第35話:深夜の会社では
四月二十七日 午前一時半
ライフプログラムワークスには、現在、人が残っていない。
一時間に一階の
明かりも全て消灯となっており、唯一の明かりは光希と楓がいる会議室Aだけだ。
そんな会議室の中では――
「…………」
「じー……カキカキ」
「…………」
「じー…………カキカキ」
楓が、光希の仕事ぶりを監視するように、正面に座っていた。
光希はノートパソコンで菊池に依頼されたシナリオを執筆しており、楓の視線に脂汗をかきながらも、せっせせっせと入力を進めている。
「……ねえ、楓さん?」
「……なに、光希くん?」
作業をし続けている光希が、楓に声をかける。
「その……ずっと監視しているのって、疲れない?」
「ううん、疲れない。監視もしているけど、絵の練習も
そう言う楓のテーブルには業務用のノートパソコンが置かれており、楓はペンタブを繋ぎ、絵の練習をしている。
絵を書きつつも、光希の体勢がだらけてきていそうだと判断したら、パッと視線を光希に向けて、真面目に仕事をしていることを確認すると、また視線をパソコンに戻すという方法だ。
「さすがにこの時間だと、もう寝る時間だから、眠かったら仮眠室に行ったらどうだ?」
「ううん大丈夫。私、絵を描いている時は、朝まで作業してて苦じゃないから」
光希の言葉に対し、楓はパソコンに視線を向けたまま言う。
「明日……というか、今日の仕事はどうするんだ? 寝なきゃ仕事にならんだろ?」
「それは大丈夫。菊池さんに、十四時から六時間だけ働くって言っておいたから」
「そりゃまあ……ずいぶんとフリーランス慣れしたもので……」
光希は肩を竦めて言う。
そんな集中している楓に対し、光希は――
「一応さ、俺の面倒くさがり屋のせいで、楓を残してしまったことには責任を強く感じているから、今回は菊池さんに納得してもらえるように頑張るつもりだよ――だから、そんなに無理をしなくても……」
と、楓を心配するように言う。
「ううん、いいの。私が勝手に決めたことだし、それに――」
「それに――?」
楓が光希の表情を見て、
「人気がない環境で、仕事をするっていうことに、すごく今興奮しているからっ!」
と、両手を振りながら光希に言う。
「そりゃ……お楽しみなら、ようござんした」
「うん、楽しんでいるよ。だから、光希くんは気にしないで!」
心配する光希の予想とは相反し、楓は徹夜という行為自体を楽しんでいることを知ると、光希は気が抜けた様子で「はぁ……」と返事をした。
「まあ……俺も最初の頃は、ゲーム会社で徹夜するっていう行為に興奮したのを覚えているよ」
「えっ……そうなの!? 光希くんも、やっぱり楽しかったんだ!?」
楓はテーブルの上を前のめりに乗り出して、光希に訊く。
「そりゃあ……自分が作った作品が出るんだぜ。夜に一人で作業するシチュエーションなんて来りゃあ、印象に残るさ」
光希は思い返して言う。
「ちなみに今は、どんな気持ち?」
「今……? 今は、昔ほどじゃないよ。テンションによっては夜中に働いてもいいかなっていう、寝る以外の選択肢も増えたってくらい」
「ふーん、寝る以外かぁ……」
時間の価値観の違いだろうか、と楓は思う。
その後は、二人は三十分程沈黙をして、光希はキーボードをカチャカチャと、楓は静かにペンタブを操作して、各々の作業に没頭した。
そして――
「んん〜、はぁ……! もう二時かぁ……! どうりで眠くなるわけだよね〜!」
楓は時計を見て、短い針が二の位置を差していることを確認すると、両腕をぐぃ〜っと伸ばし、肩のコリをほぐす。
と同時に、ふわぁ〜と大きなあくびをつくと、出てきた涙を両手で拭う。
「楓、眠いならさっさと寝たらどうだ? 無理な夜更かしは体に毒だぞ」
「うーん……確かに眠たいけど、もう少しだけ頑張りたいなぁ……」
光希の言葉に、ぼんやりとした反応で返す楓。
すると、光希が席を突然立ち上がり、
「よし、コーヒーでも淹れるか……」
と言い、寝ぼけた楓の右腕を引っ張る。
「んー……何ぃ?」
「座っているから眠くなるんだよ。部屋の外に出て、身体を伸ばしたらどうだ?」
光希は言うと、よたよた歩きの楓の腕を引っ張りながら会議室の外へと連れ出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます