第14話僕の友人は馬鹿である。
騒がしい中学の教室。僕は一人教室で鞄から教科書を出す。
「山梨君」
僕の席にやってきたのは、山本百合先輩だった。山本百合先輩は美人で清楚で、僕の憧れの先輩だ。
「先輩!」
「今日暇?」
優しい百合先輩の声。僕の周囲の男どもから殺気立った目が向けられる。僕は無視して笑顔でうなずいた。
「はい」
「いや、山梨君、君は今日僕の家に来る予定ではなかったのかな?」
突然友達の賛同君が声をあげてきて、僕の心臓は飛び上がった。
「ご、ごめん賛同君、今日は百合先輩に用事があるんだ」
「そう。君と百合先輩に接点があるなんて珍しいな」
「私と山梨君は、友達なの」
「そうなんだ。僕と百合先輩は趣味がよくあって一緒に遊ぶんだ」
僕と百合先輩は顔を見合わせて、にっこり微笑んだ。
「・・・・山梨君、今日とてもいい本があるの。一緒に見ましょう」
「それはいい。僕も一緒にみようかな?」
強引に僕と百合先輩の間に、賛同君が入り込んでくる。賛同君は寂しがり屋だ。
「ごめんなさい。私山梨君と二人で見たいの」
「ごめんね。賛同君。百合先輩一緒に帰ろう」
「ええ。またね、賛同君」
なんとか賛同君を丸め込み、僕と百合先輩は教室を出た。僕は百合先輩の後ろ姿の頭からかけて腕を見る。
百合先輩の腕には自傷がある。
百合先輩が死のうとした証。その証は何よりも尊く、生きたあかしだ。僕は微笑んだ。僕は百合先輩の傷に気付き、百合先輩は僕の自殺願望を聞いてくれた。
僕と百合先輩は自殺マニアだった。
「いつの間にか賛同君と仲良くなっていたのね」
「百合先輩、賛同君のこと知っているの?」
「ええ、彼は顔だけはいい男って有名だもの」
「はは。顔だけは、か」
「面白い人だとも聞いた」
「確かに賛同君は面白い」
笑顔を浮かべる僕。隣を歩いていた百合先輩は立ち止まる。
「まさか生きたくなったとか言わないわよね?」
「まさか」
「そう安心した」
もう一度百合先輩は歩き出した。百合先輩は生きることに異常に怯えている。僕は別に生きることには怯えていなかった。
百合先輩の家は洋風の豪華な一軒家だ。
「入って」
黒い鉄棒でできたおしゃれな家の門を、百合先輩が開けてくれる。
「家に入る前に山梨君、服を脱いで」
「うん」
「服脱いだらすぐにお風呂にいって。下着も脱いでね」
「う、うん」
百合先輩は潔癖症だ。家に招かれる時には必ず僕は服を脱いで全裸にならなければならない。最初も今も百合先輩に裸をみられることに抵抗があり、少しもなれなかった。
渋々風呂場で僕は体を洗い流す。
「ごめんなさいね」
百合先輩は平然と僕のいる風呂場に入ってきて、ビニールの手袋をはめた手でスポンジをもって僕の体を洗い始めた。
百合先輩の手は、僕のあらぬところを洗い始める。僕は恥ずかしくて、狼狽した。
「い、いいです!そこは僕が洗いますから」
「だめ!ここは一番汚いの!!一番洗わなくちゃいやよ!!何度も洗って膿を出さなくては」
「・・・・膿ではありません・・・・」
羞恥の地獄を味わいながら、僕はやっと百合にお許しをもらい、風呂場からでることができた。
「スリッパをはいてね。体を洗ったから大丈夫だと思うけど、一応消毒液で手を洗ってね」
「は、はい」
いつも百合の部屋に来ると、僕は自分がバイ菌になったような気持になる。
「これ洋服」
百合先輩に手渡されたのは、一枚のTシャツだけだった。
「百合先輩。僕の下着は?」
「はかないで」
「・・・・わかりました」
「今日は死ぬために、麻酔効果のある草などの情報がのった本を手に入れたのよ」
凄い情報だ!僕は嬉しくて興奮して目を輝かせた。
そんな僕の興奮に水差すように、百合先輩の家の呼び鈴が鳴った。
「そうだ!忘れていたわ。今日は人を呼んでいたの。ぜひ山梨君に紹介したい人なの」
「僕にですか?」
「ええ」
にっこり百合先輩は微笑んだ。
百合先輩は階段を降り、玄関へ向かっていった。
百合先輩が連れてきた男は、黒ずくめのコートを着た長身のまだ若い大学生ぐらいのおとこだった。
「この方は黒田悟さん。調教師をやっている人なのよ」
にこやかに百合先輩はそう男のことを自己紹介する。
いや、調教師って何?という当たり前の質問を、僕は怖くてすることができなかった。
「初めまして、黒田悟です。君は?」
「僕は山梨です。百合先輩の後輩です」
「よろしく」
黒田さんは澄んだ目をした格好がいい人だった。黒田さんのファッションがすごくよかった。僕もこういう洋服を着たいなと、思った。
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