第39話:光希の変化、それは楓の…?


「ああ、ザーッとやけどな。どれがどないしたん?」

「私、実はあの後、光希くんよりも先に寝落ちしてしまっていましたので、お恥ずかしながら、メインの内容であった『光希くんの仕事ぶりを監視する』という目的を達成できていなくてですね……」


 楓は、えへへ……と頭を掻きながら菊池に言う。


「そりゃあ、光希は徹夜のプロやからな。この業界に入って間もない楓ちゃんが到底ついていけるものだとは、あたしも思ってへんかったわ」

「えっ……私がついていけないって予想していたんですか?」

「もちのろんや。光希は結局今日も、寝ずにオールで十時まで仕事していたんやで。並の人間がついていけるような起き方やない」

「そ、そうだったんですか……」


 どうりで、光希は一切眠そうな姿をしていなかったのか……と楓は思った。

 きっと自分がその時間帯まで付き合ってしまえば、数日間は生活バランスを取り戻す自身はないだろうと、確信している楓。

 付き合わなくて良かったかもしれない、と小さく安堵する様子を菊池に見せる。


「――話はちょっと逸れたけど、質問の内容は、光希の書いたシナリオの評価やったな」

「あっ、はい。そうでしたね」


 菊池の言葉で、楓は本題を思い出す。


「文字数は四万文字くらいで、序章から中盤までの流れと、サブストーリーについてを綿密に作ったようで、珍しく丁寧に仕上げているっていう感じやったな」

「丁寧に作られていたんですか? 結構な頻度で差し戻しになるって言っていたのに……?」


 楓は予想外の結果に驚き、菊池に訊くと――


「確かあたしもちょびっと驚いた。いつもなら、徹夜のノリアイデアで主人公が突然黒幕転生したり、サブストーリーでヒロインを乗り換えで不倫フラグを作ってしまったりと、ゲームの本質から離れすぎた支離滅裂な内容を上げてきたりしていたけど、今回に限っては、理にかなう流れでキャラ設定を崩さずに、キチンと作り上げたって感じやったな」

「な、なるほど……そうなんですね」


 菊池の言葉を聞き、楓は答える。


「それに、光希は漢字が苦手やから、いつもなら微妙に誤字脱字がテキスト内に多めに混じっているのに、今回はちゃんと誤字チェックをしているのか、一個も誤字が無いという偉業を遂げているのはちょっと感動した」


 菊池は嬉しそうな表情で、楓に言う。

 

「なんだ……じゃあ、私がいなくても大丈夫だったのかな……」


 楓は自らの光希に対する面倒くさがり屋への疑念を反省していると――


「いや、そうとも限らないと思うで」


 と、楓の言葉を否定して、


「今朝見た光希の表情やけど、あれはあたしが見たこともないような、清々しい表情をしている気がしたんや」

「清々しい表情……?」

「せや。光希はノリが良いように見せて、実は凛としたというか……人には見せないけど、いつも必死に生きている感があるオーラを出しているんやけど、今回に関しては、純粋にクリエイターとして、面白いものを上げてきた表情をしていた気がするんや」


 菊池は、光希のことを冷静に言葉でつづりながら言う。


「み、光希くんに、凛としている……?」


 菊池の口から出た言葉に、楓は驚いた表情をする。


「……驚いた? ああ見えて、光希は私よりも野心が強いやつなんや。だから、私が気に入って、仕事を渡しているっていうのがある」

「そ、そうなんですか……全く気づきませんでした」


 楓には、全くそのような気配を感じている様子はなく、あの光希くんが……と表情を思い浮かべながら、ぽかんとした表情をする。


「まぁ……そこら辺を綺麗に隠すことについては、光希もプロなんやろうな。刺々しい雰囲気を出していちゃあ、周りの人間がギスギスしてまうから、場の調和を重んじた楽しいコミュニケーションをすることについて、光希も第一に行動しているし」


 菊池は、普段の光希の行動を思い出しながら言う。


「ただし、心に固い概念を抱いていると、どうしても作品の『面白さ』や『クオリティ』にヒビが入る。面倒くさがり屋の光希の場合だと、そこから脱線や誤字脱字といったようなミスを起こしてしまっているんやろうなぁ……」

「心の固い概念が、作品にヒビを入れる……」


 聞いたこともないような理論に、楓は思わず頭を傾げる。


「今は意味が分からなくても、とりあえず、そうなんやって捉えてもらえばええ」

「は、はぁ……わかりました?」


 楓は頭の上に『?』を乗せて、菊池の言葉に返事をする。


「……まあ、少し哲学のような理論をしてしまったけど――つまり、楓ちゃんがいたおかげで、光希のクリエイターとしての気持ちにエンジンが入って、最終的に私に良いシナリオが届けられたっていうことや」

「わ、私のおかげ……?」


 楓は、自らを指差して、菊池に確認をする。


「せや。昨日の晩から今朝にかけて、二人がどんな『よろしくさん』をしていたのか知らんけど、徹夜中に二人が何かしら行ったやりとりが影響しているのでは……とあたしは推測している」


 そう言うと、菊池はジーっと楓を睨みつけ――


「楓ちゃん! 昨日の晩、何があったん? できれば光希には、今後もクリエイターとしてファインプレーをしてもらいたいと思っているんや! どんな裏技使ったん!?」


 と、楓の両肩を揺らしながら質問をする。


「そ、そんなことを言われても、私はよく分からなくって……!」

「大丈夫や! お姉さんと一緒に会議室Aで閉じこもれば、きっと思い出せるに違いないから」

「えっ……! 今度は私が幽閉される番ですか……!?」

「幽閉とは人聞きが悪い! ただ、思い出すまでお姉さんと楽しくお話するだけやって」

「ひぃぃぃぃぃ……!」


 ガクガクと肩を揺らす菊池の表情は、昨日楓が見たデススマイルの菊池だ。

 楓はその表情を見て、光希は昨日、このような気持ちでいたのか……と、初めてあの絶望の表情の意味を理解した。


 ………

 ……

 …


 その後、身支度を整えて遅い朝食を取った楓は、午後からの仕事を開始した矢先、菊池からの宣言通りに会議室Aに連れて行かれることになった。

 楓はノートパソコンでイラストを描きながら、菊池の尋問に答えるという、なんとも緊張感溢れる環境で、一日を過ごしたのだった。


 その中で、楓も光希のパフォーマンスが上がった理由について、思いつく限りの可能性を上げつつも、いまいちピンとこない表情をしては、また熟考するというるーりんを繰り返し、結局答えを出せずじまいに終わった。

 菊池も最終的には「ごめんな、無理させちゃってな」と楓に対して謝罪して、ガックリとした表情で会議室を後にした。


 結局、光希がどのようにして最大のパフォーマンスを出せたのかという最大の謎を残しつつ、本日の仕事が終了してしまったのだった。

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