第27話 西から東へ
数日後、エミリーはジェイムスと連れ立って機上の人となっていた。
目的地はワシントンDC。合衆国の政治的首都である。
距離はおよそ2800マイル。ほとんど西海岸のカルフォルニアから東海岸のワシントンDCまで、ほとんどアメリカ大陸を横断する必要がある。時差は3時間。
ジェイムスがロビイングの会社と最終契約前のミーティングを入れ、今はそこへ向かっている最中である。
エミリーとしては陽光溢れるカルフォルニアから、北の陰鬱なワシントンなどに赴きたくはなかったのだが「政治は顔を合わせる活動だ」とジェイムスに説得されては同行せざるをえなかった。
代わりにファーストクラスの席を用意させてジェイムスの財布を軽くしてやることで、少しは溜飲をさげたのだが。
「ワシントンは行ったことあるのよ。昔、サマースクールでパパに連れてきてもらったの」
「意外だね。どこへ?」
「スミソニアン博物館。どうしても、サターンロケットの実物が見たくて我儘を言っていたら、サマースクールの場所をワシントンにしてくれたの」
「それは、とてもらしいね」
「でも、ワシントンはそれ以来さっぱり。それにロビイストってどうも好きになれないのよね」
エミリーの遠慮呵責のない表現に、ジェイムスが思わず周囲を見回した。
今はワシントンDCのダレス国際空港ファーストクラスの列で降機している最中なのだ。
周囲の上等なスーツを来た乗客達の中で、その種の職業の人々が含まれる可能性は低くない。
「まあまあ。君にロビイストになれと言っているわけじゃないんだ。迎えも来ているし、そのまま向かうよ」
911のテロ以降、空港のセキュリティー格段に強化され乗降は不便になったといっても、それはジェイムスのように日常的にファーストクラスを使用する人種には適応されないのである。
過去にエミリーが経験した安全確認チェックの10分の1にも満たない時間で列になることもなくゲートを抜けることができた。
「・・・なんか腹立つわね」
便利ではあるが、自分が実家に帰省する際にエコノミークラスでうけた仕打ちと比較して不機嫌にならざるを得ない。
早足に空港出口に向かうと、待ち受けていたのは黒のリムジンだった。
「おまけに車の趣味も悪い」と、文句が出るのも自然な感情ストレスのはけ口として仕方ないところだろう。
「この車も政治の一部だよ、エミリー。DCここでは、空港に降りたときから政治が始まってるのさ。まさかワシントンDCの政治の中枢に日本車で乗り付けるわけにはいかないだろう?」
「あたし、古い日本車は好きよ。頑丈でいい車が多かったわ。HONDAはバイクの方が好きだけど」
「まあ、君が危険を冒す趣味なのを咎める気はないが、プロジェクトの間は禁止させてもらいたいね。事故でも起こされてプロジェクトが滞ったら困る」
「あたしがいくらロングライドが好きでも、カルフォルニアからワシントンまでバイクで行こうとは思わないわよ」
「それなら結構」
それでもエミリーがリムジンに乗り込むに躊躇を見せたので、さすがに不信がってジェイムスが「何か?」と訊ねる。
「どうしてもリムジンっていうと、白いリムジンに頭の悪い金持ちブロンド娘が乗り込む印象が強いのよね」
「・・・ああ、あのセレブ一家の」
思わずクスリ、と笑いかけたジェイムスをエミリーが物凄い目つきで睨む。
エミリーもブロンドであり、少々背が高くて背筋が逞しすぎるきらいはあるが、美人ではある。
逆に言うと、それぐらいしか共通点はないのだが、意外な点を気にするのにおかしさもあった。
「君は彼女と違って賢いんだから、とか言ったらはっ倒すわよ」
セリフを先回りされて、ジェイムスは黙ってエスコートに徹することにした。
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