第23話:さあ、出掛けよう
五分後――
「光希くん、お待たせー。もう入ってもいいよー!」
「おっけー、分かった」
楓の指示で部屋の廊下で待っていた光希は、立ち入り禁止とされていた楓の部屋への入場が許可される。
その言葉に従い、光希は楓の部屋の扉をゆっくりと開ける。
そこには――
「えっ……?」
「えへへ……ど、どうかな……? 私の着慣れたいつもの『私服』を着てみたんだけど……」
少し照れた表情をしながら『
その姿を見た光希は――
「…………」
絶句して、言葉を発せられずにいた。
「私、普段絵を描く時は、このジャージを着て作業をしているんだー。何というか、実家のような安心感があるっていうか、故郷の香りがして、すごく安心するんだよね」
くるりと一回転をして、女性としての魅力が全く無い衣服を光希に見せつける楓。
袖の部分のよれよれな生地を鼻に当て、すぅぅぅぅと深呼吸をすると、楓は安心したように『はぁ〜』と故郷の香りを満喫する。
「これで毎日仕事ができるなら、私も相当集中できると思うよ〜。いやーまさか、この普段着で仕事ができるなんて思いもしなかったよー」
楓は笑顔で言う。
しかし――
「楓――」
「ん、なあに?」
黙っていた光希が小さく口を開ける。
くるくると回転しながら、ジャージ姿を見せる楓に対し、光希は――
「アウトォ……! ア〜〜〜アウトォ!」
と、強く叫んで、中学校のジャージ姿の楓にアウト宣言をした。
………
……
…
そして、更に十分後――
「おまたせー。また着替え終わったよー」
「……今度は大丈夫だろうな」
扉の外で再び待っていた光希は、また奇天烈な衣装を身に纏っていないだろうかと不安を心の片隅に抱きつつも、今度はまともな服を着ていることを期待して、ゆっくりと楓の部屋の扉を開ける。
ガチャ……
光希が扉を開けたその先では、楓が私服姿で立っていた。
ピンク色の薄手のカーディガンに、袖が七分丈のワンピース、細身のデニムを履いて、耳には小さなピアスをしている、今度は普通の私服を着た楓。
「どう? 普段外出をしているときと同じようなコーディネートにしてみたけれど」
楓は光希に一回転して、自らの私服を見せて問う。
「ああ、良いんじゃないかな。派手すぎず、地味すぎず、それでいてある程度ラフな格好という本来の目的に準拠している格好で」
「本当? 良かったぁ……」
楓は安堵した表情で喜んでいる。
そんな楓のはしゃぐ姿に、光希は一瞬ドキッとする。
「……ん? どうしたの、光希くん」
「な、なんでもねえよ……!」
「ふーん……?」
光希は顔をそらして楓に表情が見られないようにしながら言う。
「そ、それより、さっきはびっくりしたよ。いきなり中学校の古臭いジャージを着て登場するんだもん」
「だ、だって……光希くん。働きやすい格好でって言っていたから、普段のありのままの私でいいのかなって思って、あのジャージに着替えたんだよ!」
楓は焦ったように言う。
「ま、まあ……リラックスできるに越したことはないだろうけど、会社には交通機関を使って移動をするんだから、人様に見られても恥ずかしくないというルールだけは忘れないでくれよ」
「はーい、分かったよ」
楓はベッドの上に脱ぎ捨てた中学校ジャージを残念そうに見ながら、光希の言葉に返事をする。
「さて、楓の身なりもキチンと整えたことだし――」
「ようやく出勤をするんだねっ……!」
楓は嬉しそうに言うが――
「いや、会社の近くにある喫茶店へ行こうと思ってね」
「え、あっ……そうなの?」
予想外の光希の言葉に、思わずずっこける楓。
「楓、時間を見てみろ。針はどこを差している?」
「時間……? ちょっと待って」
楓は、左腕につけている腕時計の時間を確認する。
「九時五十分を差しているね」
楓は光希にそう答える。
「……実はな、菊池さんが楓が現場入りする前に、別の場所で先に合って話してみたいっていう要望を出してきてな……」
「菊池さんが……?」
「ああ。先に色々と直接訊きたいことがあるって、さっき俺宛にメールが届いてな」
光希はそう言って、菊池から届いたメールを楓に見せる。
そこには、こう書かれていた。
件名:今日さー
本文:
光希ー、ちょべりぐしてるー?
今日さー悪いんだけど―、楓ちゃんさー、会社へ来る前に、先に合っておこっかな―て思っててー。ほら、楓ちゃんの事を色々と教えてもらってー、すぐにでも皆とフレンズになれれば最高ぢゃん? んだから、ライフの近くにある『タスヴァ』の喫茶店で話をするから、光希連れてきねー! ばいびー! 〜尾張の国〜
………
……
…
「…………」
「……えっと、楓。見た?」
「……そ、その……うん。一応は……」
楓は苦笑いしながら言う。
「その……ちょっと特殊な文章かもしれないけど、お会いしましょうっていうのは真面目な内容ではあるから」
光希も「あはは……」と空笑いをしながら、スマートフォンの表示を閉じる。
楓も、どう反応したものかというのを迷った上で、結局は空笑いで光希に返すしかなかった。
「というわけで、これから下で待たせているタクシーに乗って、菊池さんのところに行くから、楓――」
「えっと、何?」
「……強く、生きろよ」
光希は楓の両肩を叩いてそう言うと、そのまま目線を合わさずに、玄関の方へと歩いていった。
「み、光希くんっ……! 今の意味深な言葉はどういう意味っ!? これから私、どんな目に合うのっ!?」
スタスタと早歩きで進んでいく光希を追いかけながら、楓は消化不良のままに光希の背中を追って走る。
その時、楓はまだ知らなかった。
ゲーム業界という闇を――
菊池という……独特の、アレを――
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