らなかった可能性もあったと?」
ジェイムスが確認すると、コナーズは悪びれる様子もなく答えた。
「ええ。弊社としても不可能を可能にする魔法アラジンの壺を持っているわけではありません。我々の業務は、潜在的な民意を正確に表現することにありますから、そもそも存在しない民意を作ることはできません。それは全体主義的な政府の仕事です。投資リスクに対しリターンが見合わない、となれば、お断りすることもありえます。詳細は申せませんが、実際にかなりの数の割合の依頼を断っています」
「意外ね」金のためなら何でもすると思った、と言外の意味を込めたエミリーに対し、コナーズは笑顔で「よく言われます」と応じる。
「調査方法は?」
工学系の畑のエミリーとしては、単なる数字を盲信する気にはなれない。
社会科学の調査は、都合の良いデータを取り出して加工する癖がある、との偏見がエミリーにはある。
そうした欺瞞は工学の世界では許されない。強度が足りなければ材料は折れて、ロケットは落ちる。
自然現象と物理法則は政治や信条によって手加減してくれない。
エミリーの問いにコナーズは卒なく続けた。
「企業秘密ですから細かく説明することはできませんが、選別された母集団に対して面談と事前調査、それらの結果をAIで過去の調査結果と比較した、とだけ」
「なんでもAIなのね」
「正確ですから。特に宗教や政治信条のように人間が間に入るとバイアスのかかる問題を定量的に調査するには必須のツールです」
AI診断が社会の各領域に浸透して大分経つ。
エミリーの専門とするロケットでも部品の信頼性診断などにAIは必須の技術となっている。
ただ、伝統的な政治経済分野でもそうした技術が浸透しているのが、意外ではあった。
「政治って、もっと技術に疎いのかと思ってたわ」
「技術に疎くいられるのは一部の政治家や上層部の贅沢ですよ。現場スタッフや我々のような企業ロビイストは最新の技術に疎ければ生き残っていけませんから」
コナーズの説明に、エミリーは広告屋ロビイストを少し見直す気になった。
エミリーは数学のできるフットボール男マッチョが好みではあるが、同時に技術の信奉者でもある。
少なくとも最新技術の導入と活用に前向きである、というのは評価できる。
「具体的な実現方法は?」
「情報の生態系エコシステムを作ります」
「生態系?」
なぜ生物学の用語がでてくるのか。
「ええ。我々の業界では、そう呼んでいます。ワシントンでは、現場のスタッフが漏れ聞いた、から自称大統領の側近がリークしたという情報まで様々な出自ソースの怪しげな情報が飛び交っています。国務長官のセクハラ訴訟が発覚したとか、下院議長に健康問題があって緊急手術のため辞任するとか。なかにはUFOの隠された機体が発見された、なんていうニュースも入ってきたりしますね。
私達はニュースリポーターではありません。信頼できる情報に基づき、信頼できる情報を信頼できる影響力の大きい媒体や人物に継続的に提供し、正しい世論を作り上げる。そうしたシステムを作りあげなければなりません。
影響力を持ち続ける世論が形成されるにあたっては、いくつかの信頼出来る情報源同士が補完するようにネットワークを構成するものなのです。継続的にコンタクトをとっている政治家の側近、付き合いの長い経験ある政治記者、ワシントンで読まれる政治専門新聞の著名記事、よく見られている政治番組、閲覧される政治ブログ、SNS。
情報や世論は、複数の情報源を何箇所も見聞し、発言し、まとめれた発信がまた次のニュースへとつながっていく、情報の摂取と影響力のドミノ倒しが発生する状態を生態系エコ・システムと我々は呼んでいます。
情報ネットワークの的確な場所とタイミングを選んで、こちらの意図するメッセージを流し、最初の大きなドミノ倒しのキッカケとなるスイッチを作ること。それが当面の我々の腕の見せどころ、と言えますね」
「鉤十字ハーケンクロイツのプロパガンダに聞こえるわね」
「似たところはあります。ですが、あれほど非効率なことはしません。ナチスは国家事業でしたから採算は考慮されません。我々は予算の分だけ、効率的に働きかけることをお約束します。それに今回の依頼に限っては、ご心配するところではないかと」
その点ばかりは、エミリーもコナーズの意見に頷いた。
なにしろ、戦争も人種、貧富の格差宗教、テロや医療保険全などの問題を脇において、全てのアメリカ国民の視線を宇宙に向けさせよう、というのだ。
尋常一様な手段では実現できないだろうが、このところ内なる闘争にエネルギーが向きがちな合衆国民に開拓根性フロンティア・スピリッツを取り戻させる一石になるに違いないのだから。
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