第22話:これから仕事だというのに……
四月十九日 九時二十一分 楓の部屋
「ははは……笑える!」
「もう、そんなに笑わないでよ……」
光希は、楓がなぜあのような言動に行き着いたのかという説明を聞くと、一瞬の迷いもなくプッと息を吐き出し、大爆笑をした。
「いやぁ、悪い悪い。まさか、俺が行き倒れている前提で、何処の病院に連れて行かれたのかタウンワークで調べていたなんて……はははっ!」
笑いの涙を流しながら、楓のベッドを叩いている光希。
「……だって『満員電車大嫌い病』なんでしょ? 程度を知らなきゃ心配の度を越す場合だってあるよ」
楓は拗ねた表情で光希に言う。
「はは……そりゃあ、確かに俺は電車死ぬほど苦手だけど、場合によっては回避する選択肢だって使うよ」
「でも……光希くん、ケチなんでしょ?」
「ああ、ケチだよ」
光希は、楓の言葉に迷いなく答える。
「タクシーなんて高価な乗り物に乗っちゃうなんて、財布が許しても光希くんの脳内会議議長が許すわけが無いじゃん!」
楓は光希をびしっと指差して、光希の発言に異議申し立てをする。
「確かに、タクシーは貴族が乗る乗り物だっ! 俺のような愚民が普段から乗るべきものではなぁいっ! だが、だがな……楓よ、コレを見ろっ……!」
叫ぶ光希は、楓にスマートフォンの画面を差し出す。
「えっ……スマホに何が……って、うっ……こ、これは……」
楓は、光希が見せてきた画像を言われるがままに見てみる。
そして、その内容を見て、楓は驚愕した。
光希のスマートフォンに映し出されているのは、SNSで投稿されたとある一枚の画像。
その画像には、人身事故による影響で、電車内や駅のホームに人だかりが出来ている様子が映し出されていた。
電車の中には溢れんばかりの人が詰め込まれており、ホームには次の電車はまだだろうかと待ちわびている人達の行列がずらりと出来ている。
どの人の表情を見ても、皆が苦痛に耐える表情をしており、いかに大変な状況であるかというのがひと目で分かる。
「……念のため聞くけど、この画像を見ても、俺が乗ると思うか?」
光希は改めて楓に質問をする。
すると――
「無に等しいわね」
そう迷いなく楓は答えた。
楓もお金があるならば、自分もきっとタクシーに乗るという選択肢を迷わず選んでいただろうと心の中で感じている。
「……とまあ、そんな事情でタクシーに乗ったけど、俺と同じようにタクシーに乗る人がいた影響で、道路に渋滞が発生しちゃってな……予定よりも少し遅れてしまったというのが、今回の経緯だ」
「成る程、それはそれで大変だったんだね……」
「まあ、待っている間はずっと寝ていたから、そこまで大変じゃなかったけどな」
笑いながら光希は言う。
「それよりも楓、その格好は一体何だ……?」
「えっ……何って?」
「格好だよ、格好」
「格好って、スーツのこと……?」
「ああ、なんでそんな格好をしているのか疑問に思ってな……」
光希は、楓の身に纏うスーツを指差しながら言う。
「なんでって……そりゃあこれから菊池さんのところの現場に働きに行くんだもん。スーツを着るのは当然でしょう?」
楓は言うが――
「いやいや楓。ゲーム会社は基本的に『私服勤務』だぞ。スーツなんて着ていったら、周りから変な目で見られちゃうぞ」
「えっ……ゲーム会社って私服OKな場所なの!?」
楓は驚いたように、光希に訊く。
「そりゃあもちろん。ものを作るのに集中できるようにって、どこの会社も私服で働くことを推奨しているよ。もちろん、ディレクターとかプロデューサークラスもね」
「へぇ……知らなかった。ゲーム会社って、自由なんだね」
「ああ、毎日ラフな格好で働けるからな。本当に楽」
光希は、楓の言葉に賛同するように答える。
「じゃあ、光希くんの休日感溢れるヨレヨレの服の組み合わせっていうのも、働きやすい格好であることを重視したコーディネートなんだね」
「きゅ、休日感溢れるって……そんなにひどいのか……?」
「えっと……家にいる分には全然問題ないだろうけど、どこか遊びに行く時にその格好だと一緒にいたくないなぁ……って感じ?」
「……な、成る程。それは確かにひどいんだなっていうのが伝わってくる」
光希は、長年愛用してきた穴の空いたパーカーと、ナチュラルダメージで穴が沢山開いているデニムを見て苦笑いをする。
「そうしたら、私も私服で出勤しなきゃいけないっていうことになるだろうから、着替えをしなくてはいけないね」
「ああ、そうだな」
楓の言葉に光希は肯定する。
「それじゃあ、ちょっとお着替えをするから――」
「はい。着替え終わるまで、ここで待っていれば宜しいんですね?」
光希は、今できる最高のイケメンフェイスで楓に言う。
「……あのね、目潰しをして、光希くんの視界を遮っても良いのであれば別に良いけど……どうする?」
楓が笑顔のままに、左手の拳をグーにして光希に見せつける。
右手は指をゴキゴキを鳴らしながら、拳に力を溜め込んでいる。
「うーん。僕は部屋の外で待っていることにするよ―! 何か一瞬、命の危機を感じてしまったからねー♪」
光希も表情は崩してはいないものの、額からは隠しきれない程の大量の汗が滝のように吹き出しながら、撤退の意思を伝える。
「よろしい。そうしたら、すぐに着替えるからちょっと待っててね」
「は、はひっ……」
楓は手に力を溜める動作を中断すると、いつもの笑顔で光希に部屋から出るよう、お願いをする。
先程まで存在していた光希に対する
「(基本的、ほんわかキャラだと思ったけど、ケースによっては命の危機を感じてしまキャラに変貌するとは、さすがの俺も予想外だった……)」
女性は見た目でわからないものだなぁ……と、光希は痛感しつつ、楓の指示通りに部屋の外へと出ていった。
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