第29話:デザイナーを紹介するよ
「まずは若い方から。楓ちゃんの右隣に座っている、小さくて可愛い子が
菊池はそう言って、涼子を紹介する。
涼子は顔が童顔で、身長が百五十二センチと小さく、よく高校生と間違われるくらいの容姿をしている。
服装は森ガールという言葉がよく似合う花柄のロングワンピースに七分丈デニム、そしてなぜかベレー帽を被っている。
「花実です。よろしく……おねがい、します……」
「よ、よろしくお願いします……」
花実は少しおどおどとした素振りを見せながら、小さく頭を下げて、楓に挨拶をする。
「ちなみに涼子は自他ともに認めるコミュ障で、コミュニケーションはあまり得意やないと言ってる。まあ、それでも頑張って色んな人と仲良くなろうって気持ちがある子やから、温かい心遣いで、楓ちゃんも良くしたってや」
「はい。分かりました」
楓は菊池の言葉に承諾する。
そんな涼子は今何をしているかというと――
「…………」
もじもじとしながら、楓に目を合わせようとしつつ、一瞬目が合ったら目を逸しを繰り返している。
それを見た楓は――
「(かっ、可愛い……)」
純粋に、そう感じた。
「ああ、それと二人共な。年齢が近いんやし、会話するならタメ口で話しとき。妙な距離感を作らんで仲良くなったほうがええよ」
菊池は楓と涼子のそれぞれの肩を叩いて言う。
「わかりました。そしたら……涼子ちゃんだね。よろしく!」
楓が笑顔で右手を差し出す。
「よ、よろしく……お願いします……」
涼子は、もじもじとしながら顔を赤らめて手を差し出す。
それをみた楓は――
「(や、やっぱり可愛い……もじもじして敬語が抜けきれないところが余計にっ!)」
右手を頬に当てて、小動物を見つめるような笑みを浮かべる。
「それと、こっちの旦那が
そう言い、楓の左隣にいる箱岡を紹介する。
箱岡は白髪交じりで黒縁の老眼鏡を掛けており、表情は常にニコニコとして話しかけやすい雰囲気を醸し出している。
ストライプのグレーのワイシャツにグリーンのベスト、ベージュのカーゴパンツを履いており、カジュアルでありつつも、おしゃれに気を使っている様子が伺える。
「初めまして、楓さん。よろしくお願いします」
「は、はい。よろしくお願いします」
箱岡はにっこりとした表情で、楓に対して丁寧に頭を下げる。
「箱岡さんは、このチームの中で一番絵のセンスがある人やから、何かわからないことがあったらガンガン聞いてもらってええからね。そりゃあもうラッシュかけまくってもええからな」
そう言って、菊池は華麗なシャドーボクシング姿を見せる。
「はっは……そこまでラッシュじゃなくていいけど、少しでも疑問があったら遠慮なく聞いていいからね」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
箱岡の言葉に甘え、改めて頭を下げる楓。
その姿を確認した菊池は、三人に対して「おっけーやな」と一言言う。
「よし、これで自己紹介も終わったことやし、まずは――」
「早速、仕事ですかっ!?」
楓は張り切った様子で言うが――
「いや、もうすぐお昼だし、社食いこ?」
菊池はニッコリとした表情で、楓の予想を裏切って言う。
そんな自由気ままな突然の振る舞いに、楓は「あらら……」と言いながら、苦笑いでずっこける。
「うんうん、菊池さんはいつも自由だからね」
「姉御は自由人なのです……」
箱岡と涼子は菊地の言動に慣れているのか、ニッコリと笑いながら言葉を受け止めている。
こんなに自由すぎて良いのだろうかと、苦笑いをしながら楓が感じていると、横から箱岡が楓の方を叩き、こう告げる。
「楓さん。こんなフリーダムなディレクターだけど、この業界で、ここまで良い人は滅多にいないからね。砕けすぎって思うかもしれないけれど、それはある意味幸せなことだっていうことだけ、ぜひ覚えておいてね」
「は、はぁ……」
うっすらと笑みを浮かべて言う箱岡に楓はきょとんとするも、ひとまず今の言葉を心の中に留めておくことにした。
「今日はちなみに社食コインを経費で落とせたから、全員社食の定食どれ頼んでもタダや!」
菊池は言うと、指と指の間にでコインを挟み、三人に見せびらかす。
「お、やりましたな、菊地さん」
「新メンバー、マジ万歳……!」
銀色のコインを見た箱岡と涼子は、うきうきとした表情を浮かべている。
「菊池さん。そのコインって……」
気になり楓は菊池に質問をする。
「ああこれな。楓ちゃんのように新しく人が入ったり、後は月に一度の懇親会とかで、昼食がタダで食える素晴らしい仕組みなんや」
「へぇ、そんな制度があるんですか……」
聞いたことが制度に、楓は小さく驚き感心する。
「せや。飯食っているときが一番話が出来るチャンスやからね」
菊池は一枚のコインをトスしながら言う。
投げたコインを左手の甲に落とし、それを右手で隠すと、涼子に向かって表か裏かを菊池は質問する。
涼子が裏と答えると、菊池は嬉しそうに「残念、表や〜!」と叫び、裏側に向いたコインを見せ、事実上の敗北を認める。
「ただ、あたしはタダ飯を食いに行けんのが残念やけど……」
「えっ、菊地さん来られないんですか?」
一番喜んでいた菊池が行けないということに、楓は疑問を投げる。
「ああ。これでも一応ディレクターやっているから、人と会うスケジュールがみっちりだったりするんや」
菊地はそう言うと、メモ帳に挟まっている大量の付箋を三人に見せる。
それを見た楓は、菊地という人物が偉い人間であることを再認識する。
「箱岡さんにコインを渡しておくから、三人で行っておいで。しばらくは仕事を覚えるために、べっとりとコミュニケーションせなあかんのやから、最初の内にドカっと仲良くしとき」
菊池は言うと、手に持っていたコインを箱岡に手渡した。
「そんじゃ、夕方頃には一度戻ってくる予定やから、それまではデザイナー組で宜しくお楽しみあれな〜!」
菊池は手を振りながらカバンを持つと、スマートフォンで時間を確認し、駆け足でエレベーターの方へと走り去っていく。
「ディレクターって大変なんだなぁ……」
ぽつりと呟き、楓は菊池の背中を見送る。
「ディレクターは、現場という環境で最も偉い人だから、最前線に立ってわたしたちをリードしなくてはいけないのです……」
「ええ。そのお陰で、僕たちデザイナーも安心してお仕事をすることが出来るわけです」
涼子と箱岡はニッコリとした表情で、菊地に手を振りながら言う。
「……さて、お二方。菊池さんから社食コインを引き継ぎました――早速ランチといきましょうかね」
箱岡が楓と涼子に問いかける。
「はい。私は大丈夫です」
「わ、わたしも、大丈夫です」
涼子と楓が承諾をすると「では参りましょう」と箱岡が言い、三人はエレベータの方へと向かっていく。
………
……
…
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