第21話 自殺マニア

僕は死という言葉が大好きだ。死というのはタナトスとエロスの世界だ。死は差別もなく平等に訪れ、何もない無という世界に連れて行ってくれる。僕という存在が消え去る。そんな光景を妄想して、僕は興奮していた。

「ぐふふ。恍惚な死に方の種類かぁ・・・」

僕はあついいきをはきだし、図書館の机の上に両手を伸ばした。

「下半身を管理すれば、死の恍惚なしに近いものが味わえるかもしれない」

僕の隣の席に座る男が、言った。

くだらないセクハラ発言をしたのは、ホストで調教師という変わった経歴を持つ黒田という男だった。何故大学生の黒田が、平気な顔をして中学の図書館にいる?

「百合先輩、なんか図書室に部外者がいる」

有里先輩と呼ばれた美少女は、呼んでいた本を閉じて僕の方を見た。

「彼は部外者ではないわ」

今日は珍しく読書するためか、百合先輩は黒縁の眼鏡をかけていた。百合先輩に眼鏡。とても似合っている。

「彼は私達自殺マニアの仲間よ」

「でも黒田さんはただのサディストで、死にたがっているわけでもないじゃないですか」

「そうね。黒田さんにはアドバイザーとしていてもらうことにしたの。黒田さんも無料でいいと言ってくれているし」

「ああ。無料でいい」

あっさり何を考えているかわからない真顔で黒田は言う。

「そんな!」

僕は内心焦る。一応黒田はホストしているだけあって、恰好がいい。もし年頃の百合先輩が、黒田に惹かれるようなことがあったら、僕は・・・・。

「安心しろ。俺は君には逆らわない。俺は君の下僕だ」

黒田さんは僕の方を向いて言う。僕の全身は凍りついた。

「山梨君は凄いのね。黒田さんには女の奴隷がたくさんいるらしいのに、黒田さんを下僕にしてしまうなんて。どういう手を使ったの?山梨君」

「勘弁してください」

本気で泣きそうになって僕は顔を机の上にうつ伏せて、顔を隠した。

「そういえば、賛同君は?いつも顔を出しに来るのに」

「ああ、昨日から一郎君は、ドイツに留学に行っているそうです」

「そう」

まさか百合先輩は、一郎君のことを気になっているのではないだろうかと、僕は気が気じゃない。

「百合先輩は・・・・」

「何?」

「いえ、なんでもないんです」

「そういえば山梨君知っている?隣町の学校で自殺者がでたそうよ」

「今朝のニュースで見ました」

「原因は自殺ですって。自殺した子は死の瞬間、解放されて幸せになれたのかしら?これから死ぬ私達は、実に気になるところね」

「そうですね。けれど虐められて拷問のうえの死というのは、美しくないような気がします。結局自殺というよりも、虐めで他殺というような気がしますし」

「美しいしね?死は死よ。苦痛の上に成り立っているはずよ」

「百合先輩の言っていることはもっともだと思います。けど死というのは自分のみの内で静寂でなければならないと思います。騒がしいのは・・・ちょっと」

「いまだに山梨君の死の基準は分からないわ。山梨君は少し中二病ね。それとも詩人なのかしら」

「・・・・そうなのかもしれません」

僕はひどく恥ずかしい気持ちになった。

「今度自殺したこの教室に行ってみたいわ。死がどういうものなのか、実感したい」

「そうですね!先輩」

苦しみのうえの死というものを、僕も興味があった。

この時黒田が笑っていることに、僕は気づいていなかった。

「今日の放課後校門前で待ち合わせしましょう」

「はい」

僕は元気よく、百合先輩に返事を返した。

図書館を出て行く百合先輩を見送り、僕は教室へ歩き出した。

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