9-3
「あ~・・・・・・・・・、面倒くせぇ・・・・・・。」
連人は試料を入れてあるビーカーの中身をかき混ぜるために入れてあるガラス棒を回しながらそんなことを呟き、
その連人の言葉に同意をする様に講義を選択した周りにいた数名の学生が、
頷きを返す。
化学実験、
講義の内容としては至ってシンプル、
高校生活の授業で取り扱われた実験を繰り返す、
ただそれだけである。
だが、
高校の授業と違う点があるとすれば、
化学薬品を使う際に起こるであろう事態に備えて、
身体の接点を減らすために厚手の、
といっても購買で買えてしまう位の低価格の作業服と、
防眼ゴーグルを付けなければいけないという点だろうか。
その部分が高校の授業とは違う点なのだが、
高校で行なわれる実験と違って、
時間が掛かるのが難点だと言えた。
となると、高校で行なわれた化学等で行なわれた実験はかなり容易だったと言えるだろう。
まぁ、一授業が50分と対比した場合、
大学の一授業は二時限の100分なのだから当たり前だといえるのだが。
それにしても、
「面倒くせぇ・・・・・・・・。」
面倒なことには変わりない。
面倒、面倒と呟く連人の背に、
「おい、手束。」
と声が掛かる。
後ろを見る様に首だけで背後を振り向き、
「・・・・・・・あっ?」
確認する。
すると、
「そこまで面倒だったら、変わろうか?」
そう勧められる。
勧められれば断ることはかえって迷惑となると感じ、
連人はその言葉に、
「あぁ、そうか?それじゃ、頼むわ。」
甘えることにして身体を横に退けた。
よっし、任せとけ、と意気込むように生徒が代役を引き受けてくれた。
しかし、退いたところでやることは残っているわけで、
「あぁ~・・・・・・、なんでいちいち記録しなきゃなんねぇんだよ・・・・、面倒くせぇな、おい。」
白紙部分が残っている記録用のノートに文句を呟きながら、
今までの記録を紙に書いていく。
書いていきながら、
ふと連人は考える。
今こうして平和を謳歌して授業に取り組むことが出来るのは、
日本が戦争もない平和な国だからこそ取り組めて、
ここ最近近場で起こっている戦闘に興味を持たない人達がいるかげで出来ていることでしかない。
戦争も、
戦闘も、
国内で起こるはずがない、と、
そう思っている多くの人間たちがいるからだ。
だが、と、
連人は逆を考える。
平和を謳歌しているのは戦えない人間ではなく、
戦う気がない人間であり、
その人間を守るために自衛隊がいる。
そして、自分はそういった人たちの為に戦っているのだ、と。
そう考えて、
・・・・・・・・いや。
結論付けようとして、
ノートを書く手を無意識で止めた。
連人が戦うのは誰かのためではなく、
平和の日本を守るためにという、
その為に戦っていたはずだ。
故に、この世界の住人ではない愛に、
力が欲しい、と。
そう願ったのではなかったか。
どうだったかな、と連人は首を捻る。
だが、その答えは出てくることはなく、
疑問のみが浮かんでくる。
何のためか・・・・・・・、
何のために力を欲し、
何のために戦うのか。
身体を後ろに反らし、
天上を見上げる。
何のためか・・・・・・・、
それは勿論、戦うためだ。
それでは、と、
自身の中で何者かの声が問うた。
何のためにお前は力を欲したのか、と。
その言葉に、
・・・・・・・・誰かを守るために、だろうが。
と反論しようとして、
言葉を飲み込む。
戦うため・・・・・・・・?
では、何故、
何故、自衛隊がいる・・・・?
何故、おまえはここにいる・・・・・・・?
何故、お前は自衛隊ではなく大学に通い平和を謳歌している・・・・・・・?
その言葉に反論しようとして、
・・・・・・・・・・・・・。
何も言葉が出なかった。
守るために欲して、
戦いを望んだ力だというのに、
自分はそれを望んでいない。
守るためでも、
誰かの為に使うためではない、力。
それが何を意味するのか、
それを思考するが、
連人の思考を遮る様に誰かの笑い声が聞こえる。
それは、
お前は何かを、誰かを守りたいんじゃない、
お前は壊したいんだ。
というモノで、
「・・・・・・・・なわけあるかっ!!!」
思わず怒鳴りながら机を叩いていた。
突如として声を上げて机を叩いた連人に向けて、
実験室にいたすべての視線が向けられる。
全ての声が切れたことに連人は疑問して顔を上げ、
そこにいたすべての視線が自分を向いていることを自覚すると、
「あ~・・・・・・・、五月蠅くしてすみません。」
頭を下げながら、そう言った。
そう言った連人の言葉を訝しげに向けられる視線があったが四散したのを確認し、
いそいそと自分の教科書とノートを片付け始める。
連人の様子を怪しんだ教員が声を掛けてくる。
「手束君。まだ授業は終わっていませんよ?」
「あっはい。分かってます。」
ですけど、
「ちょっと体調が・・・・・・・、ははは、あんまりよくないみたいで。」
腹を手で押さえながら教員に連人はそう言った。
授業を早退するには演技が過ぎたか、
あるいは少し古典的だったか、と後悔し始める連人だったが、
「・・・・・・、分かりました。でも、ここまでの記録は取ってますよね?」
教員は先程の連人が取った行動から納得がいったのか、
そう言った。
その言葉を聞いて、
「あっはい。えっと・・・・・・・、記録はこっちの方に・・・・・・、あっ、あった。えっと、これでいいですか?」
と言いながら、片付けたノートの今日の分を教員に見せた。
教員はそれで納得したのか大まかに目を通すと、
「・・・・・・、えぇ。えぇ、いいでしょう。記録の方、良く取れてますね。今日は早退としたいところですが、」
えぇ、
「授業には出席したということで出席点をつけておきましょう。」
「えっ?」
こんなんでいいの?
そう疑問の声を上げる連人に教員は人差し指を上げて、
ニヤリと口元を歪めながら応えた。
「ですが、今回だけです。次はないですからね、手束君。分かってますね?」
「は、はい。ありがとうございます!」
そう言った教員に頭を下げながら、
連人は急いで教室を後にする。
その背の後ろで、
「はいはいはい!!ぼさっとしてない!!授業は終わってませんよ!!」
手を叩く音と、
教員の声が聞こえた。
その事に申し訳なさを感じながら、
自身の中にいる誰かに怒鳴った。
・・・・・・・・お前のせいでえらい目に遭ったぞ!!どうしてくれんだ!!
その怒りに対し、
誰かは笑い声で応えた。
お前のせい?あぁ、俺のせいかもしれんわな。
でもな?元はと言えば・・・・・・・、
声が途切れた。
顔を前に向ける。
向けた所には外の様子が見えるガラス窓があり、
連人の背後で連人に姿が似た誰かが自身の肩に手を掛けていた。
お前のせいなんだぜ?
「俺の・・・・・・、せい・・・・・・・?」
ああ、そうだとも。
お前は守りたいんじゃない。壊したいんだ。
そう思っていながら、誰かを守ろうとか都合のいいことぼやきやがる。
挙句の果てにはその力に酔って『正義のヒーロー』を気取ってるときたもんだ。
壊す力で誰かを守る?ハッ、
逆だろ?
お前は、この世界を守りたいんじゃない、
壊したいのさ。
「ざけんなっ!!」
振り解きながら振り返り、
反論する。
「壊したいから?バカ言うなよ、お前。それだったら、愛が何も言わないはずはないだろ!!だって、あいつは、」
あいつは、
「この世界を護りに来たんだぞ!!そんな奴が壊したいと思ってる奴に力を貸すか!?貸さねぇだろ!?」
と連人は言い切る。
だが、声は笑い言った。
だがお前はあいつの
と言った声に連人は何も言えなかった。
何故ならば、
とすると、こいつは一種の脅迫だなぁ、おい。力をくれなきゃ、自分は力を貸さねぇぞってか。
おお、怖い怖い。
こんなヤツを主に持った彼女は可哀想だねぇ。
ということになる。
その言葉で連人は自覚する。
戦うために求めた力なのに、
それは結局、
何のために、使うモノなのか。
ああ、そうだよ、やっと分かったか。
お前は誰かを、何かを守りたいんじゃない。
この世界をぶっ壊したいのさ。
そう言って声は笑った。
その笑い声の向こうで、
何かが飛翔する音が聞こえた。
おい、見ろよ。
てめぇが壊したいと思ってるこの世界を、
護りに愛ちゃんが行くぜ・・・・・・・。
顔をぼんやりと、
上げる。
その顔には正気はなかった。
ただの絶望、
望みがないことを映し出された色が残っていた。
で、てめぇはどうするんだ、手束連人?
護りに行くのか、
それとも、
壊しに行くのか?
その言葉に、
ぼんやりと、
ぼんやりとした様子で応える。
「決まってるだろ。」
決まってる?何が?
彼の言葉に声が訊く。
その疑問に連人は口元を歪ませこう応えた。
「両方だ!!」
「世界は護るし、ぶっ壊す!!」
バカか、おめぇ?
正に矛盾としか言えない言葉に、
声は笑いながら問いかける。
それは誰がどう捉えようとも矛盾としか言えない。
だが、
連人は応える。
「俺が世界を壊す!!他人に世界は壊させねぇ!!」
そうだ、
自分が壊したいと願うのなら、
それはそれでいいのだ。
だが、
他人が壊すというのなら、
それは許さない。
それだけの話でしかない。
これは、
一見矛盾がない様に見えて、
矛盾しか見えてこない。
言うなれば、
無理や無茶、
そうとしか言えないことでしかないわけだが。
それが分かっているのだろう、
声は連人の言葉を嗤った。
ああ、そうかい。だったら、俺は特等席で見てるぜ。
お前が壊れてくその様子をな。
「ハッ。」
声に対して連人は鼻で強く笑った。
何故なら、
「壊れるまでは楽しんでな。」
ということであり、
それは、
「俺が全部、終わらせてやるから。」
と言葉を切る。
言い切るや否や連人は急ぎ足で、
愛のあとを追った。
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