第25話 君が立つんだ


----場面は数か月前まで遡る。


エミリーとマイクを相手にプロジェクト・オマハビーチのキックオフを宣言したジェイムスの、その後の動きは早かった。


本社に掛け合って当座の資金を調達すると同時に大学の研究室に手を回してエミリーとマイクに研究者という身分を与えつつ転籍の手はずを整え、大学郊外の大きな屋敷を購入、工事を手配し拠点としての改装を始めた。

それ要した期間は、たったの3日である。


「それにしても、こんなにおあつらえ向きに大きい家がよく残ってたわね」


未だ内装のあちこちを改装中の屋敷に招待されたエミリーは、半ば呆れつつも、ジェイムスの手際については賞賛せざるを得なかった。


「なに、ここは前に通信技術系のベンチャーが入っていたところでね。その会社に必要がなくなって売りに出ていたのをおさえたのさ。前に入っていた会社の設備の契約をブリッジさせたのがまだ生きているから、通信インフラに関しては回線も太いし衛星のアンテナも大きいのが残ってる。我々の事業を考えれば、絶好の物件だろう?ああ、足元には気をつけて。まだ床を貼ったばかりのところもあるから」


ジェエムスが手をとろうとするのを無視してエミリーがよく磨かれた高級木材ヒッコリーの床を踏みしめつつ進んでいくと、一足先に来ていたマイクが興奮して腕を振り回して近寄ってきた。


「すごいよエミリー!ここの回線、10Gギガ回線だよ!しかも無線で!大学以外では初めて見た!」


どうも情報端末で無線の回線をチェックしていたらしい。


「マイク、落ち着きなさいよ。でも、そうね。たしかにすごい設備。前の会社は、どうしてここを手放したの?」


エミリーの視線をうけて、ジェイムスが肩をすくめた。


「資金繰りがつかなくなったから手放したのさ。野心的なプロジェクトではあったんだけどね、時期が悪かった」


「そうして上手く行かなくなった企業の情報がちょうど良いタイミングで入ってきた、というわけね。どうせ、あなた達が投資した企業だったりするんでしょう?」


「ご明察。ビジネスは成功しなかったけれど、事業を売却した学生は億万長者になった。それでいいじゃないか」


そしてそれ以上に資本家は儲かったわけだ。

残った資産は自分達のようなお調子者に再投資されて、更なる利益を生む。


まったく、この世は巨大な資本家達の手の平の上で回っている、というわけだ。


エミリーは軽く頭を振ると何やら上機嫌に話を続けるジェイムスの言葉に意識を向けた。


「ここから我々の伝説が始める、ということになっているんだが、君エミリーは何が問題点がわかるかね」


「ここは車庫ガレージじゃない、ってことぐらいかしらね。あとジムにちょうどいいウェイトがないわね。トレーニングができないじゃない」


「今は時代が違うからね。かの起業家ジョブズと同じ、というわけにはいかないさ。宇宙開発は博打だし元金がかかる。後援者スポンサーは大きい方がいい。ウェイトはもっと重いのを運ばせるよ。もっとも、君以外の誰が使うかは疑問だけど」


「あなたはどうなの?そのウエストは何とかした方がいいのじゃないかしら?」


「遠慮しとくよ。君みたいな背中には憧れるけどね」


どうもジェームスと話していると調子が狂う。

エミリーがどれだけ皮肉をぶつけても、ジェームスときたらまるで意に介さないのだ。


口論は諦めてジェイムスの質問に答える。


「人よ。とにかく人材が足りないわ。何しろ、ここにいるのは金融屋あなたと、ただの大学院生しろうとが2人だけですもの」


「そうだね。我々のチームは今は少ない。人材は問題ない。全米から専門家を集めるさ。予算もあれば、仕事プロジェクトも野心的だ。最高のチームができる」


情報端末を熱心に弄っていたマイクが別の問題点をあげる。


「実際にコードを書く技術者が足りないよ。それとコンピューターの計算資源も全然足りない」


「それもすぐに片付く予定だ。ソルトレイクシティの計算センターと契約交渉に入っているからね。回線はもう太いやつを引いてあるから、人が届けばすぐにでもスタートできる」


「あとは?」などとニヤニヤした笑良を隠さないジェイムスに、ついエミリーは声を荒げる。


「もったぶらずに言いなさいよ(トーク・ストレイト)!回りくどい言い方ばかりしていると、握り潰すわよ!」


何を、とは言わずエミリーが内装工事中の壁を右手で掴むと、メキッと高級木材ヒッコリーの壁板が悲鳴を上げた。


「わ、わかったわかった。つい仕事の癖でね。謝罪するよ。今、我々に足りないのは、資金だ」


「資金おかねですって?こんなに立派な拠点と回線が買えているじゃない」


エミリーの見るところ、スタートアップ準備だけで100万ドル単位の資金がかかっているように見える。

学生寮に住み、食堂ダイナーで1食数ドルのハンバーガーをかじる彼女のような大学院生から見れば、ジェイムスは黄金の湧き出る壺を持っているように感じられていたのだ。


「いやいや。ビジネス全体から見たら、こんなのは本当に端金だよ。必要最低限の支出というやつさ。資金というのは不思議なもので、あるところにはあるし、ないところには本当にない。それとね、資金は増えるだろう、と期待のあるところに、より集まるのさ。


一番の問題はね、宇宙のゴミに値段がつかないことだ。あれに値段をつけて初めてプロジェクト・オマハビーチは金になるのさ」


「それは、ほら軌道計算して落とし主を特定して、ってやつをやるんでしょう?そのためのプロジェクトじゃないの?」


今さら何を言い出すのか。そもそも、その算段があって自分たちを巻き込んだのではないのか。


ところが、エミリーの強い視線をうけてもジェイムズは全く慌てずに話を続ける。


「まあまあ。ちょっと続きを聞いてくれないか。これから何度もお偉いさん、株主や後援者スポンサー達に事業の成長期待を説いて回らなければならないのでね。ちょっとした口上の練習だよ。


今、我々の頭上には、宇宙という美しい星の海が広がっている。

人類は長く続いた停滞の時を超えて、今、新型ロケットという手段で続々と海に飛び込もうとしている。


そして地球と宇宙が接する渚、それが砂浜ビーチだ。

人類は、その美しくまっさらなビーチに多くの破片を散らかしてきた。

まずは海に飛び込むだけで精一杯の時代が続いたからね。やむを得ず、という側面もあった。


今では、美しかったビーチは破片でいっぱいだ。不注意に歩けば怪我する場所になってしまった。

だというのに、未だに破片を増やし続けている奴等がいる。


破片には全員が迷惑しているが、多少は自分にも見に覚えのあることだから、片付けようとは誰も言い出さない。


この状況は打破するためには、どうすればいいか?


理屈は簡単だ。まずは破片の掃除に値段をつけることだ。

そして破片のラベルを確認したら撒き散らした者に費用を請求書を回す。


払わなかったら?まずは名前を公表する。それが国家でも企業でも個人でも。例外はない。

破片が散らばりすぎればビーチの閉鎖もあり得る。

掃除代を負担しないのであれば、ビーチへの入場を禁止するしかない!」


ぱちぱち。


拳を振り上げたジェイムズに、エミリーは両手の指先だけで馬鹿にしたように小さく拍手をした。


「それで?いい演説プレゼンだったけれど、政治家にでもなるの?」


「いや、私はやらないよ。なにしろ私にはカリスマがない。アメリカで選挙は背の高い人間が勝つ確率が58%、というデータもある。

政治に立つのは君だよ。ミス・エミリー。君が政治を動かすのさ」

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