第31話:ランチという名の昔話

 十二時十五分 社食


 三人は社食に到着し、コインを渡してメニューを見る。

 それぞれは少し悩んだ末に、箱岡はカルボナーラを、涼子はサンドイッチを注文し、社食コインをレジで渡す。

 そして楓は――


「ふっふっふ……頼んじゃいました……」

「……いやぁ、楓さんって、凄い大食漢だいしょっかんなんだね」

「す、すごい……」


 楓は、キングハンバーグ定食を注文したのだ。

 キングハンバーグ定食とは、その名の通り、メインディッシュがキングサイズで出来ている大ボリューム定食だ。

 ハンバーグは従来の二倍の挽肉ひきにくが使用されており、人の手のひらよりもさらに一回り大きく作られている。

 唯一標準サイズである、備え付けのサラダが小さく見えてしまうほどだ。

 ライスも同様に大盛り仕様で、どんぶりからあふれんばかりに盛られているそれは、まさにマンガ飯と言っても過言ではない迫力がある。

 本来キングハンバーグ定食は、仲間同士で分け合うことを前提とした大盛りネタメニューなのだが、楓は写真の画像を見た瞬間に「いける……」と力強く呟き、ネタではなく、マジの注文したのだ。


「せっかくタダなんですから、普段食べられないようなものを、つい頼んでしまいました♪」


 両手にナイフとフォークを持ちながら、満面まんめんの笑みを浮かべて楓は言う。


「はっはっは……いやぁ僕も学生時代なら、頑張って食べられた量かもしれないけど、年を取るとヘルシーな物が好きになってしまってねぇ……」

「わたしも、華の二十代前半だから……食べ過ぎはいろいろな意味で『死』に繋がる」


 楓の前に置かれている定食を見て、二人は苦笑いをしながら言う。


「今の仕事を始める前は、事務職をしていましたので、一日の楽しみがどうしても食事になっちゃうんですよね。それで、いつの間にか沢山食べられるようになりまして……」


 楓は「えへへ……」と照れ笑いをしながら言う。


「楓さんの経緯についてはある程度、菊池さんから伺っていますよ。いろいろと苦労されていたようで……」

「派遣社畜……大変でしたね」

「そ、そんな……大変だなんて。私でも出来る仕事を転々と回ってこなしていただけですよ」


 楓は両手を振りながら、少し困った表情で言う。


「いえいえ。好きではない仕事に耐えるというのは、結構大変なことだからね。まだ若いのに、ご苦労様です」


 箱岡は労いの言葉を楓にかける。


「ちなみに、箱岡さんも、昔は別の業界からここに来ましたよね……?」


 涼子は箱岡に向かって言う。


「そうだねぇ……昔と言っても、もう二十年以上前のことだけど……」

「前のお仕事は、何をやられていたんですか?」


 しみじみと思い返している箱岡に、楓は質問をする。


「……昔は中学校で美術の教師をしておりました。美大を卒業して、行き着いた先という流れではあるけれど……」


 箱岡は言う。


「へぇ……それは意外です。ジャンルは同じですけど、業界としては全く関係が無いのに……」


 想定していなかった箱岡の経歴に、楓は関心を持ちながら言う。


「昔、中学校が合併の影響で二つの内の一つが廃校になってしまってね……私はその無くなってしまう方で教師をしていたんですよ」

「そ、それはまた……ヘビーな事情を、すみません……」


 楓は予想よりも苦労していた箱岡に対し、話をさせてしまったことを謝罪する。


「いえいえ、昔の話だから……。それで、いろいろな友人に美術に関する仕事がないかを教えてもらったところ、たまたま今の会社が僕を拾ってくださったという流れです」

「それからは、ずっとここに……?」

「ええ……お恥ずかしい話ですが、他で通用するような実力を持ち合わせている自信は無かったし、何より雇って頂きました恩があるので、ここで働き続けています」


 箱岡は言い終えると、ランチと一緒に頼んだホットコーヒーを口にする。


「人を通じてゲーム会社に巡り合うっていうのも、なかなか運命的ですね……」


 楓はふふっ……と微笑みながら言う。

 そんな楓の隣りに座っている涼子が、楓のすそをクイックイッと摘んで呼びかける。


「楓さん、わたしも……聞いて?」

「もちろん! 涼子さんの話も、ぜひ聞かせて!」


 涼子の提案に対し、楓はニコニコとした表情で承諾する。

 そんな楓の笑顔にコミュ障の涼子は照れ隠しをしつつ、こほんと咳払いをして「それでは……」と小さく呟く。


「わたしはですね……なんと、山形県で農家をしていました……!」

「えっ、農家っ!? 農家って、あの田畑をくわで耕すアレ?」

「そう……桑を構えて大きく振りかぶり、野菜を育てまくるアレです!」


 涼子は両手を振りかぶり、桑を下ろすモーションを二人に見せる。


「それはまた……箱岡さんとは違うベクトルで全く違う業界から来たんだね……」

「やってまいりました……」


 涼子は、楓の言葉に答えながら、右手を頭に当てて敬礼をする。


「でも、山形県からどうやって東京へとやってきたの? 全くもって縁があるようには見えないけど……」

「楓さん。山形を見くびっちゃダメです。山形にはなんと……インターネッツがあるんです!」


 涼子は誇らしげな表情で言う。


「ま、まさかっ……現代の最新技術が山形県に……ううむ。時代が変わったんだねぇ」


 箱岡が涼子のボケに乗っかるように、迫真の演技をする。


「箱岡さん……それ、前と同じリアクション……ネタ被りしてます」

「んー、そうだったかなぁ……? はっはっは。年をとると忘れっぽくてね」


 箱岡は笑いながら言う。


「わたしは高校時代、美術科で絵の勉強をしていました。卒業に合わせて絵の仕事を探していたのですが、見つからなくて……しばらくは農家をしていました」

「へぇ〜美術家っていうことは、元々絵が好きだったんだね!」

「はい。デッサンが特に……!」


 涼子は両手を強く握りしめて言う。


「でも、農家のままで終わるのは嫌だと思ったあたしは、インターネッツの求人サイトから、ライフプログラムワークスを応募したんです」

「な、なるほど……(インターネッツは素なんだね)」

「ちなみに入ったのは去年の九月からで、実のところ経歴はまだ半年少ししか無いです」

「あっ、そうなんだ。じゃあ、ゲームの開発に携わるのも……」

「わいるどふぁーむが初めてです」


 涼子は言う。


「きっと涼子さんも、楓さんも、これから頑張っていく若者という意味で、隣同士の席にしたのかもしれないね。お互いに頑張り合うことが出来るだろうし……」

「頑張り合う……」


 箱岡の言葉に、楓は反応する。


「僕も昔はそうだったけど、近くに自分と近い実力の人がいるほうが、絶対にこいつには負けないぞっていう対抗意識を強く抱くようになるんだ」

「それは……なかなか熱いです……」


 涼子は鼻息をフンッと出して言う。


「現場の仕事を通じて覚えるのも重要な経験だけど、常に上に登っていこうという野心を持っている人こそが、この業界で良い思いをしている人は多いよ」

「あっ……野心。菊池さんも同じことを言っていました」


 楓は、菊池から言われたことを思い出す。


『――この業界は完全実力主義や。楓ちゃんもいろいろと吸収して誰にも負けない技術を身に着けてやるっていう『野心』を抱いて頑張って欲しい!』


「そりゃあ菊池さんは言うだろうねぇ。彼女は常に野心を抱いて、上に上にと強く情熱を抱いていた人だったから……」

「菊池さんが、ですか……?」


 今のおちゃらけた風貌からは、あまり想像がつかないと感じている楓。


「そうとも、なんて言ったって、彼女は――」

「彼女は……?」


 話そうとしていた箱岡が、突然語るのを止める。

 気になり、楓は聞き返すも――


「……おっといけない。お二方。そろそろお昼休みが終わってしまいそうですよ」

「えっ……!」


 突然、箱岡が左手に付けた腕時計を見ながら言う。

 楓と涼子もスマートフォンで時間を確認する。


「十二時五十分……」

「えっと、ちなみに……ここの会社の休憩時間って……」


 楓は箱岡に問いかけると、


「ええ。十三時までです」


 と、ニッコリと返事をした。


「ひーん、話を聞いている内に油断した-!」

「ラッシュで……ラッシュで……!」

「ほらほら、早く食べないとお昼休みが終わっちゃうよ」


 二人はスマートフォンの時計を見ながら、皿に残っている料理を胃の中に詰め込む。

 楓の腹は膨れる程に詰まったが、結局、菊池のエピソードについては語られぬまま、気持ちだけは消化不良という形で昼休みが終了した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る