9-2
等間隔で植えられた街路樹がある。
その樹の向こうには車が走っている。
この光景を当たり前とみるか、
それとも異常とみるべきか、
この世界の住人ではない少女には、
愛には分からない。
そう、
彼女はこの世界の住人ではなく、違う世界からやって来たのだ。
そう言った意味では、目の前を歩く青年がそうであろうと断言できる。
端からここにいて、
ここを知り尽くしているのだから。
たとえ、
たとえ、彼がこの日常を壊したがっていると思っていようとも、
彼にとってはこの日常は壊すべきモノではなく、
護りたいと、
大事にするべきモノだとしても、だ。
そうだ、
外側から見れば、彼は己に矛盾を抱えているのだ。
護りたいと思いながら、
壊したいと思っているのだから。
何故そう思うのか。
それは、
それは、彼が持っているモノに関係している。
何者か分からなくするために身体を鋼に覆われ、
仮面を付けた仮面の男。
その存在が語るのは自分の名前ではなく、
そういった自分の存在であり、
そういった自分の役目だ。
だが、
しかし、と愛は思う。
護りたいと思いながらも、
心の中では壊したいと願っている。
その心は、
何を意味しているのか。
・・・・・・・・分かりませんね。
分からないな、と愛は思う。
と思うのと同時に、
それでも、と感じることがある。
たとえ、
たとえ、矛盾していようとも、
この力は彼が欲し、
願ったものなのだ。
であれば、その力はたとえ矛盾していようが、
愛にとってはどうでもいいことだ。
そうだ、
・・・・・・・・・・そうです、ね。
そうだな、と愛は思う。
彼女にとって目の前を歩く男、
連人はこの世界に来てから出会った最初の男で、
名もない存在に名前という居場所をくれた男なのだ。
であれば、
・・・・・・・・・・私にとって、兄さんは大切なマスターで、
彼の背を見る。
一般男性にしては広く大きな背であった。
全てを背負うには小さく、
近くのモノを背負うには大きな、
そんな背を少女は見る。
・・・・・・・・・・・たった一人の大切な家族です。
ja、と小さく頷く。
そこには否定も、
拒否もなく、
一つの賛成と、
同意があった。
そうやって彼の背を見ながら歩いていると、
車道に大きめな荷物も積んだ迷彩柄の車両が走って、
先に去って行く姿が目に映る。
三台。
三台ともに荷台に積まれたモノを見て、
「・・・・・・・・あれ?なぁ、愛。さっきのアレって・・・・・・。」
「ja。恐らくは、兄さんが思った通りかと。陸上自衛隊・・・・・でしたっけ?」
「そうそう。『雷光』と『月光』な。『雷光』が第一世代機で、」
「ja。『月光』が第二世代機・・・・・・・、でしたっけ。」
「そうそう。なんだ、しっかり勉強してるじゃねぇか。」
目の前を歩く彼が背後を振り向き、そう訊いてきたので、
愛はその言葉に続く形で応える。
彼はそれが嬉しかったのか、笑いながら、
愛の頭に手を置いて撫でてくる。
そうしてもらうのは愛にとって恥ずかしいと思えたが、
同時に嬉しく思うことであった。
なので、
「j、ja。合っていた様で何よりです。」
嬉しさをあまり出さない様に、
控えめにそう応えておく。
そう応えるが疑問があるのも事実で、
「あ、あの、兄さん。」
訊くことにした。
そんな彼女の心情を気にしない様に連人は、
「あん?どうした、愛?」
そう返した。
当たり前に会話するように、
ただ普通に。
その為、
「ja。ふと疑問に思ったのですが、ご質問してもよろしいでしょうか?」
普通に言葉を続ける。
「陸自の駐屯地が近いから、というのは分かるのですが、確か、近くには米軍の基地もありますよね?」
「近く?」
「ja。・・・・・・と言いましても、東京湾を挟んでの神奈川県ですけど。」
「・・・・・・・・・もしかして、なんだけど、さ。」
「ja。なんでしょう?」
「ああ。お前、それ、米海軍の基地のこと言ってね?」
そう言った彼の言葉に首を捻りつつ、
「海軍?」
愛は疑問の言葉を口にする。
そして、続けた。
「それは、陸とは違うので?」
「全、然。お前、全然違うからな?」
いいか?
「いいか、愛?アメさんの基地は海軍だけだ。陸軍の基地は、日本の何処を見てもないからな?そこを覚えとけよ?」
「ja。・・・・・・・ですが、軍は軍でしょう?」
「いや、そうだけどさ。」
いいか?
「いいか、愛?海外で言う『パワード・アーマー』、日本の『特式機甲』ってのはな、全然違うんだよ。」
「・・・・・・・?違うので?」
「ああ、違うとも。」
いいか?
「いいか、愛?アメさんとこで作ったもんはまず重すぎて動かねぇ。そのせいで使い物にならねぇんだ。」
「・・・・・・・・・・、動かない?」
「重すぎてな。」
だから、
「だから、付いたあだ名が『頑丈過ぎるパイロット殺しの棺桶』って言われてるらしいぜ?」
ま、おかげでアメさん、軽くトラウマになってるみたいだがな、
と言葉を続ける。
その言葉を聞いた愛だが、
疑問は消えることはなく、
「であれば。」
だとすれば、
「だとすれば、兄さん。海上から、という手もあるのではないのでしょうか?」
「は?海上だって?」
「ja。」
つまり、
「つまり、良いですか、兄さん。陸がダメなら海上、つまりは航空戦力という手段が考えられるのではないでしょうか?」
そう言った愛の言葉に、
「バカなこと言うな、愛。」
連人は否定するように続ける。
「いくら何でも航空戦力で、ってお前、戦闘機飛ばしてどうすんだって話だよ。ん~?」
いいか、
「いいか、愛。下手に戦闘機なり爆撃機でも飛ばしてみろ。こっちは航空戦力も限られた量しかねぇんだ。」
それなのに、
「それなのに、航空戦力をありったけ投入ってなってみろ。端から見りゃ戦争も何もないとこに戦争の火をわざわざ点けに行くようなもんだぞ?」
と返して来る。
なので、
「ですが、この日本では、今まさに戦闘が起こってますよ?その戦闘にアメリカは、」
「参加しないのか、ってか?」
続けるタイミングで、
彼が言おうとした言葉を言う。
その言葉を彼が言ってしまったので、愛は、
「ja。そうです、兄さん。アメリカの助けは借りないのか、と。つまりは、そういうことです。」
そう言い切った。
だが、彼はその言葉に肯定することも、
否定することもなく、
まず最初にため息を吐いて、
「いいか、愛?」
言葉を言う。
続けて、
「あのな、愛。アメリカもそう易々と他国の事情に踏み込んだりはしねぇさ。」
「・・・・・・・そうでしょうか。」
「ああ。」
とは言っても、
「とは言っても、そこに利権だのなんだのと絡んで来たら入って来るだろうが、な。」
だけど、
「だけど、今は動いてねぇ。だったら話は簡単だ。」
「・・・・・・・・・簡単?」
そう訊いてきた愛の言葉に、
「ああ、簡単だとも。」
と頷いて、
言葉を続ける。
「政府は少なくとも、アメリカには踏み入って欲しくないと考えてるだろうな。アメさんとこの陸軍なり海兵隊が動いてねぇってのがその証拠だ。となると、内々で処理してぇと考えてる、ってことになるわけだ。」
「何故か、御聞きしても?」
「何故かって?」
そりゃお前、
「そりゃお前、相手の数は分からねぇが数は重要視するほどまで多くはないだろ?」
ってなると、
「ってなると、だ。手前の手札を少し切れば済むって考えてるんだろうさ。」
と言い切った彼の言葉に、
愛は、
「ふむ。そうとも考えられますか。」
と呟きながら頷く。
そこから何を思ったのか彼は、
「ま、少なくとも敵の頭を潰せば、事が済むって考えてるんじゃねぇか?だから、手前で近場の数機しか出さないわけだし。」
「近場・・・・・・・・・・・、あっ、そう言えば。」
「気付いたか?」
あぁ、そうだとも、
「そうだとも。『雷光』が現役で、『月光』もある。だが、『閃光』も『閃炎』もねぇとなりゃ、それらを持ってる駐屯地は一つだけだ。」
それは、
「それは、陸上自衛隊十九志野駐屯地所属の『陸上特式機甲連隊』・・・・・、そこしかねぇってわけだ。」
と連人は言い切った。
その言葉に愛は、
「成る程。」
と理解を示した上で、
「ですが、兄さん。だとしても、です。」
と反論する。
「なぜ、そこから一部隊のみ、なのですか?戦力としてはもう少し欲しいところですが。」
そういう愛の言葉に連人は、
「あっ?知るかよ、んなもん。」
と応え、
「一部隊だけだ、って言っても、現状はそれで済んでるんだ。」
そりゃま、
「そりゃま、お前がいるのが大きいって言ったら大きいんだろうな。だが、向こう・・・・・・・、いや、自衛隊の方からして見りゃ、おいそれとは簡単に報告も出来んだろうぜ。」
「・・・・・そういうものでしょうか?」
「そりゃ、そうだろうさ。向こうは向こうで役所仕事で動いてんだ。それに対して俺らはどこにも属してねぇ
その様に推論を言う彼に対し、
「・・・・・そういうものなのでしょうか?」
と再び疑問の声が出るが、
その言葉に彼は否定することなく、
一回、頷いてから、
「そういうものなんだろうさ。」
と返す。
そう返しながらぼやく様に、
ま、お上はお上で俺の知ることじゃねぇけどな、
と続けた。
そう言った彼の言葉に対して、
・・・・・・・そういうものなのかな?
内心で疑問の声を出す。
彼に聞こえない様に、
内心で秘める様に、
自分だけしか聞こえない様にこっそりと、
ひっそりと、
ただ、心の中で呟いた。
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