第九話 地を駆けるは疾風

第九話 地を駆けるは疾風 9-1

部屋がある。

暗い、暗い闇が支配するその中で、

動くがある。

そのは二本の足で立ち、

また、二本の足で歩いていた。

他には足と呼べるものはなかった。

いや、

二本の前足が、ふらりふらりと宙に振られている。

やがて目当ての位置に辿り着くとを上げて、

壁にあったスイッチを押し、

で扉のドアノブを捻じり、

扉を開けた。

そして、は中に入り、

「あ~・・・・・・、いかんいかん。秋の半ばってのに夏と同じく半袖で寝るとかバカだろ、俺。」

トイレの中で尿をたす。

そして、始末を終えると、

水を流し、

再び外へと出て、

「・・・・・・・・・もう朝だよな・・・・・・・・?」

と言いながら、部屋にある窓から外の様子を窺う。

そこには、

夜というにはほど遠い闇夜が明けてくる様子が見える。

その光景を見ながら、

脳内にふとが浮かぶ。

それはの一場面で、

夜が明ける、

明けるとどうなる?

知らんのか、

「夜が明ける・・・・・・、ってな。」

で聞いたフレーズが脳内で聞こえるのを軽く笑う。

軽く笑いながら時計を見る。

確認する。

時刻は六時半。

起きるにしては早すぎて、

寝るにしては遅すぎる。

そんな時間だ。

そう思うと、

「朝飯にした方が早いな・・・・・・・・。」

身体を後ろに回すために回れ右をさせて、

トイレではなく、

台所へ直行する。

床に直置きした湯沸かし器の残量計に目を送り、

残量が心もとない為に湯沸かし器を手に持つ。

水が入っていない為に軽いはずなのだが、

本来の重量は金属によるものが大きく軽いはずは決してないことに、

・・・・・・・・なんだかなぁ・・・・。

と心の中で不満を呟きながら、

蓋を開けて中に水を注ぐ。

中に水を入れながら、

「・・・・・・・・あ~・・・・・、今日は何だったかな・・・・・・?」

特売日・・・・・ではなかったな。というより特売なんてものをいちいち確認することは俺の得意なことじゃねぇ。だとすると・・・・・・・、なんだ?なんかのゲームの発売日・・・・・・・じゃねぇな。新作のゲームを買うだけの余裕はねぇし、買うとすれば、中古で事足りるしな。とすると・・・・・・・・・・、

「なんだったっけ?」

何かあったはずなのだが思い出せないことに不満をぼやきながら、

湯沸かし器の腹一杯に水を満たしたことにため息を吐きながら、

蓋を閉める。

そして、

定位置と成り果てた場所に置くと、

コードを繋いだ。

その途端に、

湯を沸かすために熱を加え始めたことを知らせる音が聞こえ、

は、

連人はその場を後にする。

そして、数歩歩いたところで、

「・・・・・・・って、今日は化学実験の日じゃねぇか。」

今日が何の日なのかを思い出した。

化学実験とは、

その名の通り、化学を実験、

もとい、

化学の実験を行う授業である。

予習を必要とした物理学実験とは違って、

予習の必要がなく、

班ごとに割り振られて動く者を動かして実験結果を書くだけの簡単な授業、

という説明を聞いたことがある。

そう言っていた本人は最初に楽をしていたせいで後半になって単位が取れないのではないかと困ったことになったとか言っていた気がする。

まぁ、それでも二年には進級できるのだからいいのかもしれないが。

進級できてもよくはないが。

ただ、予習する必要がないのは個人的には嬉しく思うのは事実だが、

「あ~・・・・・、化学実験か・・・・・、あれなに必要だっけな・・・・・。」

予習をしなければ単位を貰えない物理学実験とは違って、

必要なモノがやけに多かった印象が強い。

別に化学薬品の作用や反作用、

それらを考慮しなければ持って行く必要はない。

持って行かないとが分からないのは、

事実であるのだが。

となると、と連人は考える。

化学薬品の効果を受けにくい防護服・・・・・・・・、そんなものは購買では売ってないので除外する。

防護服ではなくとも厚手の服では・・・・・・・、いや、厚手の服を着て行こうにも今は冬ではないので除外する。

ペイントなどをしている際に着ているのを見掛けるあの服・・・・・・・・、確か購買で売っていたと思うので脳内で二重丸で囲っておく。

身体がどうにかなれば次は何処か、

次・・・・・・、次に大切なところ・・・・・・・・、

股間・・・・・・・?

いや、そこは身体だから違うだろう。

となれば・・・・・・・・、

「う~ん・・・・・・・・、何処になる・・・・・・・・・?」

「・・・・・・目と口は、どうでしょうか?」

声が聞こえる。

そちらを見る。

するとそこには、

「起きたか、愛。」

「ja。おはようございます、。」

ほんの僅かの陽の光を浴びて、

薄く、

けれどもはっきりと、

青とも白とも言えない銀色が宿る髪をしている少女、

愛がいた。

ベットから身体を起こし、

目をこすりながら、

連人に問う。

「それで、。今日は化学・・・・・・・、なんでしたっけ?」

まだ目覚めていないだろう、

愛はそう訊く。

なので、確かめる様に、

今度は連人が訊いた。

「化学実験?」

その言葉に、

「ja。そうそう、それです。」

頷いた。

そして、

「それで、目と口の安全・・・・・・・、と言いますか。そちらの方は大丈夫なので?」

「目と・・・・・・・?」

「ja。口です。」

よく分からない様に言う連人に対し、分かる様に愛は言った。

続ける。

「と、言いますか・・・・・・・、あの、。」

恐れ恐れという具合に彼女は言う。

その言葉に連人は、頷いて、

「ああ。どうした、愛?」

言葉を続けて、促す。

その言葉に、

「ja。」

彼女は頷いて、

「一昨日か、昨日あたりにマスクと防眼用のゴーグルがどう、とか言ってませんでしたっけ?」

という言葉を脳内でゆっくり再生する。

そして、ゆっくりと彼女の方を見て、

「俺、言ったっけ?」

と訊くが、

その言葉に否定することなく、

「ja。仰られました。」

頷いて、

肯定する。

「そうか・・・・・・・。」

自身がそう言ったのなら恐らくはそうなのだろう。

彼女が買わせる為にそう言っている場合もなくはないのだが・・・・・。

・・・・・・・・それはないか。

彼女は

こうして、話せてはいるが、

彼女はヒトではない。

は自身がよく分かっている、

そのはずだ。

まぁ、パソコンなしに学校のネットワークに侵入して学生証をほどの腕があるのだ。

そんなモノをヒトと呼べるか、

等と訊かれれば誰もがヒトだとは言わずに、

モノだ、というだろう。

しかし、

・・・・・・・・俺にとっちゃ大事な家族だ。

連人にとっては大事なヒト、

いや、

妹の様な存在だ。

をどうこう出来る力があり、

他人の力など頼ることは決してない。

それをヒトと呼ぶ者は誰も、何処にもいないだろう。

だが、

例えそうであったとしても、

彼女は連人を頼り、連人に力を与えたのだ。

であれば、彼女を、と、

連人は思いながら、炬燵の前に腰を下ろして、

中に足を入れる。

寒いというにはまだ早い涼しさを感じて、

考えることを半ば放棄した様に電源を付ける。

程よい暖かさが下半身を暖める。

その暖かさを感じながら、

「あ~・・・・・・・・・・・・・・、そうすると、だ。愛。今日はどうするよ?」

「どう・・・・・・、とはどういうことです?」

「いや、今日は予習もいらねぇ化学実験だ。俺のあとについてくって言っても、一応は班行動になるだろ?」

それに、

「うちの学校は、ただでさえ女子率低いんだ。その中にお前みたいな飛び切りの美人べっぴんさんが来たとありゃ野郎どもが食い付かねぇわけがないだろう?」

という連人の言葉に、

愛の脳裏にふと思い出される事柄があった。

それは、

の様な出来事が起こらなくもない、と。そういうことですか、?」

ということであり、

連人は肯定するように頷きながら、

「そうだ。それに一度あったんだ。一度起こったってことは二度目があって、」

、と。」

彼が続けたかったであろう言葉を愛が言ったことに、

連人はしばし、何も言わずに目を瞬かせて、

「ま、だ。」

そう言って言葉を締めくくった。

愛はその言葉に対して頷いてから、

「では、私は図書館で本でも読んでますよ、。」

幸い、

「大学の図書館は量があるので読みごたえがありまして。」

えぇ、

を読み終わるのに。」

と言った。

彼女の言葉に連人は頬を引きずらせ、

「全部読むって・・・・・・・、お前、図書館の本、全部読む気か?」

と訊き、

その疑問に笑みを浮かべながら、

「ja。」

嬉しそうに答えてみせた。



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