第32話 自殺マニア解決
朝日眩しい中僕は母親にたたき起こされ、パジャマ姿のまま玄関に笑顔で立っている一郎君に顔を合わせた。
「おはよう、山梨君。今日はいつにもましてくせ毛だね」
「うん一郎君、それは僕が寝起きで、今朝六時だからね」
「朝日が清々しいね」
「この子の友達が内に来たの初めて。うちの子鈍感だけど、根が優しいい子なの。優しくしてあげてね」
そう僕の母親が言いだしたので、僕の頬は赤くなった。めちゃくちゃ恥ずかしい。俺は顔を赤くして、母親を睨んだ。
「やめろよ」
「照れない照れない。賛同君、朝早いのね」
「学校に行く前に、僕は山梨君と少しだけ散歩をして学校に行きたいのですが、少し山梨君をお借りしたい」
「いいけど。だったらお昼コンビニで買いなさい。お金渡しておくから」
そういって僕の御母さんはいつもよりも多い千円を渡してくれたのだった。
「一郎君少し待ってて、着替えてくるから」
僕はゆっくり朝の準備を整えて、一郎君の前に出た。一郎君は僕の腕を掴むと、何故か家の前につけてある黒塗りの高級外車に乗り込んだ。乗り込んですぐに、車の運転席にいた白髪の渋いおじさんが一郎君の方を振り返った。
「坊ちゃま、車のドアは私が開けますのに」
「いやいいよ」
「坊ちゃまにもしものことがあったら」
「大丈夫。僕は神に愛されている。車のドアに挟まれるとしたら、この不運な山梨君だけさ」
「・・・・僕は不運じゃないよ、一郎君。多分」
不運じゃないと言い切れないところが何だか僕は物悲しくなった。
「今日こんな朝早くどうしたの?」
「今日実際に澤田さんが死んだ学校で、一応現場検証してから警察に報告しようと思ってね」
「それだけど、僕らのこと警察は信じてくれるかな?」
「そうだね。もっとも確証があったとしても、警察はあまり僕らのことは取り合ってあくれないよ。だから一応助っ人を呼んだんだ」
「助っ人?」
「ああ、警察の関係者だ」
「一郎君、警察に知り合いいたの?」
「正確には僕の父親の知り合いさ。その刑事の父親は、僕の経営する会社で働いている。だめもとでも僕の話を聞いてもらおうと思ってね」
「刑事に会うの僕初めてだなぁ。どんな人なの?」
「うーん。話が通用しない人かな?」
「そんな人で大丈夫なの?」
「まぁその人は、鷹里正巳さんは善人だから、人のことを理解してくれようと必死になってくれるだろう、多分」
「善人、か」
僕の周りにいる人たちはどれも濃い人たちで、あまり濃くない普通の人がいいなと思う。そうこうしているうちに、一郎君の車はとまった。スーツを着た運転手さんが車のドアを開けてくれ、僕と一郎君は車の外に出た。
車は見たことがない学校のまでとまっていた。きっとこの学校が澤田さんが亡くなった現場なんだろうと、僕は察した。
「こんにちは、一郎君」
にっこり白い歯を見せて爽やかそうに笑う日に焼けた長身の男が、僕と一郎君の前に現れた。
「山梨君。こちらが刑事の鷹里正巳さん。今日は無理言って僕の話を聞いていただく人さ」
そういって一郎君は前髪をかきあげた。
「一郎君こちらは?」
鷹里正巳さんの顔が不思議そうに、僕の方を見る。
「彼は僕の助手の山梨君だ」
堂々と一郎君は意味不明な僕の自己紹介をしてくれた。
「いやいやいや、一郎君、僕は君の助手じゃないから!」
小声で一郎君に注意する。
「君は一郎君のお友達なのかい?」
にっこり爽やかに笑う鷹里さんを、僕は嫌いになった。鷹里さんはにこやかに、これ見よがしに優しそうに僕らに対して対応している。鷹里さんは僕らを完全に子ども扱いしている。この人に僕や一郎君の話を聞かそうとするのは、至難の業に思えた。
「はい」
「山梨君は僕の崇拝者なのさ」
とこれまた面倒な発言を一郎君がする。
「崇拝者?」
鷹里さんは怪訝な顔をする。僕も怪訝な顔をしたかった。
「鷹里さん、今日あなたに来てもらったのは、僕の話を聞いてもらいたいから」
「君の話を僕が?」
「ええ。僕は自殺だと言われている澤田さんが他殺だと思っています」
一郎君の言葉に、鷹里さんは反笑いを浮かべた。
「それまた何で?」
「まず澤田さんを虐めていたという生徒が五人います。
高村彩音
久保田正信
生田かおり
猪原健二
佐々田百合子
この五人以外にもクラスの中に大勢いるかわかりませんが、この五人が犯人の可能性が高いです」
「君何故澤田さんを虐めた生徒のその名前知っているの?」
鷹里さんは眉に皺を寄せて嫌悪の表情を見せた。
「・・・よく情報を知る人間に聞きました」
「君ねぇ、相手は自殺しているんだよ?そんな興味本位で荒さがそうだなんて、だめじゃないか!」
鷹里さんは大声で怒鳴る。
「鷹里さん!僕は澤田さんが他殺だと思っています!!」
負けじと一郎君も大声で言う。
「そんな好奇心で、君は頭がおかしいの?」
「そんな言い方ないと思います!!」
あまりの鷹里の言い方に、僕が声を上げた。
「一郎君は一郎君なりに真剣に言っています!頭おかしくないです!一郎君の話を聞いてあげてください」
「僕は頭が、おかしいほど天才でよいのかもしれませんが、今日は事件の話をしに来ました。どうか僕の話を聞いてください。よろしくお願いします」
一郎君のお願いに、鷹里さんは溜息をついて、「しょうがないな」と、言った。一郎君のお父さんは、鷹里さんのお父さんの上司だから聞く気になったんだろうなと、僕は溜息をついた。
「一郎君は澤田さんを殺したのは、虐めたその五人だといいたいわけだよね?もう話聞き終えたし、帰りたいなぁ」
「実行犯はだれだということを言いたいと思う。僕の話だけだと信憑性が薄いから、澤田さんが亡くなった現場の学校の屋上に行きたいと思う。学校の許可をとっているから、僕についてきてくれ」
一郎君は学校の中へと歩き出した。
「まず澤田さんが亡くなった当日、澤田さんは三時間目の授業に出ていない。四時限目から授業に出ていたが、澤田さんの頬には湿布が貼ってあったそうだ。教師は澤田さんの頬の湿布のことをきいたそうだ。澤田さんは同級生の生田かおりに頬を叩かれたと証言している。教師は考えなしに、生田かおりに澤田さんを叩いたことに関して注意している」
「そりゃ、先生としたら叩いた女子を注意するのは、当たり前なんじゃないかな?」
「先生から注意された加害者はこう思った。教師に告げ口したのは、被害者の澤田さんだと。かなりの確率で澤田さんに復讐がいくだろう」
「それが何かな?全然澤田さんの自殺と関係ないじゃない」
やはり鷹里さんは、一郎君の話を聞こうとはしていない。
「いえ、この澤田さんを殺した犯人たちは、人を殺したという自覚がない殺人犯なんだ。澤田さんへ行った行為も、罪悪感がなかった。だから澤田さん殺しの犯人は、殺人の痕跡を隠そうともしていない。澤田さんが死んでしまって、慌てて痕跡を消そうとしている。計画犯ではない。澤田さんが自殺だという固定概念を捨てれば、事件は簡単に解決できたんだ。澤田さんが亡くなった現場の写真をみたが、明らかに他殺だった」
「へぇー」
一郎君は真剣に話しているのに、鷹里さんはにやにや笑っていた。
「まずは現場の屋上に行こう」
僕らは話しながら歩いていたので、屋上へはすぐについた。
屋上に行くと、今日は少し肌寒い。僕の腕は鳥肌だった。屋上には二メートルを超える緑色の金網が立っていた。
「この高い屋上の金網を上るのに、上履き片足だけなんておかしいと思わないか?」
一郎君が僕の方を振り向いて言った。
「おかしくないよ。澤田さんは虐められていたんだしさ」
何故か鷹里さんは腕を組んでいった。
「確かにそうだね。では逆に聞こう。何故澤田さんは上履きを片方しかはいていなかったんだ?」
「それは!」
なにかを言いかけようとした鷹里さんをさえぎって、一郎君は言った。
「澤田さんは放課後までは上履きを履いていた。上履きの片方をなくしたのは、放課後だ。そして澤田さんは全身を濡らしていた。その日は雨でもないのに。濡れた体で片方の上履きでこんな高いフェンスを上ろうとするだろうか?仮にそれでフェンスを上がろうとする澤田さんの遺体の手には、一切の傷はなかった。自殺だと断定され、司法解剖もされなかった澤田さんの死因をもう科学的に証明することはできない。けれどあの日屋上の鍵は行方不明になって、後で職員室に戻っていたそうだ。何故屋上の鍵はなくなったのか?加害者の生徒はおそらく、澤田さんに制裁をくわえようとしたのだろうな」
「・・・・残念だけれど、一郎君、彼女の遺書は見つかっているんだ。もうこの話はよそう。僕は用事があるから早く帰りたいんだ」
鷹里さんが帰ってしまう。
「・・・・鷹里さん、僕は澤田さんの遺体の写真をみたよ。彼女の遺体には明らかに暴行の後があった。そして澤田さんのスカートには絵具がついていた。それを隠すためにわざわざ加害者は、澤田さんの体に水をかけた。まるで慌てているように、澤田さんが倒れている地面には大量の水が滲んでいた」
「一郎君。それは君の勝手な推測だろう?素人が口を出すことじゃないよ」
「僕の知り合いに弁護士がいる。その方に頼んだのだが、金網には一切澤田さんの指紋はなかったよ。彼女は殺されたんだ」
一郎君の言葉に、鷹里さんは「ふぅ」と溜息を軽くついた。
「残念だけど一郎君、君の勝手な推測の域は出ないよ。指紋なんて雨でも消えるかもよ。じゃぁ、僕は帰るから」
手を振って鷹里さんは屋上から出て行ってしまった。
「・・・ふぅ。警察は一度決まったことに関して、本当に覆さないからなぁ。山梨君はどう思う?澤田さんは他殺だと思うかい?」
「分からないけど・・・」
「さて犯人は何故被害者に絵具をかけたのだと思う?山梨君」
「さぁ?」
「いじめに関して言えば、どう虐めをするかによって、加害者の過去がある程度分かる。いじめをする人間は、自分がやられたら嫌なことか、過去自分が受けた虐めを被害者にやる場合がある。あと生まれつきの加虐性がある人間か、そうすることによって性的に興奮する人間とかかな?だから僕は絵具というキーワードに目を付けた」
「絵具?」
「澤田さんを虐めたという五人を徹底的に調べたんだ。調べたのは僕の雇っている探偵だけれど」
「一郎君、探偵雇っているの!?」
「ああ。僕個人の。絵具というキーワードに一人だけ引っかかった人物がいた。それが猪原健二という人物だよ。猪原健二君のご両親の内父親が、画家だそうだ。澤田さんにかかった絵具を拭い去らなければいけないというほどに焦るようなことを、この人物はしたと僕は予想して、猪原健二君のことを事件当日僕は詳細に調べた。猪原健二はいつも帰宅部だそうだ。だが澤田さんのクラスの何人かは猪原健二と他の四人が連れだって、澤田さんを教室から連れ出したのを、目撃している。彼らは澤田さんを当初殺すつもりはなかったのだろうね。それか、人の精神が分からない程に、愉悦に病んでいたのか。あの屋上に置いてあったバケツには絵具が溶かしてあったそうだ。それを拭い去らなければならないほどの焦りようは、きっとその絵具の水を用意した人間が主犯格だったのだろうね」
「そっか」
「司法解剖をされないままだと確たる証拠もない。やるせないよ」
「本当に」
僕はフェンス越しの空に目を向けた。空は悲しいほどに、澄んでいた。
僕はどうしても先ほどから気になっていることを、一郎君に聞いてみた。
「なんかさっきから一郎君の携帯電話なりまくってない」
「ああ。これか。可憐の好きなバイセクシャルの先生がいただろう?彼からしつこく電話があるんだ。彼はどうやら僕に惚れているらしい」
「惚れるのはいいけど、しつこいのは厭だね」
「僕が美しいから仕方ないさ」
一郎君は何を思ったのか、僕の手をつないだ。
「さぁ、帰ろうか」
「そうだね。手をつなぐのは良そうよ」
そのまま僕と一郎君は手をつないで、屋上を降りた。
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