第8話:彼女に接触

十二時三十一分 喫茶店 鈴蘭の里


「…………」


カリカリ……

カリカリ……


「…………」


 光希は静かに置くのテーブル席で履歴書を書いている女性に近づく。


「…………」


カリカリ……

カリカリ……


「……あ、あの……」


 光希が、おどおどとした様子で、女性に声をかける。


「…………」


カリカリ……

カリカリ……


 しかし、女性は光希の声に気づく様子もなく、集中して履歴書を書いている。


「おい光希、俺達の騒ぎ声に気づかないくらい集中している女の子だぞ。そんな死にそうな声で気づくわけ無いだろう」


 カウンターから前のめりになって、進は言う。


「やっぱり言いにくいですよ。見ず知らずの男がいきなり『初めまして、就活の苦労話をしようぜっ!』なんて言ったら、完全に不審者のそれじゃないですか」


 光希はカウンターにいる進に向かって言葉を返す。


「確かに、そうかもしれないが……でもお前、まあまあトークが上手いって話だろ? そこは上手く女の子がお前に好感を瞬間的に抱けるような会話術で口説いてみせろよ」


 進はそう言い切ると「行って来い」と手でジェスチャーをして、光希に声をかけるよう促す。


「何とも適当な要望ですね……」


 そんな説得力のない進の言葉に言いくるめられた光希は、これ以上ごねても進展はないだろうと判断し、意を決して再び女の子へと近づく。


「…………」


カリカリ……

カリカリ……


「(きっと、俺達が予想しているより、ものすごい集中力なんだろうな……ならば――)」

 光希は両足をガッチリと地面に押さえつけ、両手も手を強く握りしめ、集中して気合を入れる。

 目を閉じ、ゆっくりと息を吸い込むと――


「こんにちわぁ〜〜〜〜! 初めましてぇぇぇぇぇ〜〜〜〜! 就活生さんですかぁ〜〜〜〜!?」


「きゃっ……!」

「うわっ……めっちゃうるせえっ!」


 二人が耳を抑えてしまうほどに大きな声で、光希は女の子に向かって叫んだ。

 店の外の通路を歩いていたサラリーマン達も、扉越しに漏れた光希の声に驚き、一瞬動揺する。

 流石にこれには飛び上がって気づくだろうと、光希は確信していたが――


「…………」


カリカリ……

カリカリ……


「なん……だと……」


 女の子は驚くどころか、全くもって光希の存在に気づいていない模様で、黙々と二枚目の履歴書作成に注力し始める。


「嘘、だろ……あのクソでけえ声に全く反応しないとか」


 進は驚いたように言う。


「就活生、恐るべし……ですね」


 光希も、その集中力の高さに思わず感心してしまう。


「俺も、こんな集中力があれば、専門学校じゃなくて、東大とか京大出身のフリーランスになったのかもしれないですね」

「ははっ……良い大学出たなら社員になれよ。給料良いぜ」

「いやいや、俺はきっと自由に働くことを選ぶと思いますよ」


 進と光希は漫談しながら、集中力について語っているが――


「…………?」


 咲は何かに気づいたようで、ゆっくりと女の子のもとに近づき、そして――


「……あっ」

「やっぱり……イヤホンをしていたのね」


 女の子の付けているイヤホンの片耳を、すっと取り外した。

 突然、知らない女の人からイヤホンを外され、女の子は一瞬驚いた表情をする。


「最近はカナル型といって、耳をすっぽりと塞ぐタイプのイヤホンがあるから、音楽を聞いていたら、私達の声も聞こえないわよ」


 咲は、無線型のイヤホンを光希と進に見せて、そう説明をする。


「ああ……」

「そういう事……」


 それを見た二人は腑抜けたように、返事をした。

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