第11話:そういえば、自己紹介
十三時十五分 喫茶店 鈴蘭の里
「ところで私達、色々と話し込んだ割には、自己紹介がまだだったわね」
「あ、そういえば、そうでしたね」
女の子がハッと気づいたように反応する。
「お話が楽しくて忘れちゃいっていました」と女の子は言いつつ、このままだと入り組んだコミュニケーションが取りにくいだろうと判断し、それぞれが自己紹介する流れとなったのだ。
「私の名前は
そう言って、少しだけもじもじとしながら自己紹介をする楓。
「へぇ、楓ちゃんって言うんだ。可愛い名前ね」
「あ……ありがとうございます」
楓は咲の言葉に笑顔で返す。
先程までの驚いていた表情とは打って変わって、自然に人に向けるような笑顔だ。
「私の名前は野崎
「へぇ〜、そうなんですかぁ……。アフターチェアってここ最近で一気に有名になった会社ですよね。ほら、プロがこだわるクリエイターの椅子を開発している――」
「そうそう。八時間座っても全く腰が痛くならないと評判の『カーバンディラン』を開発しているのは、うちの会社よ」
「すごいですね! ビジネスの最先端って感じがします」
楓が目をキラキラと輝かせながら言う。
「それと、そっちで喜怒哀楽の感情が豊かにカウンターで漫才しているのが、私の旦那でこの店のマスターをしている
「咲ちゃん……せめてもう少しだけ俺が見栄えるような説明してくれないかな……」
進は落ち込みながら咲に言う。
「あら、何を言っているの? これでも結構お膳立てしてあげているくらいよ。もしも、素のままの進ちゃんを語るのだったら……」
「わーわー! もういいからっ!」
進が慌てふためき、咲の言葉に静止をかける。
普段は頼りがいのある兄貴分の進も、咲がいると手のひらのハムスターのようになってしまう。
「それと、こっちの若い子が
「よろしくです」
光希は、楓に頭を下げる。
「へぇ、ゲームを作っているんですかぁ……スゴいですね!」
「ま、まあ……まだ経験は少ないけどね……」
光希は楓の純粋無垢な笑顔に照れながら、そう答える。
「でも、その……フリーランスっていうのは、どういう意味なんでしょうか?」
「あー、フリーランス知らない? 最近だとよく聞く言葉なんだけど……」
光希が楓に問いかけるが――
「うーん、ごめんなさい。聞いたことはあるかもしれないですけど、意味までは……」
と、言葉に詰まっている様子だった。
「まあ……フリーランスという言葉自体、特定の業界でしか使われないような単語だから、知らない人は知らないかもね」
「特定の業界って、どういうところですか?」
楓が光希に質問をする。
「うーん、そうだなぁ……俺がメインで仕事を貰っているゲーム業界だったり、後はシステム開発をするIT企業……それと、デザイナーの仕事もフリーランスで多いかな」
「結構色々とあるんですね。そうですか――デザイナーも……」
楓は考え込むようにして言う。
「それで、特定の業界で使われる単語であるということは分かったのですが、そもそも『フリーランス』という言葉は、どういう意味なんでしょうか?」
楓は光希に質問をする。
「フリーランスというのは、いわば正社員とか、契約社員とか、そういう種類の一つとして選択される働き方の一つっていう意味になるのかな」
光希はそう説明をする。
「社員とは別の働き方ですか……?」
社員とは違う働き方という事を訊き、楓はどういうものなのだろうかという疑問がますます生まれる。
「フリーランスっていうのは、正社員とか派遣社員とは違って、どこかの会社に所属せずに、仕事をする人のことを言うんだ」
「社員じゃないけど仕事をするんですか……? どうやって……?」
今まで派遣社員をしていた楓にとって、どこかの会社に所属しないと仕事をもらえないという考えが『常識』だと思っていた。
しかし、その『常識』を覆してしまう発言だったため、気になり光希に質問する。
「そんな疑問に思うことでもないよ。自分から企業の方に売り込みに行って、仕事を貰いに行くんだ」
「えっ……! そんなことが出来るんですかっ!?」
楓が驚くように言う。
「普通にできるよ。それに、直接じゃなくても仕事依頼サイトとか、フリーランスの求人を紹介してくれる会社経由もあったりするし」
そう言って、光希はカバンからタブレットを取り出し、フリーランスの求人紹介サイトを開き、楓に見せる。
その中には、様々な職種についての仕事依頼のラインナップが並んでいる。
「へぇ〜、色々とあるんですね。えっと……官公庁のシステムサイト開発、ソーシャルゲームのUIデザイン……アプリケーションのディレクター……」
楓は光希のタブレットを操作して、そのラインナップを口にする。
「システマチックな求人がメインになるけど、こういった紹介経由で仕事をもらうことが出来るから、最近だと仕事を探すことにも苦労をしないんだ」
「そうなんですねぇ……って、光希さん、コレっ!」
楓がタブレットの画面を爪でツンツンと叩きながら光希に声をかける。
楓の爪は最近の女子らしく長いものなので、画面にヒビが入らないだろうかと心配しつつ、光希は楓が指差すところに注目する。
「どれどれ……なんだ、報酬のところがどうしたの?」
「『どうしたの?』じゃないですよ! 何ですか、この報酬金額はっ!」
楓が指差すところには、ホームページのUIデザイナー募集の求人が掲載されており、報酬金額のところには、最大七十万円までという表記が記されている。
「何ですか……って、そりゃあ求人出し、報酬くらい掲載されるだろ?」
「違いますよっ! ここに書かれている金額が高すぎじゃないかっていう意味です!」
楓は更に画面をツンツンツンツンと強く叩きながら言う。
「いや、別に珍しい金額ではないよ。フリーランスの仕事だったら、コレくらいの報酬をもらうのは当然といったら当然だよ」
「七十万円がっ……!? 月収でっ……!?」
「流石にフルでそのお金を貰える人は滅多にいないけど、まあ四十万から六十万は貰っている人は多々いるよ」
「すごーい! 毎月ボーナス貰っているみたいっ!」
楓ははしゃぎながら興奮している。
「ただ、報酬が高いのにはもちろん理由があることを忘れてはいけないよ」
「理由……? 何でしょうか?」
楓が光希に訊く。
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