第9話:改めまして……

十二時五十分 喫茶店 鈴蘭の里


「突然ごめんなさいね。イヤホン外しちゃって」

「えっと……は、はぁ……」


 女の子は不思議そうな表情をしながら咲を見る。


「リクルートスーツを着ていて、容姿的に就活生さんかなーと思って――もし宜しければ、そこの若い子が就活得意だから、ちょっとサポート出来ないかと思って、声をかけてみたの」


 そう言って、咲は光希を指差す。


「は、はぁ……」


 女の子はぽかんとした表情をしている。

 至極当然の反応。

 しかし、営業職をしている咲にとっては、ひたすら前進しながら人と仲良くなっていくという方法は、よく使う戦法であり、特別なことではない。


「さあ、光希くん。一番最初のご挨拶は無事に完了したから、今度はあなたがこの子にアドバイスをして、あげてっ! ねっ?」


 咲はそう言うと、光希の背中を強引に押しながら、女の子の方へと誘導する。


「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ。この流れで相談と言っても、俺この人の名前も、何をしている人かも、そもそもも就活生なのかどうかも知らないんですよ」


「なら、訊けば良いじゃない。人と会話をするきっかけなんて、自分と相手とが理解し合うところから始まるのよっ!」

「ちょ、ちょ……咲さんっ! そんなに強引に押さないでっ……くださいっ……てば! 痛いですって!」


 強引に背中を押される光希が、咲に叫ぶように問いかけると――


「そう? じゃあやめるわね」

「えっ……?」


 ――咲は、力強く押していた腕の力を急激に弱め、パッと光希の背中から手を離した。


「うぉあっ……ぶへしっ……!」


 押される力が急激に無くなり、抗う勢いが行く先を失った影響で、光希の体は一回転して宙を舞い、その身は本革のロングソファへと豪快にダイブする形となった。


「うぉっ……来たばかりの新品ソファがぁっ……!」


 光希を受け止めたソファが『どすぅんっ!』という騒音で悲鳴を上げると、進は頭を両手で抱えて絶叫する。


「良いじゃないの。どうせ借り物なんだから……仮にソファが壊れたって、進ちゃんのハーレーのパーツを四つくらい売りに出せば弁償できるし」

「地味に高いじゃねえかぁぁぁよぉぉぉぉぉい!」

「本革だからね♪」


 咲は笑顔のままに話す。

 光希はソファにダイブして、進は絶叫、咲はそんな状況でも笑顔で冷静に話をする。

 この空間にいる人達が、混沌の呪いに囚われたように奇行に走る残念な状況であるにも関わらず――


「ふふふ……なんかコントを見ているみたいで面白いです」

「「えっ!」」


 女の子は、この惨状を見て、小さく笑ったのだ。

 そして予想外の反応に、光希と進は女の子の表情を見て驚いた。


「えっ……何というかさ、混沌すぎて、意味不明じゃなかった?」


 光希は気になり、女の子に事情を訊く。


「ふふ……確かにとてもカオスでしたけど、久々に面白い物を見ちゃったせいか、つい笑っちゃいまして……」


 女の子は、吹き出すのを我慢しながら光希に言う。

 そんな驚いている光希の後ろから、咲は肩を叩く。

 気づいて振り向いた光希に対し、咲は――


「ほ、ほら……心を開いてくれたでしょ? 私の心理学的な誘導的なメンタルサポート的なおかげでしょ?」

 と、目線をそらしながら言う。


「「…………」」


 光希と進は心の中で『絶対嘘だな』と強く悟っている。


「えっ……あっ、そうだったんですか。気づきませんでした」


 しかし女の子は、その言葉に疑いをかけることなく納得するような表情をしている。


「「…………」」


 光希と進は『お前もせめて嘘だと気づけよぉっ!』と、強く、とても強く心の中で熱弁している。

 そんな二人の冷めた視線を咲も気づいていたようだが、今更引く訳にはいかないと、鋼の精神で嘘を貫き、そのまま女の子と会話を続ける。


「さて、話を元に戻そうと思うんだけど――」

「あ、はい。私が就活生かっていうことですか?」


 女の子は、咲の質問を思い出すように言う。


「そうそう、その話。新卒の就活って何かと初めてのことばかりで、色々と苦労を重ねていると思うから、社会人歴が長い私達が、色々とフォローできないかなって思ってて」

「ああ……そうだったんですか」


 女の子は納得したような表情をする。

 しかし――

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