第3章:楓はライフプログラムワークスに行く模様です

第21話:今日からお仕事へ

 四月十九日 九時十分 楓の部屋


 菊池から採用の連絡をもらってから、十日経過した。

 今日から楓は菊池のプロジェクトに参加することになっており、現在は出勤の準備を行っている最中だ。


「財布よし……定期よし……ハンカチよし……うん、バッチリ!」


 楓は準備した荷物の確認をして、忘れ物がないことを確認する。


「それにしても……この時間に出勤しなくて大丈夫っていうのが何だか新鮮だなぁ……いつもだったら、むしろ会社に到着している時間なのに……」


 楓は左手に付けた腕時計を確認し、短い針が九の位置を差している時間帯に家にいることへ違和感を感じている。

 窓の外を見ても、もう出勤をしている人など殆どおらず、見たこともない光景に新鮮味を感じながらも、妙な不安を感じている楓。


「光希くん遅いなぁ……九時に迎えに来てくれるって約束をしたのに」


 楓は心配した表情で言う。

 

 今日は楓がフリーランスとして初めてプロジェクトに参加する日の為なので、一緒について行くと光希が申し出たのだ。

 色々と初めてを体験することになる楓にとっては、光希の厚意はとてもありがたいものであり、安心した気持ちで今日も朝の準備をしていたのだが――


「……いくら面倒くさがり屋って行っても、流石に遅れる場合には連絡くらいくれると思うんだけど」


 楓は自らのスマートフォンを開き、SNSで連絡が来ていないかを確認するも、光希からの最新の連絡が届いていないことを確認して、また小さなため息をついた。


「まだ時間があるから良いけど、このまま来なかったら――」


 楓は、光希が居ない状況で新しい会社へと向かう自分を想像する。


 ――慣れない業界

 ――慣れない価値観

 ――慣れない仕事


 ――そして『新しい』ということへの恐怖心


「…………っ!」


 様々な思想を巡らせた楓は、あまりにもネガティブ思考に走り込んだせいで、思わず武者震いをしてしまった。


「み、光希くん……お、遅いなぁ……もしかして、日が空いちゃったから、私の住んでいる部屋の場所を忘れちゃったのかな?」


 楓はスマートフォンをギュッと握りしめながら、手汗を流している。


「……満員電車が大の苦手って言っていたし、九時台の電車のラッシュに巻き込まれて駅のホームで行き倒れしていたりして」


 冗談のように、楓は言うが――


「まさか、そんなギャグアニメみたいな展開……うん……えっと、ね?」


 次第に顔を青くして、本当に行き倒れている可能性を否定できない楓がいる。


「えっ……まさか本当に行き倒れ……?」


 そして、光希が遅れているという事実から、可能性という想定が、確信であると信じ込んでしまい……


「え、えっと……この付近で行き倒れた場合って、どこの病院に連れて行かれるの……っていうか、電車乗ってたら管轄かんかつの病院が各駅ごとに変わるから、どこで行き倒れたのか調べなきゃいけないし……」


 もはや、不安の影響で楓は迷走モードへと突入している。

 あれやこれやと様々なネガティブ要素を思いついては、どうしよう……どうしようという言葉を呟いている。


 もわもわと紫色のどんよりとしたネガティブオーラは、他人から見たら、もはや近づき難いものへと変貌している。

 と、そこに――


 ガチャ……

 楓がネガティブオーラを放っている最中に、家の扉がゆっくりと開き――


「ちーっす楓。遅れてごめ~ん。電車が満員でデストロイだったから、今日は奮発してタクシー乗ったら渋滞で遅れちゃった〜★」


 と、ピースサインを右目に当てて、遅れたことをノリと勢いで誤魔化そうとする光希が現れた。


「どうしよう……どうしよう……どうしよう……どうしよう……」

「えっ……何これ? 楓が株の大暴落の被害にあった人みたいな絶望的な表情とオーラを放っているんだけど」


 楓がこのような状態になった経緯を知らない光希は、ただ、楓にどのように声をかければよいか分からないままでいた。


 ………

 ……

 …

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