第24話 自殺マニア

「いらっしゃい」

にこやかに笑う澤田さんの御母さん。澤田さんの御母さんの顔はとても疲れたようだった。澤田さんの御母さんは麦茶の入ったコップを僕たちに配り終えると言った。

「ゆっくりしていってね」

僕の予想に反して、澤田さんの御母さんは僕らに対して何も聞くことがなかった。

こうして澤田さんの家に来たわけだが、澤田さんの部屋にはいるわけにもいかずに、澤田さんについて何も聞くことはできなかった。

僕らは静かな部屋の中、ただ遺影に写る澤田さんの写真を見つめていた。

「御焼香あげてあげてね。あの子も喜ぶわ」

「はい」

僕は妙な義務感から答えて、焼香をあげるために立ち上がった。

澤田さんの御母さんは、大学生の年齢である黒田さんの姿や僕らをみても、亡くなった澤田さんの関係性や何も問いかけようとしなかった。そのことに僕はなんだか重みを感じた。

「紀子も喜ぶわ」

それだけを澤田さんの御母さんは言って、部屋を出て行った。

「さて、帰りましょうか」

百合先輩は静かに言った。

「はい」

僕は返事を返した。黒田さんはひどくつまらなそうに、その様子を見ていた。

 こうして僕らは澤田さんの家を後にした。

帰り道、僕は百合先輩にむかって問いかける。

「僕らに対して一切何も聞きませんでしたね、澤田さんの御母さん」

「ええ」

まえを歩く百合先輩の後ろ姿を見る。僕は百合先輩の隣を歩きたいが、なかなか追いつけない。

「・・・・それがなんか重かったです」

「重かった?」

立ち止まって百合先輩は僕の方を見た。

「なんだか悲しみが重いって感じで」

「そうね」

「結局僕は亡くなった澤田さんについて、何も知ることはできませんでしたね」

「そうね。でも対策は講じているわ」

百合先輩は歩きはじめる。僕は慌てて百合先輩の後を追いかけた。

「対策?」

「探偵を雇ったの」

「探偵!?それってものすごくお金がかかるんじゃ」

「私アルバイトをしているから」

「僕も少し出します」

百合先輩と違って僕はバイトをしていないから、お正月のお年玉しか出せないけれど。

「分かった。今度から部費として、一月に二千円いただくわ」

「二千円でいいんですか?」

「山梨君、バイトしていないでしょう?」

「はい」

「無理はしないでね」

「百合先輩も」

「ええ。黒田さんこの後話があるのだけれど、時間ある?」

それまで黙って煙草を吸っていた黒田さんは、煙を吐き出すと百合先輩の方を見た。

「すまない。そろそろ職場に顔を出さなければならない」

「そう」

「ゆ、百合先輩、黒田さんに用事ってなんですか?」

いけない。動揺のあまり僕の百合先輩に問いかける言葉は、裏返ってしまった。

「山梨君には関係ないわ」

きっぱりとした百合先輩の拒絶。

百合先輩の言葉は僕の心臓に突き刺さった。

「百合先輩」

「またね、山梨君」

百合先輩が僕に背中を向けて去って行く。僕と百合先輩の間には微妙な距離があるのはわかっていた。それが今非常に寂しい。

「俺もそろそろ行く。またな、山梨君」

どうでもいい黒田さんの別れの挨拶。

「ではまた」

僕もさっさと家に帰る。

「山梨君一緒に、俺の職場にこないか?」

「結構です」

「怖いのか?」

黒田さんに腕を掴まれ、強引に僕は後ろを振り向かせられる。

「君は俺が怖いのか?」

黒田さんが微笑む。僕は黒田さんの唐突の行為に、おびえていた。

「俺くらいで怯えていたら、死ねないぜ」

「もう放っておいてください。僕のことは、黒田さんに関係な」

言おうとした言葉の途中で僕は、黒田さんに殴られて吹っ飛んだ。尻もちをついたコンクリートの地面は固くて、僕の体はひりひり痛んだ。屈みこんだ黒田さんの手が、僕の服の襟首掴んで強い力で引き起こされた。

 そして次の瞬間、黒田さんに首噛まれた。それも思い切り。

僕はあまりのショックで、何が起こったのかわからず呆然としていた。僕の襟首から手を放すと黒田さんは、血まみれの唇でにっこり微笑んだ。

「男の血をすすったのは初めてだ」

ていうか、女の血はすすっているのかよ!と、僕は黒田さんにつっこんだ。

「俺は誰よりも人に奉仕する。極上の苦痛を与えるために、俺自身で様々な苦痛を試してきたんだ。・・・・君の言っている静寂な死だけという言葉だけは、初めてだった。素晴らしかった。俺だけが君に苦痛を与え、静寂なる死を与えて見せる。君は俺のもっとも憧れるものだ。君のためなら俺は何でもする。だから君の全てを俺に与えてほしい」

黒田さんの冷たい手が、僕の頬に触れた。

・・・・僕の心臓は飛び魚のように跳ね、急に噛みつかれた男を目の前に、恐怖というものを心底僕は感じたのでした。

僕は心底目の前の男が何も理解していないことに、深く長い溜息をついた。

「あなたは何もわかっていません」

恐怖は確かにあったが、僕の存在そのものの個人の死の哲学を汚されたくないため、黒田さんの黒い瞳をしっかりと見て言った。

「死というものは一人一人自分自身のために形作るので、美しいんです。黒田さんが望む僕の死は、それはただの黒田さんのために作られたものです。僕は自分自身の死について考え、僕は静かに自分の世界だけで死にたい。人に頼る死は、ただの他殺なんです」

「俺は君に最上で最高の苦痛を与えたい」

「勘弁してください」

「君には生きてほしい」

「・・・・黒田さんには関係なことです。まじで勘弁してください」

無言で黒田さんの体は、僕から離れて言った。僕を見下ろす黒田さんの瞳も服もすべて影のように黒くて、僕には黒田さんという存在が真っ黒で恐ろしく見えた。

今さらながら僕の首にある黒田さんの噛み痕が、じりじり痛みだした。

「忘れないでほしい。俺は君のために最高の苦痛を与える」

「いやいや嫌なんですけど」

「ありがとう。全部君のおかげだ」

「なんで急に感謝するんですか!?人の話を聞いてください!本気で怖いんですけど!!!とにかく僕に危害加えたら警察に行きますからね!!」

黒田さんの感謝の言葉。黒田さんは最高に謎で僕にとっては、恐怖の存在だった。

「すまない。身体を傷つけるのは邪道だとは思っている。けれど時々抑えが利かなくなる。すまない」

「・・・・勘弁してください」

僕は半ベソになった。

「立てるか?」

黒田さんがしゃがみこんだ僕に対して、手を差し伸べてくる。

「僕はあなたが嫌いです。二度と会いたくありません」

「・・・・分かった」

理解してくれたのか、黒田さんは立ち去ってくれた。僕は心底ほっとして、溜息をついた。

恐怖で腰が抜けて僕は、立ち上がることがなかなかできなかった。

僕は呪われている。御祓いに行こうと思った。


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