第二章 生存本能
第八話 風が再び吹き始める
青がある。
それもただの青ではなく、
青という色で大きく分類しての青が重なり合った上でそう見えるだけだ。
それ故に、
近い場所では青というより碧と呼んだ方がいいかもしれないし、
遠い場所では青というより蒼と呼んだ方がいいかもしれない。
そんな多くの青がある海原を眺めるように、
一人の男が浜に倒れている。
いや、
どちらかと言えばその表現は正しくはないのかもしれない。
何故なら、
それは倒れているというより横になっているという表現が正しいからだ。
そうだ、
天から降り注ぐ陽の光を見ない様に顔に厚めのタオルを掛けていた。
その様子ではその人物の年齢は不明だっただろう。
何故なら、
青年と呼ぶには大きく成熟していて、
男性と呼ぶには少しそうとは言えない未熟さが感じられたからだ。
どちらかと言えば、青年なのだろう。
しかし、その服装は青年と呼ぶには少々、
古いものだと感じられた。
濃い緑色をした長いコート・・・・・・・・、いや、ジャケットだろうか。ジャケットと呼ぶには少し丈が長い気もしなくはない。であれば、コートと呼ぶしかないのだろうが、コートと呼ぶにはそれほどの厚さは感じられない。どちらかと言えば、Yシャツの上に着る上着という表現が近いのかもしれない。であれば、コートと呼ぶのだろうが・・・・・・・・・・・、まぁ、きちんとした格好をしない社会人が着るような服装なのだ。だったら、コートと呼んだ方がいいのだろう。
だったら、コートと定義した方がいいのかもしれない。
たぶん、
きっと、
メイビー。
しかし、
白を基調としたランニングシャツ、それの袖付きの上にそんなコートを着るとかほんとにこいつは青年なのだろうか。
しかも、
その下に濃い色をしたジーンズを履いているときたからさて大変。
そんな服装した若者が何処に居ようか?
いや、何処にも居ないだろう。
よくて中年・・・・・・・・・、
もしくは年を取った若者、そのどちらかと言えるのだろうが・・・・・・・・・、
いかんせん、顔が分からない現状ではどう言えばいいのか分からなかった。
若者とはいったい何を定義してそう呼ぶのだろうか。
そうしていると、
一人の少女がその人物に近付いて来た。
その少女は女性と呼ぶにはまだ早くどこか幼さを残しており、
少女と呼ぶには感情の起伏がない様に感じられた。
波風に揺られて、
彼女の長い銀色の髪が揺れた。
髪が風に揺られ、
舞い上がるその髪色は、
空に映る青に限りなく近く、
天に浮かぶ雲の白にも近い。
だが、それを言うのなら、
青でもなく、白でない色、
そう言った方が適切なのだろうと感じられた。
彼女は女性が着るには大きなサイズ、
恐らくは男性用だと思えるシャツに腕を通して上着を着る様に着ていた。
下もどこかサイズが適切ではないと思わせるような大きいサイズだと思われるモノを履いていた。
そして、横になっている人物のところまで歩み寄ると、
屈みながら、
「よく眠れましたか、兄さん?」
そう訊いた。
その少女の問いを聞いて、
顔からタオルをどけて、
青年は応える。
「・・・・・・・・あぁ、愛か。今・・・・・・、何時だ?」
青年の問いに少女は頷いて、
「ja。そうですね、ちょうど五時限目の中程、といった具合でしょうか。」
そう答え、
そう言った彼女の言葉に彼は不快そうな顔をする。
何故なら、
「おいおい、なんだよ、それ。まだ寝始めてそんなに経ってないじゃん。」
ということだからだ。
四時限目が終了してすぐに昼食を摂った。
この時点で次の授業が始まる時間までには余裕があり、
この浜に来るには授業の開始と同じ時刻になる。
であれば、
彼女が授業の中程と言ったということはまださほどの時間は経っていないということになる。
であれば、だ。
まだ寝る時間には余裕があるはずとなり、
彼女が彼に声を掛けに来たというのは疑問に残ることになる。
だが、
彼女のとある事情に関わった事柄であれば、関係するのだろう。
そこまで、動かない頭を動かして彼は結論付けて、
「・・・・・・・あのさ、愛。あんまり確かめたくはないんだけど・・・・・、さ。ちょっと確認していいかな?」
「ja。なんでしょうか、兄さん。」
「いや、さ。まさかとは思うんだけど、あのデカブツどもが動く出したとか・・・・・・・、そういう感じで呼びに来た、って考えてもいいのかな?」
「nein。」
青年の問いに彼女は首を振った。
続ける。
「残念ながら、そうではありません。」
「・・・・・・・・えっ、違うの?」
「ja。」
そう頷いて、
「単に一人で図書館にいるのが気まずくなったと言いますか・・・・・・・、何処かこう、多くの視線を感じると言いますか・・・・・・・・。」
その言葉を聞きながら、
彼女の外見を見て、
「まぁ、そうだわなぁ・・・・・・・・・。」
と青年は彼女の言葉を考えた。
彼女の髪色から分かることだが、
彼女は日本人ではない。
それにこの世界、『地球』の人間でもない。
彼女曰くはこことは違う『世界』、
そこに居たのだという。
そんな異なる世界の人間が『地球』に何の用があったのかと言うと、
彼女曰く、
『この世界を護りに来た』
との事らしい。
青年からしてみればそんなことにはあまり関わりたくはないのが、心情ではあった。
だが、そうは簡単にうまく事が運ぶわけはない。
彼には、親が付けてくれた名前、『手束連人』という名前があり、
名がなかった彼女に『手束愛』という名を付けた責任もある。
手を束ね、人と連なる。
そういった名がある以上は、
逃げるわけにはいかない。
勝手なのだろう、
いや、
そういうより、
・・・・・・・・バカなんだろうな。
と、連人は考える。
そう考えると、自分勝手に動いて人の事情に首を突っ込んだのだ。
周りが見れば非常に馬鹿らしいと思われるだろう。
だが、それは連人には胸が張れたのだ。
それは何故か。
何故ならば、
・・・・・・・・意地があるんだ、
意地がある。
それはそうだろう、
何かをするには自身の誇りや経験が付随する。
それを底上げするモノは意地なのだから・・・・・・。
しかし、
そう言うのにも根拠が無くてはいけない。
そう、
何が、どう関係するのか、ということを。
ならば、
連人はこう答える、
・・・・・・・・男の子なんだからな。
と。
内心でため息を吐く。
父親が事あるごとに自身にそう言っていた言葉を思い出す。
小学生の頃の運動会や中学生の頃の運動会、
更には高校生の時の体育祭やマラソン大会、
そういった時に根性を引き出させる目的かどうかは分からないが言っていたのだ。
「意地があるだろう!!!!男の子なんだからなぁぁぁぁぁ!!!!」
そう叫びながら気張れなど言っていた父の姿が目に浮かぶ。
そう叫ぶのは別にいいけど、実際には身体動かすのはこっちで、あんた関係ないよな、関係なくてそんなに声出すと反対に恥ずかしんだけど、でも、そう言ったところでまた次の機会には大声で叫ぶんだろうな・・・・・・。
あっ、そう言えば、
とふと思い出す。
そう言えば、大学受験の際にも言っていた気がする。
あの時は玄関先ということもあって隣にいた母に視線で脅されていたのか、声量を下げ、
「ま、思いっきりやれ。・・・・・・・意地があるんだろ?男の子なんだからな。」
と肩に手を当てながら言っていた気がする。
頑張れなどとは言わずに思いっきりと言っていたのだ、
おかげであまり緊張することなく受験に励めた、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・気がしなくない。
と言ったところで、
父は男なのだ。
女性ほど器量はないだろう。
どちらかと言えば、父らしい応援の仕方だと思えるので良しとする。
たとえ、
親として問題があるのでは?
と訊かれたとしても、
親だからいいのでは?
と聞き返すので構わない。
思考を元に戻す。
確かに彼女はこの世界の人間ではない、
それにこの世界中何処を見渡しても素直に美しいと思えるほどの銀色の髪を持つ者は何処にも居ないだろう。
そう、何処にもだ。
そうすれば、物珍しさに彼女を見る目は多くなるというのは当たり前なわけで、
しかし、彼女の身の安全の為に彼女を連人の部屋に置いておくわけにもいかないだろう。
少なくとも、
翼を持つ白銀の
今は陸上自衛隊の部隊が近場にいるからある程度はマシだと言えるだろう。
しかし、そうは言っても彼らに全てを任せる程までには能天気でいるつもりはない。
そう思いながら、
連人はポケットを探り、
とあるカードホルダーを取り出した。
見る。
表面にサイに似たモノが描かれている。
自惚れはしないが、
自身にも戦えるだけの力はあるのだ。
平和を歌う日常に犯され、平和ボケするほどではない。
何かを奪おうと、
襲ってくるモノに何もせずに明け渡そうとは思わない。
最低であったとしても、
少なくとも、
自身に降りかかる火の粉は振り払おうとは考えている。
そのまま火の粉を被ろうとは思ってはいない。
そうすれば、
・・・・・・・・面倒くせぇな。
面倒だと連人は考える。
けれども、
そう考えていても、面倒なことには変わりない。
何故なら、
自分で動こうとすればそれは面倒なことに変わりないのだから。
他人に任せれば楽でいいだろう。
しかし、
・・・・・・・ま、それだけはやっちゃいけねぇわな。
そうだな、と連人は嘆息を吐く。
自分で考えてそれを選ぶのだ。
他人に任せるというのは楽でいいだろう。
しかし、それは選択を放棄するということでしかなく、
任せた選択が自分にそぐわないモノであったとしても反論することは出来ないし、
拒否も出来ない。
他人に任せるということは、
つまりは、
そういうことなのだ。
とすれば、
・・・・・・・・・・面倒だな。
面倒であったとしても動かなければならないのだ。
自分が選んで、
自分が決めたのだから。
であれば、だ。
常に考え、
常に選ばなければならない。
自分にとって何が最適で、
何が悪いのか。
そこまで考えて、
改めて愛に、
目の前にいる少女に対し考える。
彼女は彼女の意志でここにいる。
誰でもない、
己の意志で、だ。
そう考えると、
・・・・・・・・・強いなぁ・・・・・・。
彼女の強さが分かるというモノだ。
何を選んで何を決めるのか。
大抵の人間が出来ていないことを、
この少女はやっているのだ。
そして、彼女は最初に出会った自分を選んだのだ。
であれば、
応えなくてはいけない。
彼女のためではなく、
自身の為に。
それは、
・・・・・・・・意地があるんだ。
何故なら、
・・・・・・・・男の子なんだからな。
変に親に毒されてるな、と思いながら、
連人は立ち上がる。
コートに付いた砂を払いながら、
「う~ん、と。それで、どうする?」
何をするかを愛に訊く。
すると、彼女は目を瞬かせ、
「どう・・・・・・・・とは、どういうことでしょうか?」
と聞き返してきた。
その質問に連人は頭を掻き、
ため息を吐いて、
「普通聞き返すか、それ?」
「と、申されましても・・・・・・、特にこれとは決めてはおりませんので。」
決めていなければ、仕方ない。
その様に連人は考えることにした。
そして、
だったら、と言葉を続ける。
「折角、暇になったからそこら辺の道案内も兼ねて散歩でもしようかね。どうかな?」
という彼の質問に、
「ja。お供します、兄さん。」
愛は頷きながらそう言ったのだった。
十九志野には特にこれと言ったなにかがあるわけではない。
新十九志野駅近くに大きな公園はあるがそこでなにか大きなイベントをするわけでもなく、
大会やらが行われるわけでもない。
そこから少し歩ければ、大きなため池はあるが、
そこにあるというそれだけでしかない。
電車に揺られればそこそこ有名な遊園地に行くことは出来る。
だが、所持金もさほどない連人にとっては中に入れるほどの金はない。
金がない以上はそちらに足は向かないのは当然で、
しかし、
そうは言っても、だ。
「あの、兄さん。」
何かを言いたそうにしている愛の言葉には応えず、
連人はあちらこちらを見ては、
「愛、あそこ!ほらあそこだ!
なにに興奮する要素があるだろうか、それが愛には全く分からない。
それ故に、
「nein。分かりませんよ、兄さん。」
と首を振った。
しかし、
そう言われた程度で引く男ではなかった。
「あぁ!?んだと、愛!?今、お前分からねぇって言ったのか!?」
「ja。分かりませんとも。」
そもそも最近ここに来たばかりの愛に何が分かろうか。
「あっはい。」
愛の反応に連人は気を静める。
ここは、十九志野市の隣にある熊張という場所であり、
幼少期から放送されている仮面を被って悪と戦うヒーローもの、
その舞台に何回か使われているのだ。
造成地などの詳しい場所は分からないが、
こうした建造物が多い場所ではどれがどれで、
何が何に使われているのか、すぐに分かるのだ。
それは、連人の反応を見ていればよく分かることで、
「おっ。あれは・・・・・・熊張スタジアムじゃねぇか!!!VSシリーズの『VSメカゴリラ』でメカゴリラとゴリラが熱線をぶつけ合ったで有名な!!!」
「ゴリラと・・・・・・・メカゴリラ・・・・・・・・?」
興奮する様子が分からない。
だが、それよりもまず確認することがある。
それは、
「兄さん。・・・・・・・この世界のゴリラは熱線?を吐くのですか?」
という問いで、
その問いに対し連人はどこか可哀そうな人を見るような目で愛を見て答える。
「愛、ゴリラは熱線とか吐かないぞ?頭、大丈夫か?」
・・・・・・・・そうでしょうけど・・・・・・、そうでしょうけども!!!
愛は内心で悔しく思う。
・・・・・・・・最初にゴリラが熱線を吐くと言ったのはそちらでしょう!!!?
と思っている愛を他所に、
「と言っても、熱線とか吐くゴリラが出てくるのは映画だけだから、気を付けてな?」
「・・・・・・・・・?映画、ですか?」
「そ、映画。」
そう言いながら言葉を続ける。
それは、
「事の始まりは、第二次世界大戦が終わって数年。数年経って起こったある事柄を引き合いに出して作ってるんだ。」
「それは?」
あぁ、
「19・・・・・何年だったかな?忘れちまったが、南の方、ビキニ諸島とか言ってたとは思うんだが、その・・・・・・・沖の方だったかな?そこでな?」
「ja。そこで・・・・・・、なにが?」
ああ、
「アメリカが原爆実験をやったんだ。」
「原爆・・・・・・ですか?」
ああ、
「正確には原子力爆弾っていう威力がヤバい爆弾な?あ~、調べんな。調べんでいい。」
そう言って愛が視れることを思い出したのか、
調べないでいいと連人が止めるように言ってきた。
従うべき主を連人に選んだのは愛だ。
であれば、その言葉に従うのが自分の役目だろう。
なので、愛は視ることを止めた。
それを悟ってか、
「そう、そう。それでいい。」
連人は続ける。
「その原爆で何が起こるのか、それを提起して出来たのがゴリラシリーズってわけだ。」
「あの、兄さん。一つ、質問よろしいでしょうか?」
彼の話をまた割ってしまうことを申し訳ないと思いながら愛は訊く。
それは、
「なんでゴリラなんでしょうか?もっと、こう、ゴリラで表さなくてもよろしいのでは?」
「なんでって、お前。」
そりゃ、
「南の方は暖かいだろう?」
「j、ja。」
「だったら、バナナがあるだろう?」
何故暖かいからバナナがあるとなるのかが愛には理解できなかったが、
「ja。・・・・・・いえ、分かりませんけども。」
分からないと言いながら頷いておく。
それを肯定と受け取ってか、
言葉を続ける。
「バナナがあったらゴリラはいる・・・・・・・・そういうもんだろう?」
その言葉を聞いて、
いや、その理屈はおかしい、と、
そう言いたかったが、それでは話が進まない気がして、
「ja。そう・・・・・・・・ですか・・・・・・・・・。」
頷いとくことにした。
肯定する気はなかったが肯定せざるを得ないという気持ちがあからさまに出ていたのだが、
彼は特に気にすることなく続ける。
「で、話を戻すぞ?」
それで、
「南の海で放射能が飛び散ってそれが自然の水を汚して汚水になった。そしたらその水を木が吸っちまったからさぁ大変、あれよあれよという間に放射能に汚染されたバナナが出来たってわけだ。」
そこまで聞いて愛は理解できた。
バナナは南の方にあり、
ゴリラはバナナが好き。
だとすれば、
「そのバナナをゴリラが食べた・・・・・・・・・、ということですか。」
愛の言葉に連人は手を拍手するように軽く叩く。
「ご名答だぜ、愛。そして、怪物になったゴリラが日本に上陸して、さぁ大変、ってわけだ。」
彼の言葉を聞きながら、
成る程、と愛は理解した。
と思うのと同時に、
・・・・・・・・何故、ゴリラがバナナを食べることが前提条件として成立しているのでしょうか。
それもバナナを食べないゴリラもいるかもしれないのに、だ。
そこが愛には理解が出来なかったのだが、そもそもの話、
愛は日本人ではないのだ。
となると、
・・・・・・・・・もしかすと、兄さんを含めた日本人はそういうものだと受け止めているのでしょうか。
そう、
バナナとゴリラはイコールでは繋がらないはずだ。
それだったら、チンパンジー辺りなら繋がるかもしれない。
もしくは他のサル・・・・・・もしくはその種類で。
だが、
・・・・・・・・・そうなると、小さくなりますし弱そうにも見えてしまいます。
そうだ。
小さいということは弱く見えるということで、
恐怖心を煽ることはないだろう。
それがゴリラだったらどうだろう。
力強く見えるはずだ。
とすれば、
恐怖心を煽るためにゴリラを題材にするのは納得できなくもない。
納得できなくもないのだが、
・・・・・・・・・とすると、何故メカゴリラというモノを作ったのでしょうか。
それが愛には分からない。
確かに自然から発生したものに対抗して人が造り出して、抗うのは当然の摂理で当たり前のことだ。
かく言う愛自身、
いや、
『シュツルム・アイゼン』もあの『巨人』達に対抗するために生み出されたのだから。
ただ問題があるとすれば、
・・・・・・・・・向こうは数が多く、こちらには私が一人だけ、ということですか。
そう考えるとため息が出てくる。
しかし、吐くわけにはいかない。
そうだ、
自身は一人だけで他はいないのだ。
だが、と思いながら自身の主で協力者である連人を見る。
その協力とは、
『巨人』達と戦う上での協力関係である。
そもそもの話が、
彼は全くの無関係で、
彼の目の前に自身が、
いや、
『シュツルム・アイゼン』を乗せた『オベリスク』が落ちてきて、
たまたま近くに居たというだけでしかない。
これと言って深くもない切ろうと思えば切れてしまうだけの薄い糸でつながれているだけの関係でしかない。
たったそれだけ、
それだけでしかないのに、
彼は力を求めた。
それは、
共に戦おうとする意志があってのことか、
それとも・・・・・・・・・・。
いや、
・・・・・・・・・・兄さんが求めてきたのであれば、その願いに応えるのが私の役目。
たったそれだけ、
それだけでしかない。
だが、
・・・・・・・・・・兄さんは私に名前と居場所を与えて下さった。
部屋に共にいるだけでしかないが、
別にそこに深い意味はないのだろうと愛は思う。
可能であればそう思いたい。
もう一つ部屋を借りる程の金銭的な余裕はないのだろう。
そんな余裕がもしあれば、
・・・・・・・・・・大学に通うのに自転車は使いませんよね。
時折ではあるが整備しているらしく、
この間偶々ではあるが、
目撃してしまった。
その時の彼は困った様に乾いた笑い声を出しながら頬を掻いていた。
きっと見られたくはなかったとは思うが、
特には気にした様子はなく忘れろ等とは、
その後には何も言わなかった。
彼が言ったにも関わらずに愛が忘れてしまったという可能性も無くはないが、
愛は人間ではなく、
機械そのものだ。
たまたま人との交流目的で人に似た姿をしているというだけでしかない。
それでしかないのだが、
・・・・・・・・兄さんは私をどう思っているのでしょうか。
彼はどう思っているのだろう。
ふと疑問に思って彼を見ようと、
顔を上げれば彼の姿がなかった。
「・・・・・・・あれ?兄さん?」
と何処かにいるのだろうと期待をしながら問うたその瞬間、
「フハハハハハハハ!!!勝利の法則は決まった!!!これがお前の終わりだ!!!」
と何だかテンションがおかしい彼の声が聞こえた。
声のした方を見る。
すると、
『スキルカードをスキャンするんだ!!』
「行くぜぇぇぇぇぇ!!!『疾風』!!!『烈火』!!!」
バーコードの様なものが見えるカードを台に突き入れる。
直後、
『「サバイブ」。』
スキャンしたであろうカードがモニターに表示される。
そこには、翼の様に見えるモノが二つ映っていた。
「『サバイブ』‥・・・・?」
日本語の訳せば、『生き残る』ということだ。
しかし、それは何を指しているのだろうか、
それは愛には分からない。
だが、
モニターに変化が起こった。
二人の仮面を被った何者かの姿が変わり始める。
一人には猛烈に吹き荒れる旋風を、
もう一人には激しく燃え盛る業火を。
そしてそれが収まると、
そこには姿が変化した二人の姿があった。
大雑把に見ればさほどの変化はない様に見えなくもない。
見えなくもないのだが、細かい部分で変化が起こっていた。
ただ、
・・・・・・・・・あれを変化と言っていいのでしょうか。
愛から言わせればそうでしかない。
大まかに変わったのではなく、
単に細かい部分が変わっただけでしかない。
それでいても連人にとっては大きな変化なのだろう。
何故ならば、
・・・・・・・・勝利の法則は決まった、と兄さんは言っていましたね。
どういうことなのだろう、
そう思って見ていると、
『ライダー必殺技!!!二つの力を合わせるんだ!!!』
モニターにスロットが現れ、回り出す。
「来い、来い、来い、来い・・・・・・・っ!!」
二つあるボタンの一つを押す。
「よし・・・・・・・っ!!!来い、来い、来い・・・・・・・・っ!!!」
もう一方を押してスロットを止める。
一つは『100』と書かれていて、
もう一方は、
「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!宇宙、キタァァァァァァァァァァ!!!!」
『100』、
そう書かれていた。
『ダブルライダー必殺技だ!!!』
モニターがそう言った途端に、
一人が拳を固めて、
敵と思える一人を殴る。
そして、
画面が変わる。
風が駆け、
その後を炎が追う。
そして、
敵だと思われる仮面を付けた二人が爆発した。
『グレート!!!ナイスファイトだったぜ!!!』
「楽しかったぜ。・・・・・・・・・それじゃな。あばよっ!!」
とそう言ってモニターに別れを言って、振り向く。
そして、
「何してんだ、愛?」
先程のテンションは何処へ行ったのか、
いつも接するような口調で愛に寄って来たのだった。
その彼の様子に、
「nein。なんでも・・・・・・・、ないですよ?」
とどこか気まずそうに愛は答えたのだった。
「今日は平和だな・・・・・・。」
「ja。『巨人』達も今日は見掛けないのでそうだと言えますね。」
その後、
外に出た二人は何処へと行く宛もなく外をぶらついていたのだが。
そこでは争いごとなどどこ吹く風といった具合で笑顔を浮かべて歩いている子供連れの姿が二人の目に映る。
その光景だけを見れば、
平和そのものであるのだが、
「・・・・・・ま、連中にとっちゃ、そう楽はしてられないんだろう?」
何故なら、
「連中にとっては、この世界は侵略の対象であって、俺らは倒されるべき存在なわけだ。」
違うか?と右後ろを歩く愛に訊く。
その質問に、
「ja。」
愛は頷く。
続ける。
「『巨人』側にとってみれば、そうですね。」
ですので、
「こう平和を謳歌出来るのも僅かであって、」
また、
「彼らから見れば、大きな隙を見せているだけでしかありません。」
その言葉を聞いて、
「大きな隙・・・・・・・ねぇ・・・・・・・・。」
連人は苦笑いを浮かべ、頭を掻く。
「日本人は何かと言ったら、平和に現を抜かし過ぎなんだよな。国外じゃ毎日ドンパチしてんのに、それに気付かぬ振りしてやがる。」
それでも、
「一応は危機意識はあるとは・・・・・まぁ、思いたいんだけどな。『パワード・アーマー』を陸自に配備しようとか考えてるし。」
「それでも、一部の人、ですよね?」
「ま、国民の大半が戦争反対とか自衛隊反対とか言いやがるからな。『軍隊』がないのはアメリカとかのテコ入れのせいもあるんだが、」
それでも、
「国内で国民を洗脳しに動き回ってる野郎がいるのも事実と言えば事実だ。お陰様で自衛隊もなんか問題とかあったらすぐに外野が騒ぐときたもんだ。」
まったく、
「泣けてくるぜ・・・・・・・・。」
そう言いながら両手をぶらりと下げる連人に、
愛はふと気になったことを聞いた。
それは、
「そう言う兄さんは?」
「俺?・・・・・・・あ~、無理無理。色盲?だかで引っ掛かってな。自衛隊には入れないんだと。」
お陰様で、
「こうしてのんびり大学に通って勉強に勤しんでるってわけだ。」
と彼は答える。
その答えに、
・・・・・・・・・勤しむ・・・・・・・・?
ゲームをするだけの余裕と、
こうして二人で出歩く時間があってだろうか。
しかし、
愛はそれを指摘することはなかった。
何故なら、
少し離れた所から爆発音が聞こえてきたからだ。
「なっ!?」
「やっとおいでなすったか!!」
突然起きた爆発に愛は驚いて、
連人は口元を歪ませて獰猛な笑いを浮かべる。
その直後、
連人の言葉通りに、
大きな巨体をゆっくりと動かし前に出る姿が目に映る。
その姿を見るや否や、
「愛、頼めるかっ!?」
連人は愛に訊き、
「ja!!任されましたっ!!」
愛はそう返して、
虚空に手を伸ばす。
そして、
「・・・・・・・・『アイゼン』っ!!!」
呼ぶように叫び、
その呼び声に応える様に、
何処からともなく翼を持った白銀の機体が愛の身体を掬い上げながら、
前に、
ただ前に、
飛翔していく。
その姿を見届けた連人の目の前には、
「いやぁ・・・・・・・、相も変わらず早いもんで。」
と言いながら、
「さて、と。こっちはこっちでやるべき仕事をやりますかね。」
何処からか現れたであろうガラクタ達がごった返していた。
『巨人』の相手は愛が引き受けた。
であれば、このガラクタ達の相手は誰か。
それは、
「ま、俺しかいねぇわな。」
と呟きながら連人は周囲を見渡す。
すると、
ちょうど前方から逃げて来たであろう人の姿が目に留まる。
・・・・・・・四の五も贅沢は言ってらんねぇか!!
そう決意すると、
「おい、あんた!!!」
こちらに走ってくる人を呼んだ。
だが、
「お、おい!!!早く逃げろ!!早く逃げないと・・・・・、死んじまうぞ!!」
逃げる様に言ってくるその人物に対し、
連人は笑い、
「ああ、知ってる。」
と応えて、ポケットからカードホルダーを取り出して、
駆け寄ってくる人物に見せた。
その表に描かれているのは、
「サイ・・・・・・・?」
そんなものがなぜ描かれているのか、
と訊いてきたのかは連人には分からない。
何故なら、
応えるよりも前に、
腰にバックルがないベルトが何処からともなく現れて巻かれたからだ。
そのことをさも当然といった様子で、
気にすることなく、
右腕を前に構え、
一度払って、
また構えてから、
「変身っ。」
と言ってバックル部分にホルダーを差し入れたからだ。
そして、
連人の身体を何かが覆った。
そして、
身体を覆った何かが消え去るとそこには連人の姿はなかった。
いや、
連人ではない何かがそこにはいたのだ。
身体を鋼に覆われ、
人ではなく、
一人の戦士へと変わったその姿を見て、
誰もが駆ける足を止め、
誰もが眺めた。
そして、誰かが言った。
「
そう呼んだ声にその何かは否定するように片手を振る。
「いや、違うな。」
違う。
ならば、何なのか。
その疑問に応える様に、
それが言った。
「俺は
そうだ、
「『マスクドガイ・ザ・パワード』だっ!!!」
こうして、日常は戦場に変わり、
戦場に風が吹き荒れた。
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