第15話:新たなるフリーランスの誕生
「ちなみに絵を昔から描いていたって言うけど、期間で言うとどれくらい?」
「えっと、高校で美術部に入ったのが最初のきっかけでしたので、それを含めると九年程になるのでしょうか……」
楓は思い出しながら答える。
「パソコンのペンタブは使ったことある? 画面上でイラストが作成できるやつ」
「えっと……安いものでしたけど、高校卒業後はよく使っていました。ワ◯ムのコミックやイラスト作成に特化したやつです」
これくらいかな……と、お弁当箱のサイズを教えるように、楓は充希にジェスチャーで伝える。
サイズで言うと、およそ十三インチほどのスタンダードなワ◯ムのペンタブだ。
別途購入で無線でパソコンと接続もできる柔軟性が高い逸品と言える。
業界経験者じゃないというのに、モノの良さが分かる素質があるのではないかと光希は感心する。
「なら良かった。ビジネスのデザイナーはペンタブとパソコンソフトが使えないと非常に困るからね」
「そうなんですかぁ……」
光希は、爪痕の残ったタブレットに表示されている求人を楓に見せると、そこには『illustrationソフトの操作が出来る方』という風に書かれている。
「広告業界でも、ゲームでも、必要とされるのはデータとして高品質なデザインだから、パソコンの知識は今の時代に必要な要素としての宿命ともいえる」
「成る程……昔の偉人みたいに、絵を描いて、その作品を数億円で売るようなデザイナーとはわけが違うんだね」
「それと比較するか……」
光希は、呆れるように楓の言葉に指摘する。
「ただまあ……聞く限りでは、デザイナーとしてフリーランスを始めることについては、予想以上に十分な素質を持っていると思う」
「ほんと? やった♪」
楓が笑顔でジャンプする。
「うわ……無邪気に喜ぶ楓ちゃんめっちゃ可愛い……な、光希」
「そうですね……って、進さん! なんですかいきなりっ!」
「へっへっへ。別にぃ……ただの会話の一つだよぉ?」
進がカウンターの中から悪人ヅラをしたスマイルで光希を見る。
「はいはい進ちゃん、そういうのはもうちょっと進展があってからね」
「へーい」
咲が進にそう言うと、カウンターで前のめりにしていた身体を引き下げて、たまった食器洗いに専念する。
「……? 二人は今、どんな会話をしたのでしょう?」
「さ、さあ……野崎夫婦だけが分かるような、特別なツーカーみたいなものじゃないかな……はは……」
頭に手を当てて、光希は空笑いをしながら、そう答える。
「早速デザイナーの仕事を募集していないか、俺の知り合いに色々とあたってみるよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「探すのに数日かかるかもしれないから、もし分かったら連絡するよ」
そう言って、光希は自分のスマートフォンを取り出す。
「分かりました。そうしたら、光希くんと連絡を交換ですね」
楓が言うと、カバンの中からスマートフォンを取り出す。
空の景色がプリントされた、とても爽快感があるデザインのカバーを付けている。
二人はスマートフォンのSNSのアプリを起動して、連絡共有の方法である『ふりふり』を行うと、連絡先がお互いの画面へと表示された。
「じゃあ、これで私と光希くんはお友達であり、フリーランスの仲間っていうことになりますね」
楓がふふんと笑いながら言う。
「あ、ああ……そうだね……」
そんな楓の笑顔に押され、顔を少し赤くしながらたじろぐ光希。
光希のスマートフォンには、笑顔でピースをしている楓の写真がアイコンとして表示されている。
「……おやぁ、やりましたねぇ、光希くぅん」
進に対して意識的に顔を背けていた光希だったが、進はカウンター越しから僅かに見える顔の筋肉の変化を見逃さずに光希弄りを開始する。
「な、何のことですかな? 進さんや」
何故バレたのだろうかと疑問を抱きつつ、光希はカウンターに顔は向けず、進にとぼけた対応をする。
「へっへっへ、いえいえ――言わなくて結構ですよ光希くぅん。男の俺にはお前が今、どんな気持ちでいるかよく分かって――ぶへっ!」
「……っ!」
光希を楽しそうにイジっていた進だったが、それを静止するように、咲が進のネクタイを強く引き、首を圧迫させて言葉を無理やり止める。
「楓ちゃん。私達で良ければ、また相談に乗ってあげるから、いつでもいらっしゃい。コーヒーサービスしちゃうから」
「えっ……いいんですかっ!?」
「もちろん。進ちゃんがいつでも無料のブルーマウンテンを振る舞ってくれるから」
「さ、咲ちゃん……せめて、一番安い粉にしてもらっていいかな……」
乱されたネクタイを直しながら、進は咲に
「光希くん。私、一度は社会に絶望しちゃったかもしれないけど、光希くんに教えてもらったフリーランスで、もう一度頑張ってみるよ」
「ああ、応援するよ。これからは同じフリーランス仲間だ!」
そう言って、光希は楓に手を差し伸べる。
それを見た楓は、一瞬戸惑いつつ、身体の中から感じたこともないような湧き上がるやる気をみなぎらせ――
「うん、よろしくね!」
楓は光希と固い握手をしたのだ。
こうして、楓はフリーランスのデザイナーとして、新たな第一歩を踏み出したのだ。
第一部・完
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