第20話僕の友人は馬鹿である。エピローグ

僕には友人がいる。

注目されたがり屋のくせに、自己嫌悪と死へのあこがれが強すぎて二重人格のようになってしまった彼。

彼はいつも僕に対して憧れの目で見てくる。彼は僕を崇拝してくる僕の讃美者だ。僕に彼は、僕がたくさんの人間にこの僕の愛を分け与えるように言った。この僕を愛している彼が、僕の愛を独占しようともせずに万民に僕の愛を分け与えるようにと言ったのだ。

僕は彼を尊敬するようになった。もちろん僕という存在よりかは、尊敬はできないけれども。

「修羅」

僕の愛犬の修羅は僕が名前を呼ぶと、すぐに駆けつけてきてくれる。

走ってやってきた修羅の頭を僕は、撫でた。

僕はぼんやり考え事をしていた。そして背後からせまる気配に、素早く僕は体を動かしてその気配を避けた。

座っていた椅子を前に押し出し、僕は暴行魔から自分の体を守った。

「いってぇ!よけるんじゃねぇ!!」

「急に人に殴りかかるなんて、野蛮だぞ、峰彦君」

突然僕に殴りかかってきた相手は僕の父親の妹の息子の一之宮峰彦君だ。いつも僕にじゃれついてくる面倒な相手だった。

「お前本当すげぇな。どうやればそんなに反射神経が良くなるんだよ」

「神に愛されている超絶なこの僕にできないことはない。なんだ、今日の用事は?今日は可憐ならいないぞ」

「神に愛されているね?じゃぁ、神に愛されていない万民はどうなるんだよ?」

意地悪く峰彦は笑う。

「さぁ?君のような失礼な男には雷でも落とすのではないかな?」

「雷ねぇ?はは」

「僕は今優雅にお茶をしている。何も用事がないのなら、帰ってくれ」

「どうしたお前?随分不機嫌だな」

「まぁ、ね。少し友人のことが気にかかって」

「お前友人なんていたのか!?」

大げさに峰彦君は驚いている。

「いるとも」

「初めて聞いたぞ!もしかして隕石蚊やりでも降ってくるのか?」

「僕を愛する神の嫉妬か。まぁ仕方がないな」

「お前それ本気で言っている?」

「もちろん僕はいつでも正直だとも」

「そうそう。親父が今朝のこの事件について知りたいってよ」

峰彦は上着から新聞の切り込みを、テーブルの上に放り投げてきた。新聞の事件欄に赤い丸印で印をつけられていた。

峰彦の父親の海容は企業の社長をしている。峰彦の父親の趣味は、巷を騒がせている事件について推理することだ。

僕は峰彦から渡された新聞のしるしのついた欄を見た。

「裸の女性の遺体が川で浮いているのが発見された、か・・・。この手の事件は通り魔の犯行か知人の犯行だな。通り魔の犯行だと警察は犯人を見つける可能性は低いな」

「親父はお前と自分のどちらが犯人を見つけるか、競争だと言っていた」

「死んだ人間がいるのに競争は感心しないな。この新聞の情報だけではなんとも言えない。なぁ、峰彦君、殺した相手の服を脱がすのは何故だと思う?」

「性的暴行か、証拠隠滅?」

「そうだね。あと被害者を辱めて復讐とか。どちらにせよ犯人は人を支配して喜ぶ人間かもしれないな。峰彦君。お父様には僕はもう世間の事件は推理しないと言ってくれ。たとえ推理しても、犯人を民間人の僕らは逮捕できるわけではない」

「へぇー、すごい自信だな」

「まぁね。峰彦君も紅茶はいるかい?」

「いらねぇー。用事済んだし帰るわ。あ、そういえば、お前の友人の名前なんていうんだよ?」

「僕と同じクラスの山梨君だよ」

「山梨ね。お前と友達なんてどんな奴だか興味があるな」

「普通の、それこそ普通の人間だよ」

「今度会わせろよ」

「機会があったらね」

「じゃぁな!」

「さようなら」

僕は峰彦君を見送る。修羅も鳴き声一つ上げて、峰彦君を見送った。

僕は僕の友人である山梨君のことを思い出す。

初めて見た時からここ最近まで山梨君を見ていて、僕は山梨君について一つのことに興味を持っていた。山梨君は恐怖という感情を全く見せていないのだ。

山瀬君や山岩君との殴り合いの時も、山梨君は緊張や恐怖興奮の兆候の姿を見せず、ただ普通に殴り合いに参加していた。

普通は殴り合いには恐怖という感情をもみ消そうと、激情など怒りの感情をあらわして修羅場と化す。

僕には、山梨君という存在に恐怖という感情や何かが欠けているような気がしていた。

 あるとき山梨君が、百合先輩と話していた。

恐怖感がない山梨君と自傷の傷がある百合先輩が仲良くなる。それだけで僕は不安を感じた。

僕は迷ったが、百合先輩の後をつけることにした。

百合先輩は放課後いつも図書館にいる。僕は百合先輩の行動を見つつ、図書館で本を読んでいる百合先輩に近づいた。

「こんにちは」

「賛同君?」

有里先輩は読んでいた本を置いて、僕の方を見た。

「百合先輩も図書館に来るんですか?」

「ええ。よく来るの。賛同君は図書館に来るの、珍しいわね」

「はい。少し調べ物をしたくて。百合先輩は本が好きですか?」

「ええ、好きよ。よく読むわ。絵本とか好きなの」

絵本が好きという百合先輩は、今日は草花大図鑑を呼んでいた。

「僕も絵本は好きですよ。本は実にいい情報を、よく知ることができます」

「そう。山梨君と賛同君は仲がいいの?」

「はい!熱い友情で結ばれている、心の友です」

「・・・・そう、なの?心の友ね。私も山梨君とは心の友かもしれないわね」

「百合先輩と?山梨君が羨ましいかぎりです」

有里先輩は評判の美人だ。やはり地味な山梨君との接点が、僕にはわからなかった。

「賛同君は私がゴム手袋をはめながら本を読んでいることについては何も聞かないのね」

そう百合先輩はゴム手袋とアルコール殺菌剤を机の上に置いていた。

「ああ、有里先輩は綺麗好きなのですね」

「この世は汚いもの。あの世は美しいところかもしれないわね」

うっとり夢見るように百合先輩は目を輝かせた。

「あの世へ憧れますか?」

「ええ憧れるわ。この世は汚らしくて、掃除が大変ですもの。あなたも死の世界にあこがれることはないの?」

「死の世界か・・・。あの世の幽霊もこの僕が行くとするなら歓喜するかもしれないな」

「幽霊に好かれてどうするの?賛同君って、面白い人ねぇ」

くすくす、百合先輩が笑う。

「やはり百合先輩は笑っているのが一番美しい。ずっと百合先輩の笑顔を見せてください」

「嫌よ」

柔らかな声で百合先輩は言い、もう一度笑った。

「あなたも死の世界にあこがれるなら、私たちの仲間に入れてあげるから」

簡単に僕は百合先輩のことを知ることができた。

僕は微笑み、会釈して見せた。

死にたがり屋の御姫様。その仲間の山梨君と言ったところか・・・。

人は自分というものを、他人に知られることはないと信じきっているが、案外人は観察と行動と情報収集とで、他人の行動のほとんどは予測できるものだ。

 彼はある日大量の薬を飲んで死のうとした。僕はその事案を予測した。何故わかったのか?その答えは簡単だ。


死にたがり屋の仲間の山梨君。二時間目からの尿意なんて少ない。虐めからの初登校で、あんなに堂々とトイレ宣言。そんなの何かあると言っているようなものだ。怪我が痛んで薬を飲みに行く可能性ももちろんあった。

僕はいつだって、最悪な可能性を選ぶ。

こんなに僕が愛しているというのに、死を選ぶようなまねをする山梨君は本当に馬鹿だった。





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