第12話:フリーランスのデメリットとは?

「先程言ったとおり、フリーランスは会社に属さないで仕事だけを貰うポジションだから、あまり長期的に仕事を貰うことは難しいんだ」

「さっき言っていましたね」

「うん。だから、長期的に仕事を提供できない代償として、多めに報酬を支払っているという意味があるんだ。感覚というか、実質的なところはあるけどね」


 光希はタブレットで画面を操作すると、たまたま一番上に掲載されていたホームページ作成の仕事の契約期間を調べて楓に見せる。


「ああ……三ヶ月とか、六ヶ月とか……あとは、要相談ばっかり」

「継続して仕事がしたいっていう人だったら、次の仕事も渡したいと企業も考えているんだけど、ただ基本的には一つのプロジェクト区切りで仕事をもらうんだ」

「継続して仕事をもらうためには、どうすれば良いんですか?」


 楓が光希に訊く。


「いろいろな要因はあると思うよ。フリーランスで雇った人の人柄が良くて、また一緒に仕事をしたいとか、専門的な技術がとても高いから、継続してその部分を依頼するとか――要は、人と人とのつながりで、仕事をしたい人になった時点で、その可能性は格段に上がるんだ」

「へぇ〜、じゃあ光希さんも色々な仕事をして、仕事をもらっているんですか?」

「まあ……いろんな現場を回って、色んな人に良くしてもらったよ。俺自身も頑張ろうって無我夢中にやっていたせいか、それを評価してくれたみたいで」


 光希は自分の右手の拳を握りしめて、過去に経験してきた様々なプロジェクトのことを思い浮かべる。


「いいですねぇ……私なんか、契約が切れたところの人と縁が全然残らなかったから、そういうのって羨ましいです」


 少し寂しそうな表情をする楓。


「事務職って、割と女の世界だろ? それなりに仲良くなったりしなかったのか?」

「えっと、無かったですねぇ……」


 楓は過去に世話になった企業の数々を思い浮かべるも、該当する人は思い浮かばなかったようだ。


「そっか……それは、悪かったな」


 光希も、ばつが悪そうに謝罪する。


「いえ、大丈夫ですよ。私の周りも派遣社員ばかりで、仲良くなりかかった時点で相手の契約が終わっちゃったり、そもそも短期間で居なくなっちゃうから、仲良くすること自体を諦めちゃったりする人しかいませんでしたので……」

「…………」

「それに女の世界って、周りの誰かと、とりあえず仲良くなるみたいな純粋な構造じゃないんですよね」


 苦笑いをしながら言う楓。


「確かに……女の私からしても、人間関係で場を乱すというか……陰口を叩くような性格の悪い子は圧倒的に女性が多いから、小学校の時みたいにキャッキャウフフで友達になるって考えはありえないわね」


 席でコーヒーを啜っていた咲が、楓の言葉に補足を入れる。


「なんというか……女の世界って大変なんだなぁ……なあ、光希」

「……えっ、ああ……そうですね」


 カウンターの奥でコーヒーカップを磨きながら、進はしみじみと呟く。

 見たことのない世界を楓から聞かされた光希は、知らなかった社会のドライな面を知り、思わず息を呑んだ。


「俺がSEのフリーランスをやっていた時は、五年位で友達百人以上出来たけどな――光希はどうだ?」

「うー…ん、俺はそこまで多くないですけど、七十人位は出来ましたね」


 進と光希がそう言うと、楓は驚いた表情をする。


「えっ……! 何をどうやったら友だちがそんなにできるんですかっ! 単純にSNSで連絡先交換しただけとかじゃなくてですかっ!?」


 楓は光希と進に、そう問いかけるが――


「そりゃ仲良しの密度にはそれなりに幅はあるけど、大抵の奴は近くの上手いメシ屋でランチとかディナーを食いに行ったり、趣味が合うやつとは土日にどこか出かけてるって感じかな」

「俺も、そんな感じですね。最近は土日にも仕事を入れているので、あまり遊びに入ってないですけど……」

「おっ、副業かよこいつぅ……随分と儲かってんじゃないですか光希さん、このこの〜」

「や、やめてくださいよ進さん。ちょっとでも儲かってるって言ったら、絶対何か奢らされるじゃないですか……」


「…………」


 二人は楓の予想とは違い、仲良くなった人達との付き合いの充実さについてを話す。

 しかし、そんな二人の反応に対して、楓が更に質問をする。


「何というか……仕事仲間の人って、見えない壁といいますか、一定以上に近づくことが出来ないような謎の距離感ありません!? お互いに、この距離からは干渉しないようにするみたいな感じで……」

「まあ、確かにそれはある。普通の企業ならな絶対に」

「そうですね。普通の企業ならば……高確率でね」


 楓の言葉に対して納得しながら、その言葉に肯定をする光希と進。


「俺も光希もそうだけど、そういう下らねえ壁を作るような奴らとは一緒に仕事したくねえなって思って、今のような仕事のやり方を選んだってのはある」

「確かに、俺がフリーランスやっている理由の一つですね」


 光希も進の言葉に対して同意する。


「進ちゃんは特に、チームで頑張ろうっていう意識が強い人だったから、壁を作ったり、妙な派閥を作るような行為をする人達が大嫌いだったもんね」

「そりゃ当たり前だよ咲ちゃん。何が好きでイジメとか派閥ごっことかやらなきゃいけないんだよ。煙たいし、ウザったい」


 咲の言葉に、進は強い言葉で返す。

 そして、進は楓の方へと近づいて――


「楓ちゃん、今まで随分と苦労していたんだなぁ……よく頑張ったよ」

「えっ……」


 進が楓の肩を叩き、今までの苦労についてを労う。


「そうね、派遣だとありがちなことかもしれないけれど、それでも苦労したことには変わりないもんね」


 咲も続けて言う。


「えっと……その……」

「俺がフリーランスでそこに入ったら、きっと十分もしないうちに契約解除の書類を叩きつけているよ」


 光希も笑いながら言う。


「…………」

「……ん、どうした楓ちゃん? 対戦ゲームでポーズをかけた時みたいに硬直しちゃって……」


 肩を叩いた進は、楓の身体が無反応であることに違和感を感じる。

 進が目の前で手を振っても、反応する様子が無い。


 しかし、数秒後――


「ぐす……」


 彼女は目と鼻を赤くして、涙を流したのだ。


「えっ……えっ……楓ちゃんどうしたのっ!? なんで涙を流しているのっ!?」


 突然の出来事に、進は動揺し、肩を揺らしながら大声で楓に呼びかける。

 ぽろぽろと溢れる涙は、身にまとうリクルートスーツに染み込み、跡を残す。

 硬直したまま、焦点はまっすぐに、楓は涙を流し続けている。


「ちょっと進ちゃんどいてっ! 声がでかいし顔も近いっ! あと、普通に暑苦しいからっ!」


 肩を揺らす進をタックルで突き飛ばすと、咲は楓の身体に抱きついて――


「……よしよし、今まで頑張っていたんだもんね。大変だったんだよね」


 そう言いながら、咲は楓の頭を優しく撫でる。


「……ぐす……はい……」


 咲の言葉に対し、涙で言葉に詰まりながらも言葉を返す楓。

 その様子は、まるで今までずっと愛情に飢えていた子供が、我慢しないで母親に甘えている姿と変わりなかった。


「(社会はあまりにも残酷すぎる――こんなに真面目な子が、どうして涙を流さなくちゃいけないんだ……)」


 光希は今、心の中で激怒している――

 社会というシステムの不条理さと、若者を食いつぶそうとする仕組みに。


 怒りをぶつける先がない。

 光希はただ、悔しさを噛みしめることしか出来ない自分に情けなさと感じる事しかできなかった。

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