第30話 自殺マニア
その日僕と一郎君は、百合先輩に呼び出され、放課後図書館に集まった。百合先輩は図書室の席に座ると、すぐに言った。
「・・・・おかしいの」
「なにがおかしいんですか?百合先輩」
「こないだ澤田さんの周囲を調べるために、探偵を雇ったでしょう」
「あ、ああ。そういえばそんなこと言ってましたね」
「・・・・澤田さんの周囲にいじめがあったのは確かなんだけれど、自殺するときに遺書にまったく虐めについては書かれていなかったの」
「なるほど、それは興味深いね」
にっこり一郎君が微笑んだ。
正直一郎君に、僕は百合先輩を近づけたくなかった。百合先輩は僕の彼女なんだし、他の男に一切近づけたくない。・・・・僕は嫉妬深いのかもしれなかった。
「百合先輩、澤田さんの遺書の原文を見せてくれないか?」
長めの前髪を賛同君は整えながら言う。
「ごめんなさい。噂で聞いただけなの。流石に遺書は見れなかったの」
「警察に知り合いがいるから僕が見られるように手配しよう」
「流石は賛同君ね」
百合先輩が一郎君を褒めている。ぎりぎり僕は歯を鳴らしそうだ。
「ふふ。山梨君僕が神に愛されているからって、嫉妬はやめたまえ。恋をしている人間は本当に嫉妬深いね」
「・・・・い、一郎君」
不覚にも僕の顔は赤くなってしまった。
「賛同君、なにかわかったら、私の携帯電話に連絡頂戴」
「OKさ」
・・・・賛同君が百合先輩の携帯電話を知っていることに、僕の頭の血は下がった。百合先輩は美人だから、平凡な僕とでは釣り合わないと不安になってしまう。
「そうそう、山梨君。僕はこないだ黒田という人間と電話で話したよ。百合先輩に黒田の連絡先を教えてもらってね」
黒田という名前に、僕の心の中から不快という言葉が思い浮かぶ。僕は本気で黒田さんという人間が苦手だった。
「彼はなかなか狡猾な人間だったよ。自分で手を汚したという自覚もない悪質な人間だ。百合先輩も山梨君も、彼にはかかわらない方がいい」
「そう」
興味なさそうに百合先輩は反応する。
「こないだ川辺で裸で発見された女性がいた。目撃者も何もない。僕はどうやって犯人を割り出したと思う?」
「・・・・さっぱりわからない」
「女性は全裸だった。暴行も何もない。何故女性が全裸なのか、その理由は四つ考えられる。
一つは犯人につながる証拠を隠ぺいするため。この場合犯人は身近な人間が多いい。
もう二つ目は被害者への嫌がらせだ。辱めて自分が上位だと知らしめる行為。
三つ目は、変わった加害者の性欲だ。この性欲による犯罪者はまた同じ犯行を繰り返すことが多いい。早く犯人を捕えなければ、連続殺人になりうる。
四つ目は、物取りだ。被害者の知人でもまったく面識のない人間が犯人でもある。この物取りの犯行は犯人が見つからない可能性が最も多いい。難しい事件だ。
一番最初に取るべき行動は、被害者の身近に被害者へ暴力をふるう人間がいないか調べるということだ。
被害者への殺傷痕が今回は極端に少なかった。首を絞めての犯行だったらしい。被害者への怨恨や女性にたいしての怨恨愛憎を抱いているものだと、被害者の殺傷痕がひどくなる。警察もすぐに犯人を捕まえていないとすると、被害者の身近な人間が犯人ではないという可能性は低くなる。
これで考えられる犯人は被害者への恨みはない、性的な目的か、物取りに近い犯行だと考えられた。山梨君、この犯人は物取りか性的な目的か、どちらだと思う?」
一郎君に問いかけられて、僕は首を傾げた。
「まったく分からない」
「犯人が被害者を絞殺したということだ。考えられることは二つだ。被害者が加害者と面識があって油断していたか、加害者は凶器を準備するまもなく、仕方なく被害者を殺害したか。どちらにせよ犯行現場は被害者が発見された場所ではないだろう」
「でも犯人はまだ捕まっていないから、被害者とは知り合いの可能性は低いんだろう?」
「加害者はおそらく、被害者への興味があるのだろう。わざわざ加害者は、被害者を全裸にしている。証拠を隠滅するために、水の中へも被害者はいれてもいない。
加害者は被害者に対して興味はあるが、性的な暴行を被害者にたいして施していない。被害者の持っていたカバンなど持ち物を奪っている。
そして今のところ他に同じような女性の死体は上がっていない。
だから僕は犯人に対してこう結論付けた。
犯人は被害者と面識はあるが、身近な人間ではない。
犯人は被害者にたいして深い恨みを持っていない。だが犯人は被害者に対して興味を持っていた。その興味が憎しみなのか興味なのかは、謎だけれど。
そこから考えられるのは女性に軽い興味を持った、物取りという犯行目的をもった犯人だ。よっぽど力が強い女性でもない限り、女性が女性を首を絞めて殺そうとは思わない。犯人は男性の可能性が高いと僕は考えた」
「どれも賛同君の推測ね。推測の域を出ていないわ。女性に軽い興味をもった人間が、女性の衣服をわざわざ脱がすかしら?犯人はやはり性欲を被害者に持った連続殺人犯の可能性が高いのじゃない?」
「流石百合先輩はするどいな。金目的か怨恨か、この差を見極めるのは最も難しく、無理なのかもしれない。被害者は全裸にされてわざわざ川辺に運ばれている。被害者の体に傷や暴行の後がないとすると、やはり計画的な犯行の可能性が高い。突発的でもなく少しの被害者への興味を考えると、犯人はやはり物取りという可能性がたかい。百合先輩の言う通り性的な目的もあったかもしれないし、厳密に僕はそこの判断はつかないな。後は犯人を捜すのは簡単だよ。少しだけの被害者の面識がある人間を探せばいいんだ。加害者は被害者の鞄に入っていた携帯電話をとっている。ということは、被害者と加害者は携帯電話で連絡をとっていた可能性が高い。被害者の身の回りで、金に困っている人間を探せばいいだけのことさ」
「その事件ならこないだニュースでやっていたから知っている。犯人は名前なんだっけ?」
「・・・・僕も忘れてしまったが、犯人は黒田という人間をたった一人の友達ということをネットに書いていた。僕は犯人の手記を見て、黒田という人間の異常性に気付いた」
「・・・・確かに黒田さんはやばいけど」
「黒田さんはいい人よ」
百合先輩は呼んでいた本を置いて、賛同君の方を見た。
「確かに異常ということは、言い過ぎかもしれないね。あの犯人が語る、黒田という人間にはなんだか感情というものが見えなかった」
「感情?」
「喜怒哀楽はあるが、憎悪という感情が抜け落ちている。なんだか人として大切な何かが黒田という人間には、抜け落ちているような気がしたのさ」
「いや、黒田さんサディストだよ」
「その人間の性的な思考も、人間性とは関係ないよ、山梨君」
何故か一郎君は、僕に対して慈愛に満ちた目を向けてきた。絶対一郎君は、僕のことを馬鹿にしている。
「もう僕は黒田さんには近づかないよ」
「そうだね」
「私は黒田さんとまた話すわ。なんだか興味があるし」
「危ないですよ、百合先輩!」
僕は百合先輩が心配でたまらなくなる。
「大丈夫よ。黒田さんは殺人犯にはならないわ」
「なんでそんなことが言えるんですか?」
「黒田さんは出会った当初、自分で言っていたもの。人の肉体に傷を与えずに苦しめるのが、自分の誇りだって」
「いやいやいや、怖いですよ、それ!!」
絶対百合先輩は、黒田さんに騙されている。
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