第22話 自殺マニア

僕には友達がいない。唯一の友達といっていい賛同君が、学校にいないとなると、自動的に僕一人での行動になる。久々に放課後一人で廊下をあるく僕は、少しさみしい。

「山梨君」

黒田さんの声。

振り返ると黒田さんが煙草を手に持っていた。

「ちょっ、ここは学校ですよ、タバコ吸わないでください」

「ああ、すまない」

コートの内ポケットから取り出した簡易型灰皿に煙草を押し付け火を消した。しかしもうすぐ夏だというのに、いつも黒田さんは黒いコートを着ている。熱くないのかと、僕は不思議におもった。

「山梨君、今度俺の店に来てみないか?」

「店?」

「ああ。知り合いと一緒にクラブを開いたんだ。山梨君もぜひ招待したい」


「お断りします」

クラブなんて僕の柄じゃない。

「山梨君は退屈な死か、恍惚な苦痛かどちらがいい?」

「・・・・言っている意味が分かりません」

「俺は君を尊敬している。だからこそ真の苦痛を知ってほしい。君がただの静寂な死だけに憧れているのはもったいない」

「・・・・真の苦痛とはなんですか?」

「なんだと思う?」

この時僕は初めて黒田さんが微笑むのを目撃した。とても優しげで静かな黒田さんの微笑みだったが、なんだかその静かなほほえみが僕には禍々しく思えた。

「結構です。僕はただ静かな死に憧れているだけで、苦痛を味わいたくはありません」

「君らはただ死というものに子供じみた感情で、遊んでいるだけだ。俺ならば真の死というものを教えられることができるかもしれない」

黒田さんの手が、僕の腕をつかんだ。僕は怒りで頭に血が上った。黒田さんの手を叩き返した。

「あなたが勝手に僕の感情を代弁するのはやめてください!あなたにとって僕が死というものを遊んでいるようにみえても、僕は本当に憧れて焦がれているんだ!勝手に決めつけないでください!!」

「すまない。君を馬鹿にするつもりはない。俺は君の奴隷だ。君に一切逆らう気はない」

「気色悪い!!」

僕はそう吐き捨てると、そこにいたくなくて全速力で走って逃げだした。

この時の僕は黒田さんへの恐怖を感じていた。そもそも他人の奴隷になりたいなんて、どういうつもりかてんで分からない。僕は可愛い女の子が好きだ。奴隷志望の大きな男は怖かった。

全力疾走した荒い息を吐き出しながら、僕は机の席に座った。もう教室には誰もいない。夕日の赤い光が教室に注ぎ、校庭から陸上部の掛け声が聞こえてくる。

この世で僕はどこまでも一人きり。死の世界というものはこんな感じに似ているのだろうか?僕は死というものを知りたいと思った。

鞄に教科書を詰め込むと、百合先輩との待ち合わせ場所へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る