第33話:会議室では一体…?
そして時間は過ぎ、二十時二十分――
「はぁ〜……もうこんな時間かぁ〜。私も帰る準備しないとなぁ……」
楓はパソコンの時計で、時刻が二十時から少し超えていることを確認する。
そして、一日の中で溜まった肩こりを少しでも解き放つためにと、楓は両腕を上にぐい〜っと力いっぱい伸ばし、身体をストレッチさせる。
箱岡と涼子は、それぞれ用事があるからと二十時ジャストで帰宅をしたため、現在ツーディーデザイナーは楓一人しかない。
「……そういえば、光希くん。あれからずっと会議室にこもりっぱなしだったけど、あの後どうなったのかな……?」
楓は身体を伸ばしつつ、光希と菊池が缶詰になっているであろう会議室Aの扉に視線をやる。
時折、トイレのために会議室から出てくるシーンを確認していた楓ではあったが、中でどのような仕事をしているのか全く予測できていないため、現時点で光希がどのような状態になってしまっているのか把握できずにいる。
「い、一応帰ることだし……挨拶くらいしておいたほうが……いや、でもまだ仕事に集中しているなら、邪魔しちゃ悪いかもしれないし……」
会議室Aで何が起きているのか、興味半分不安半分の楓。
一瞬、あの開かずの扉へ行くか行くまいかという判断に迷うが――
「よし、行こう……」
楓は勇気を持ち、会議室Aへと向かうことにしたのだ。
………
……
…
扉の前までやってきた楓は、意を決して扉にノックをする。
コンコン……
「…………」
ノックをしてから十秒ほど待つが、反応がない。
気づかなかったのだろうかと思い、楓は再び扉にノックをしようとすると――
「おらぁ……! このパンチ、痛いやろぉ? おぉ?」
「くっ……菊池さん……やめてください……これ以上は、もう……」
扉越しから菊池と光希の叫び声が漏れ出し、楓の耳へと入り込む。
「(えっ……ちょっと……今の何っ……!?)」
突然の内容に、楓は扉からバッと間合いを取って驚く。
あまりの衝撃に、楓は心臓をバクバクとさせながら、両手で胸を抑える。
予想外の展開に動揺しつつも、楓は深呼吸をしながらそっと扉に耳を当て、中の様子をこっそり伺う。
すると、また二人の会話がほんのりと楓に耳へと入ってくる。
「ほれぇ……絞め技からの腹パンが気持ちええんやろ?」
「くっ……こちらが抵抗できないからって、随分と一方的にやってくれるじゃないですか……!」
「(こ、これってもしかして……)」
「こうやって鞭で叩かれるのが気持ちいいんやろ?」
「そ、そんなことは……!」
「(こ、今度はそっち……!? いきなりシチュエーションチェンジ!?)」
楓は顔を赤らめながら驚く。
「観念したら、一度は縛りを解いてやってもええんやで……ん? 光希ぃ?」
「くっ……俺はどんな攻撃を喰らったとしても、自分の弱みに情けをかけてもらうつもりはないっ……!」
「(こ、これ……いわゆるハラスメントってやつじゃあ……)」
楓は二人の言葉を聞き、表情を青ざめさせる。
あまりの恐ろしさに、楓は一瞬、扉を背に向けようとするが……
「(いや……このまま逃げてしまうのは……やっぱり……ダメッ!)」
たとえどんなことが起きていようとも、楓は自らが部屋の中で起きている惨状を目にして、悪しきことなら止めるべきだと強く意志を持つ。
頼りないと感じながらも、楓はポケットの中に入っていたペンタブを右手に構え、いつ敵襲が来ても反撃できるような体制を整える。
楓は息を吸い、そして吐き――深呼吸で自分を落ち着かせる。
三十秒程かけてゆっくりと冷静になり、心の中で「よしっ!」と決心すると、意を決して会議室の扉を勢い良く開いた。
すると、そこでは――
「あぁ……くそったれ! 弱パンハメのバグを利用してコンボすんな!」
「へへっ……自分だけマイアケコン使っているんですからノーカンですよノーカン」
「…………」
「おらぁっ! このキャラは鞭のリーチが長いんやっ! まだプレスリリースすらしていない追加キャラやから、対応できんやろ?」
「ああもう……! いちいち鞭投げがウザいっ……!」
「…………」
――光希と菊池は、楽しそうにスリーディー格闘ゲームに励んでいた。
二人が対戦しているテレビ画面に映っているのは、ライフプログラムワークスが今年の秋に発売を予定している「ハーモニーブラッド_BEAT2.1」というスリーディーの対戦ゲーム。
音楽をテーマにした格闘ゲームで、各国のファイターたちは一つだけ得意な楽器を駆使して、自らのステータスを上昇させ、相手を倒すという作品だ。
楓は「ああ、こういうオチでしたか……」と、最悪の事態でなかったことを目にすると、安心したように空笑いをする。
対戦の画面で、菊池が光希に勝利したという結果が表示され、菊池は喜び、光希は悔しそうな顔をする。
そうしてそれぞれがリアクションを取った後に、扉を開いたのは誰だと言わんばかりに、二人揃って振り返る。
「ん、なんだ……楓か。どうした? 会議室に入ってきて」
「えっと……帰ろうと思ったから、一応ご
光希は格闘ゲーム疲れなのか、おでこに冷えるシートを張り、両腕の袖をまくり、首にタオルを巻くというスタイルでいる。
楓から見たら、仕事はどうしたと言わんばかりのスタイルである。
「……悪いな楓。俺はこの後、残っている仕事を捌いてしまおうと思っててね……」
「ん? じゃあ、光希くんは帰らないの?」
タオルで汗を拭きながら、炭酸を飲んでいる光希に訊く。
「ああ。予定よりもシナリオの進行が進まなかったから、今日は泊まって続きをやるつもりなんだ」
「と、泊まっていくって……ここで?」
「ああ、そうだよ」
平然とした表情で、光希は言う。
「で、でも……会社に泊まるといっても、職場で休養なんて……」
楓は渋い表情で光希に言うと、
「大丈夫だよ。社内には冷蔵庫もシャワーもベッドもあるし、ちょっと遊んでから徹夜して、昼まで寝る予定だから」
慣れた様子で社内泊の充実さをアピールし、笑顔で楓に言葉を返す。
「ノー残業推奨派のあたしとしては、あんまり歓迎できないやり方やけどな……」
そんな光希の言葉を聞いた菊池は、小さく「はぁ……」とため息をつきながら言う。
「まあまあ、俺の場合は夜のほうが一番頭が冴えますからね。テンションが上がらない時はゲーム、フィーバーしたら仕事するっていうのが『
えっへんと言いながら、光希は右手で胸を叩く。
「……ま、それでええっちゅうなら、あたしは止めんけど――どうしてまあ、クリエイターは徹夜が好きなんやろうねぇ……」
光希の堂々と言う様に対して、呆れた様子を見せる菊池。
めったに見せることにない、菊池の笑っていない表情だ。
「……そんなわけで菊池さん。忙しいのに格闘ゲームの対戦に付き合ってくれて、ありがとうございました! おかげで俺の中のエンジンがギュインギュインと回り始めている気がします」
「はいはい、そりゃあようござんした。あたしは帰るから、夜中はちゃんと電気消すの悪れたらアカンで?」
「はい、分かりました!」
光希は、菊池の言いつけに対して素直に返事をする。
その返事を確認すると、菊池は小さくあくびをしつつ「帰るわ」と一言言い、そのまま会議室を後にした。
光希は菊池の背中に「お疲れです」と声をかけると、そのまま対戦ゲームのキャラ選択から再開し始める。
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