第10話:てんかつ!

「でも一つ誤解があるようでして……」

「誤解……?」


 咲は、女の子の言葉に疑問を返す。


「お恥ずかしながら、私が今しているのは『しゅーかつ』じゃなくて『てんかつ』なんですよ」


 と、女の子はもじもじした様子で答える。


「てんかつ?」


 進は、頭の上に『?』を浮かべながら言う。

 話を理解できなかった進に対し、光希がカウンターの方へと近づいて――


「進さん。『てんかつ』というのは『転職活動』の事を意味していて、つまり彼女は新卒の学生じゃなくて、一度社会人を経験している人なんですよ」

「ああ、なるほど……」


 ――と、フォローを入れて、進を納得させる。


「私は既に年齢も二十四歳で、短大を卒業してから三年程、会社で事務職として働いているんです」

「へぇ……そうなんだ。事務職って、経理とか人事とかの?」

「いえ。本当に庶務だけをやるような、パッとしないお仕事ですよ」


 女の子は、少しだけ恥ずかしそうに、光希に言う。


「じゃあ、今転職活動中っていうことは、事務職に飽きちゃったとか?」


 光希が女の子に訊く。


「ああ……確かに。やりがいという点では弱いからね、若くて野心を持っている人にはさぞ窮屈きゅうくつだろう」


 進も、光希の言葉に続いて言う。


「……えっと、その……」

「「……?」」


 二人の言葉を聞いた女の子は、どこかばつが悪そうに言葉をつまらせている。

 そんな女の子の表情を見て、光希は悪い事態を予測する。


「……もしかして、会社が倒産しちゃったとか?」


 失礼だとは思いつつ、光希は女の子に問いただす。


「い、いえっ……会社は健在なんですけど……」

「……?」


 光希の予想した悪い事態は予想を外したようだが、女の子はもじもじから落ち着く様子がない。

 流石にないだろうとは思いつつも、ネタの一つとして、光希はこう質問をする。


「……まさか、クビ……は無いか。ははっ、事務員で社員がクビになるとか聞いたことな――」

「どうしてわかったんですかぁ!」

「ぎゃあっ! な、なんだよいきなり大声出しやがって!」


 突然の女の子の大声に、思わず飛び上がる光希。

 予想外の反応で光希は思わず大声を出し、咲と進、そして扉越しに店の外のサラリーマンたちを驚かせる。


「ご、ごめんなさい……つい、動揺しちゃいまして……」


 そんな光希の反応を見て、女の子は光希に謝罪を入れる。


「動揺って……まさか、本当に事務員をクビになっちゃったっていうの?」

「そ、その……」


 女の子は、更に身体をもじもじとさせ、恥ずかしそうな表情をしながら深呼吸をし、そして――


「私、短大を卒業してから、ずっと派遣社員として働いていたんです」

「派遣社員……ああ、うん」


 この時点で、色々と察しがついた様子の光希。


「短大を出てから特にやりたいこともなく、新卒で就職ができなかった私は、とりあえず派遣会社に登録して、事務員として働くことにしたんです」

「うんうん、それで?」


 既に興味が薄れかかっている光希に代わり、横から割入るように、興味を示す咲。

 

「事務員の仕事って、あまり採用枠が無い割には、長期的に雇われる機会がなかなか無くて、私は数カ月おきに他の企業へと移ってを繰り返し、ここ数年は企業を転々としていました」

「はぇ〜数カ月おき。そりゃめっちゃ大変だね〜」


 進は、驚いたように女の子の言葉に反応する。


「それで、今回も六ヶ月、派遣会社から紹介してもらった会社で働いていたのですが、四月から正社員で新卒の子が入るからと、私との契約は更新しないっていう流れで実質クビになってしまい、現在は無職という状況なんです」


 女の子は落ち込んだ様子で言う。


「成る程……それで、リクルートスーツを着て、黙々と履歴書を書いていたわけだ」

「……そうですね。ついさっき、このビル内にある企業に面接へ行ってきたんですが、感触が全然良くなさそうでしたので、結果が出る前に次の企業応募の準備をと思いまして……」

「はは……準備が宜しいことで」


 光希は苦笑いをしつつも、声を出し、笑って流す。


「でも、今って四月の上旬でしょ? タイミング的に求人って出てるものなの?」


 疑問に思った咲が、女の子に質問をする。


「えっと……数は確かにどっと減っていますが、一応は中途向けに求人があるようです」

「へぇ〜意外とあるものなのね。今は新卒の研修とかで忙しい時期だっていうのに」


 咲は、感心するように言う。


「えっと……咲さん。四月の上旬にも関わらず、ずっと人を募集するっていうことは、つまり――」


 光希が咲に耳打ちをして言う。


「ああ……◆〇#▲なブラック企業が求人を出しているのねっ!」


 咲は、喉に引っかかった小骨が取れたように、スッキリとした表情で言う。


「あっ、えっと、その……」


 そして、そんな咲の突然の言葉に、女の子は驚いて言葉を詰まらせる。


「咲ちゃんっ! 飲食店で下品な言葉を使わないでっ!」


 進も、咲の言葉にあわてた様子で叫ぶ。


「なんでよ。ブラック企業はブラック企業でしょ? 生ゴミみたいな※〇×▲野郎共が人類の生き方を否定して、寿命を削りながら、しょうもない仕事をしているって噂の――」

「咲ちゃんっ! 放送禁止用語が混じっていて、あと色々と妄想が入り乱れてるっ!」

「えぇ、そう? うちの会社の若い女の子たちは、みんなそんな感じでブラック企業を見下しているわよ」


 叫ぶ進には全く目もくれず、咲は淡々たんたんと答える。


「ま、まあまあ二人共……今はブラック企業がどうとかという話は置いてください」


 そんな二人に対し、光希が仲裁ちゅうさいを入れる。

 このままだと、咲がブラック企業中傷トークで時間が奪われてしまうと判断した為だ。


「ただまあ、咲さんが言っていることもあながち間違っているわけではなくて、若手をこの時期に欲しがる企業っていうのは、色々と曰く付きみたいな例は多々あって、待てるなら五月とか六月とかにした方がいいんだけど、ちなみに生活費とかって……?」


 光希が少し遠慮したような言葉遣いで、女の子に訊く。


「えっと……そうですね。ちょっと苦しかったりします。はは……」


 女の子も、目線をそらし、苦笑いをしながら答える。


「そっか……なら、どこかしらは次の仕事を早めに決めなくちゃいけないね」

「はい、そうですね」


 光希は、女の子に優しく声をかけて言う。


「……実のところ、面接とか全然うまくいかないし、他の企業から連絡が全然来ないし、挙句には将来とかどうしようって思い込んでしまいまして、結構悩んでいたんです」

「成る程……それは、随分と大変だったんだね……」


 落ち込む様子を見て、光希は本当に苦労していたんだろうなぁ……と、感じ取る。


「でも、そんなときに皆さんが声をかけてくれたのは、私にとっては救世主達が手を差し伸べてくれたような気持ちでした。ちょっと最初の出会いが特殊でしたけど……」


 女の子は、笑いながら三人の顔をそれぞれ見ながら言う。


「そっか……なら、ちょっと最初の出会いは失敗したと俺も感じているけど、結果オーライって言うことだね」

「ふふ……そうかもしれないです」


 しみじみとした表情で、目を細めて女の子は思いふける。


「しかしまあ、結果的に良い形で受けともらえて安心したよ。このままだと、変なノリと勢いで漫才しながら突っかかってくる集団って思われるんじゃないかなって心配していたからさ……」


 光希が安堵して言う。


「ふふ……私のために、わざわざ奇行的行動に走る演技をしてくれたんですよね?」

「「「えっ……!?」」」


 三人が女の子の発言を聞き、硬直する。


「劇団員の人達じゃないかなってくらい、ボケとツッコミの流れが出来上がっていましたよね? 皆さん、そういう仕事もされているんですか?」

「「「…………」」」


 三人は目線を下に落とし、黙り込んでいる。


「(言えない……俺には言えない……! アレが、日常的な姿だなんて……!)」

「(俺が咲ちゃんにあんな扱いをされているなんて……!)」

「(いつもの営業スタイルが演技と扱われて恥ずかしいだなんて……)」


「「「(絶対に言えない……!)」」」


「……?」


 汗を流しながら床を見る三人を見て、女の子は頭に『?』を浮かべている。

 その姿に、発言についての疑問や罪悪感は一切抱いていないようだった。

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